■黒子×火神
季節は真夏を通り越した。
だが残暑の昼下がりはまだ暑く、湿度の高い空気が纏わりついてくるようだ。
「そんなに、息を荒くして……。」
「……。」
「興奮して先走るのは、はしたないですよ……。」
部活の休憩も、しっかりと時間を取る。熱中症など起こしては大変だ。昼食を挟んでのこの時間、少しでも風通りがよく涼しい場所で寝転がっているチームメイトも多い。
だが、ここは体育館と校舎に挟まれた場所。
日陰ではあるが、風が上手く抜けないため到底涼しいとは言えない。
「ほらほら、もう少し我慢してみてください?」
「……。」
「……待てもできない子に躾けた覚えは、ありませんよ?」
そこで、ひどく穏やかで落ち着いた声、あるいは寒気がするほど淡々として心に染み入ってくるような声が響く。すぐ傍で上がるのは、荒い息遣いだけだ。四つん這いから、やや腰を落とし、目の前の快楽を必死で自制する。それを普段は薄い影を何故か濃くしたように笑った手は、そっと背中を撫でた。
「……!!」
「いい子ですね。そんなに、これが欲しいんですか」
地面に落としていた腰が、自然と上がる。焦らされすぎて、もう我慢はできない。
言葉に出さなくとも、震える全身がそう伝えてしまっているのだろう。ますます笑みを深めて見下ろす瞳には、愉悦が漂っている。
小刻みな呼吸を繰り返し、半開きの口から赤い舌を覗かせてねだる。
欲しい。
欲しい。
……早く、欲しい。
「では、どうすればいいのか。……教えたでしょう?」
「……。」
「ほら、ねだってみてください」
だがまだ許しを与えず、そう促す。敢えて向き合える位置に移動してまで、させようとしてくるのだ。
顔にはあまり出ないだけで、命令している方もかなりの自制を強いられている。そんなことは、知っている。誰しも簡単に快楽にありつきたい。だが焦らすほど、焦らされるほど、得た悦びが増すこともまた、互いに痛いほど知っていた。
ゆったりと笑い、最後の躾を求める手が差し出される。
「……上出来です」
それに、毛深い手がポンと乗せられた。
「さあ、好きなだけ貪っていいですよ?」
「……何やってんだ、黒子」
「ああ、火神くん。見て分かりませんか、2号の躾ですよ」
部活で飼い始めた犬に向けていたのと同じ笑顔で黒子が振り返ったときには、その足元でやっと餌にありつけた2号が一心不乱に食事をしていた。
いつの頃からか、絶対休息を言いつけられているこの時間帯に、黒子が抜け出していることには気がついていた。影が薄いので、監督にはばれていないようだ。だが今日こそはと意気込み、そっとついてきてみれば、黒子は2号に『待て』と『お手』を仕込んでいる。
そうか、なるほど、拾ったペットを可愛がりたかったのか。
ほのぼのとした感想を述べることができない理由は、いろいろだ。
「いやでもエサなら休憩に入ってすぐにも監督とかがあげてるだろ!?」
「僕がまたあげてもいいじゃないですか」
「食わせすぎだろっ、太らせて食う気か!?」
「滅多なこと言わないでください、ちゃんと量は調整してあります。少量でも味が濃くおやつとして人気の高いもの、それをご褒美として躾に利用しているだけです」
餌の時間、そして量に関しては、それでもいいかもしれない。だが本来最も指摘したかったことを、火神はついビシッと指を差して口走ってしまった。
「そ、そうだとしてもっ、あの口調はなんなんだよ!?」
「何かおかしかったですか?」
「まるっきりオレに調教してるときと同じじゃねえか!!」
ふざけんなと叫びかけて、火神はハッと我に返った。
正直に言えば、最初は声だけ聞こえて愕然としたのだ。まさか黒子の足元にいるのが犬の2号とは思わず、誰か別の相手でもいるのかと青褪めた。
荒い息と、妙に優しい声。
対照的なはずの二つの音はベッドの軋みで更に調和し、より強烈な快楽へと突き上げてくれる。
「……火神くん、こんな昼間からそんなことを口走るなんて」
「いっ、いや、これは、その、ていうか黒子っ、お前が……!?」
深夜の寝室とは違い、ここにはシーツが擦れる音はしない。その代わり、地面をザッと滑らせるような音が響いており、呆然とした理由はただの嫌悪だと思いたい。
まさか、こんな場所で。
誰が来るかも分からないような、昼間の体育館の裏で。
……焦らされているのだとしたら、なんと羨ましいのだろう。
「おあっ!?」
「火神くん、僕が、どうしましたか?」
思わず心の中で零れ落ちた呟きを必死で否定していると、気配のなさを発揮した黒子がすぐ前に立っていた。驚いて一歩後ずさるが、黒子も同じだけ詰め寄る。
瞳は、相変わらず楽しそうだ。
いや、さっきよりもずっと、愉しそうだ。
「……なんでもねえよ。紛らわしいことしてんじゃねえ、て、文句つけに来ただけだ」
目を逸らせなくなっても、精一杯の強がりでそう口にすれば、黒子はますます笑みを深める。
「そうですか、紛らわしかったですか。……こういうの、お好みですか?」
「……!?」
「でも、生憎僕は好みません。何故だか分かりますか」
きっと、躾けている相手を誤解したことまで、見抜いているのだろう。火神の内心を言い当てておいて、黒子はあっさりと拒絶する。その理由を尋ねられれば、答えなど一つしかない。
「……オレが好むと思ってるからだろ」
欲しがるものは、焦らす。
調教の定番だ。もちろん、時間がないだとか、午後の練習の体力温存のためだとか、まともな理由が大半だろう。だが答えさせたいのはこれだと思い、動揺する気持ちを抑えながら口にしたのに、何故か黒子は珍しく少し驚く。
目を瞠り、何かを言いかけて止める。やがて視線を外して先に休憩場所へと向かいながら、先ほどまでとは違う笑みを浮かべて返した。
「……火神くんは、まだその程度ですか」
「は?……あぁ!? おいっ、それ、どういう意味だよ!? バカにしてんのかっ、バカにしてんだよな!?」
「はい」
あっさりと頷かれ、苛立ちながら追いかける頃には、もうただのチームメイトに戻れる。
夜の顔とは、随分違う。
頭の隅をチラリと掠めたのは、こんな場所では人に見つかるだろうという至極順当な理由だ。
だがこの黒子であれば、その羞恥心すら調教の刺激にしそうだと思っていた。だからこそ、『人に見られたくない』という単純な理由が思い浮かぶことはない。
もっと言えば、見せたくないのだ。
焦らされて、欲しがって、ようやく繋がられてよがる火神の姿を独占したい。そういう欲こそがすべての発端だったことを、火神がまだ知ることのない夏の終わりだった。
| 突発的に。 夏の暑さで、つい・・・ ロボっぽい何か |