■火神×木吉
教室では頭一つは出ている身長も、バスケをやっていれば目を引くほどではない。
高校生でも二メートルを越える選手は稀にいるし、190という大台程度ではさほど高いという自覚はない。
「んぁっ……ん、んん……!!」
「……。」
そう思っていたが、どうやら違ったらしいと気がついたのは、夏を前に復帰したチームメイトのおかげだ。
一つ年上の二年生、キセキの世代と渡り合った無冠の五将の一人。
最初の印象は、自分と同じ大柄な選手というものだ。データとして、数センチは相手が高いことは分かっていた。だが姿勢一つで差異はなくなるし、こちらが得意のジャンプで踏み切れば簡単に目線は逆転する。
だから、ずっと『同じくらい』だと認識していた。
それが、相手の方が『やや高い』と気がついてしまったとき、無性に腹立たしくなって足を進めた理由はいまだに分からない。
「ふ、あぁっ……ん、んっ…あ……?」
「……。」
「え……あ、火神……?」
たとえわずかでも、見下ろされる視線に苛立った。苛立ちすぎて、引き摺り倒した。
きっと、無意識にでもこのチームで一番『大きい』のは自分だと思い込んでいたのだ。それはもちろん身長の意味だが、より大きな存在を前にして焦った。群れる動物のボス争いのようなものだろう。あるいは、単純に見下ろされる角度が不愉快だった。
その程度の、くだらない理由だ。
……もっと身長も高く口が悪い他校の選手に見下ろされても、特に気にならないことは頭の隅に追いやっておく。
「えっと、もう、やめんのか……?」
「……。」
「なんか、中途半端、ていうか……火神も、イッてないよ、な……?」
とにかく上に立ちたい、勝ってみせたい。
練習に復帰した日、スタメンを賭けるという胡散臭い理由でとってつけたように一対一を挑まれたことが、尾を引いているのかもしれない。
何を考えているのか、何も考えていないのか。
分かるようで分からない瞳が、妙に心の奥をざわつかせる。それが気持ち悪くて仕方がなく、練習以外で絡まれるといつも戸惑った。動揺するのは、不愉快だからだと思い込んでいた。数センチしかない身長差を思い出させるように、やたら頭を撫でてくるのも腹立たしい。
自分を混乱させるのと同じ笑みを、誰にでも振りまくのが、きっと許せなかった。
初めてこの更衣室で押し倒したとき、相手に向けた思いは悪意だと信じていた。
「火神……?」
「……やめるワケねえだろ。こっち向けよ」
だが、きっとそうではなかったのだと、体を重ねるたびに思い知らされていく。
今も、発端の日と同じように、練習後に片付けや忘れ物で更衣室に併設されたシャワー室を利用するのが最後になり、そのまま行為に及んでいる。あのときと違うのは、二人が更衣室に残ったのが偶然ではないこと。それと、冷たい床に強引に組み敷くのではなく、壁へと押し付けて後ろから繋がっていたことぐらいだろう。
何を約束したわけでもないが、したいと思ったときには、相手もさり気なくシャワーを浴びるのが最後になるようにだらだらとしている。自分はその少し前に浴びて更衣室へと戻り、他のチームメイトには適当なことを言って帰ってもらい、一人で相手を待つのだ。
練習での汗を流したばかりなのに、また汗だくになってしまうのは仕方がない。手を伸ばせば抵抗はしないし、素直に体も開いてくれる。最初にかなり強引にしたことで、怯えさせているのかもしれない。
だがそれより確率が高いのは、単に若い性を持て余した面倒な後輩を、持ち前の変な大らかさで受け入れているだけだろう。そうと分かる笑みを向けられると余計に腹立たしくなるので、回数を重ねないと顔が見える正面から繋がることはない。ましてや、キスなどするはずもない。
だが、今はなんとなく顔が見たくなった。
この暴走の引き金を引いてくれた瞳を、見上げる角度で拝みたくなった。
「どうしたんだ、珍しいな……。」
「……うるせえ」
愛撫などほとんどないままに、後ろをほぐし、猛ったモノを強引に捻じ込む。いつも後ろから繋がるが、今日は立ったままでしばらく揺さぶっていた。熱い中を貪りたくて興奮していた若い熱も、繋がってしまうとより長く愉しみたくて意外と保てる。
火神って、若いのか若くねえのか分かんねえな。
何度目かの日に終わってからそう笑われ、練習後の部室で後輩にヤられてへらへら笑っていられるアンタの方が分からねえよと、心の中だけで吐き捨てたものだ。
「壁に背つけろよ」
「なあ、立ったままって不安定だろ? どうせなら、座っ……んんっ!?」
「……。」
繋がってしばらく揺さぶっていたが、出したわけでもないのに抜いたことで、かなり戸惑った視線を向けられた。やや前屈みになるようにして壁へと向いている相手は、当然ながら少し目線は低くなる。
それが物足りなくて、そもそも後ろからではちゃんと臨めるはずもなかったので、名残惜しくても一度離した。そして肩を掴んでこちらへと向き直させ、背中を壁へと押し当ててから、唇を塞ぐ。
「……ほんっと、アンタ、バカだよな」
「かが、み……?」
しっかりと立てば、わずかでも相手の方が目線は上だ。それをしっかりと見上げつつ押し付けるだけのキスをすれば、かなり驚いた瞳が返される。
すぐに唇を離し、呆れて呟いても相手は何も分かっていない。
そんなことは、当たり前だ。
どうして急にキスがしたくなったのか、喘ぐ声が壁にしか向けられないのが不満だったのか。なによりその瞳に自分が映らないことが腹立たしくなったのかは、分からない。
今は、自分と二人だけなのに。
それでも自分をだけを見てくれないのかなどと、意味の分からない苛立ちを認めるわけにはいかないのだ。
「……足」
「え?……おわっ!?」
「しっかりしがみついとけよ」
「んぁっ!? く……んんっ、ふ、あぁっ……ア、あぁっ、ん…かが、み……!!」
長い片足を抱え上げ、再び繋がってから更にもう一方の足も持ち上げた。
かなり体格がよく、体重もあるが、支えきれないほどではない。こちらはそう思っても、両足とも床から離された相手はかなり動揺したようで、焦った声を出した後、指示するまでもなくしがみついてきた。
ついでに繋がった箇所もキュッと締め付けられ、不覚にもイきそうになる。だが、以前こっちの暴発はしないことを褒めてくれた見当違いさに応えるべく、なんとか堪えてみせた。
「ほら、もっと、しっかり……ちゃんと、オレに腕回してろ、よ……!!」
「んん、ん、あぁっ……ん、く…ふ、アァッ、あ……あぁっ……!!」
腰を進める律動に合わせ、我慢する気があまりないらしい嬌声が漏れる。どういう素質なのか、経験があったのかもしれないと想像すると萎えるどころか文字通りの破壊衝動に出てしまいそうで確かめたことないが、とにかく男に抱かれて快楽を得られるようになっているのは間違いない。
今も上り詰めようとしている気配を感じ、その熱い息を感じたくて無理な姿勢でも何度も唇を押し当てる。
互いの体が大きく揺れるので、ぬめった舌をたっぷり味わうことができないことだけは残念に思いながら、更に激しく腰を進めた。
「ア、あぁっ……ん、あ…かが、み……んんっ、んー……!!」
そして先に達した相手を強く抱きしめ、自分もまた中へと白濁した液を叩きつける。
「クッ……!!」
急に弛緩した体は重みを増した気がしたが、繋がったまましっかりと抱え、ゆっくりと互いに姿勢を落としていく。
そうして床へと座り込み、荒く息をつく大きな体を抱きしめていると、一つだけ分かったこともあった。
「……木吉、先輩」
「……?」
こんなことをしてしまうのは、悪意からの暴力ではない。
かといって、好意とも言いがたい。
凄い選手に勝ちたいだとか、チームの軸になりたいといったような、崇高な目標の間違った発露ですらない。
「かが、み?……んんっ」
「……。」
求めてしまうのは、ただの征服欲だ。
自分より大きなこの存在に、自分だけを見させるにはどうしたらいいのか。
今キスをしてみても、驚いた後に困ったように笑ってみせる大らかさの先には何も見えなくて、こんなことをまた繰り返してしまう恐怖に今日も襲われた。
「……いつまでそこで寝てんスか」
「あ? おお、火神おかえりー……。」
結局、練習で疲れきっているはずなのに、四回は中に出してやっと終えた。さすがに少しぐったりしている木吉をシャワー室まで引き摺りこみ、ちゃんと体を洗えと言い聞かせて火神はさっさとシャワーを浴びて出た。
そのまま更衣室を兼ねている部室からも出て行ったが、帰宅したわけではない。外にある自動販売機で缶ジュースを二本買い、たっぷりとため息をついて気持ちを落ち着けてから戻れば、木吉は部室のベンチに寝転がっていた。
時間にして三十分近く、さっさと帰ることもできただろう。だが頭を抱えたくなるほどの自己嫌悪を毎回火神がやり過ごして部室に戻っても、木吉はいつもいる。顔を合わせづらそうにしたことはない。さすがに体力的にはつらいようで、シャワーを浴びて制服を着たところで、大抵はこうしてベンチで横になっている。
そのため、こんな会話も毎回なのだが、呆れつつも安堵する。
単に疲れすぎて動けないだけでも構わない。自分でも嫌になるほどわざとらしく目立つように置いたカバンで、まだ下校したわけではないと暗に示していることに気がついてくれたのではないか。そんな期待とも呼べないような淡いものを胸に抱いて部室へと入った火神に、ふと目蓋を押し上げた木吉が天井を眺めながら呟いた。
「火神が、帰ってくるまで」
「……は?」
「だから、ここで寝てる理由。というか、いっつも結構時間かかってるけど、どこの自販機まで行ってるんだ? ああ、もしかしてまだ入学したばっかりだから、体育館出て左行ったところに自販機あるの知らないのか?」
「……。」
そんなことは知っている、これもそこで買ってきた。
そもそも既に二学期だ、入学したてではないだろう。
だが、考えてみれば木吉は一年近く入院していた。つまり、学校には去年の一学期までしかまともに通っていない。年齢は一つ上でも、誠凛高生としての実生活はほぼ同じくらいなのかもしれない。そんなことに今更気がついて動揺したからか、つい差し出す缶を間違えてしまった。
「……オレが戻ってきても、まだ寝てるじゃないスか」
「まあ、それはそうなんだけど、て、サンキュッ……あっ、これ、ブラックじゃんっ」
長い足を持て余すようにベンチから放り出し、仰向けになっていた木吉だが、うっかりブラックコーヒーの缶を渡してしまうと驚いたように跳ね起きた。どうやら腰は無事なようだと内心でほっとしながら、空いたベンチに腰を下ろし、火神は手に残る缶のプルタブを開けておく。
「別になんでもいいじゃないスか、オレの奢り、ですし」
「よくねえよ、だからオレ苦いのはヤだって……?」
「……ったく、仕方ねえ先輩だよな。ほら?」
恩着せがましく言っていても、単に渡し間違えただけで本当はミルクたっぷりのカフェ・オレを買ってきておいたのだ。三十分も両手に持って自動販売機の横で蹲ってしまっていたため、すっかりぬるくなっている。プルタブを開けたそちらを差し出せば、パッと表情を華やげた木吉は素直に受け取り、ブラックコーヒーの方を返してきた。
「なんだよ、後輩なら先輩の好みくらいちゃんと覚えててくれてもいいだろ?」
「……アンタのことなんか、何一つ覚えておきたくないっス」
そのついでに、隣り合うようにして座った状態でまた頭をガシガシを撫でられると、ついそんな発言が口を突いて出た。
本当は、忘れたくても忘れられそうにない。
重ねた肌の感触も、熱い吐息も、甘ったるく名前を呼ぶ声も、どんどん記憶に刷り込まれていく。そもそも忘れたいなどと思えるはずもないのだが、あまり意識せず叩いた憎まれ口を、木吉は横から不思議そうに見つめてきた。
「……なんスか」
「あ、いや……。」
ブラックコーヒーのプルタブも開け、ぐいっと飲んでからそう尋ねてみる。
目つきが悪いとはよく言われるが、自分が睨んだところで木吉は怯えたりしない。だがこのときは妙に躊躇いがちに視線を逸らされ、嫌な予感に鼓動がうるさくなったとき、急に木吉が真顔になった。
「……なあ、実は前からききたかったんだけどよ」
「……。」
それに、火神もとうとう腹を括るときがきたのだと知る。
こういうことをする理由について、最初のときから火神は一度も尋ねられていない。いくら木吉がどこか抜けていても、怪訝に思わないはずがないのだ。
そして、火神は尋ねられたときの答えをまだ用意できていない。
正確に言えば、答えても関係を維持できるようなものが見つかっていない。
「火神ってさ……。」
「……。」
気持ちは焦るが、一方で変に落ち着いてくる。
いつ拒まれるのか、あるいは同情で許容されていたと思い知らされるのか。
怯えて暮らすのは性に合わなさ過ぎて、殺すならいっそ一思いにしてくれという、自暴自棄のような心境だったことは否定できない。
「火神って……なんで、してるときはタメ口なんだ?」
「……ああ?」
「タメ口っていうか、素のしゃべり、なのか? むしろ、普段が無理してる感じ?」
「……アンタ、一応先輩だろ」
「あっ、そうか、なるほどな!! いや、普段がなんか子供が無理して敬語とか使ってるみたいで微笑ましいなあってずっと思ってたから、そういう口調なのかと」
「まさにそうだよっ、ガキが無理してんだよ!! 仕方ねえじゃねえかっ、敬語とか丁寧語とかよく分かんなくって、ああもう、ほっとけよ!! ……です、よ」
だが、尋ねられたことはあまりに意外すぎて、つい怒鳴りながら振り返ってしまうと目が合った。
最初は驚き、やがて笑みへと変わる。
幾度となく拝んだ表情の変化だが、缶を持っていない方の手がそっと伸ばされてくるのを、火神は呆気に取られたように眺めてしまう。
「でも、オレは素でしゃべってくれる火神も好きだぜ?」
「あ、アンタ、なに言って……!?」
指先が耳へと触れ、ぐっと顔を近づけてそんなことを囁かれると、どうすればいいのか分からない。顔は紅潮していくのに、どうしてだか目を逸らせない。
「なにって、だからタメ口の火神もいいよなって言ったんだけど?」
「……普段は、ダメじゃないスか。他の先輩の手前とか、あるし」
「今は他の先輩ってのはいないだろ?」
面白がったり、からかったりしているのであれば、もっと抵抗もできる。
だが見つめ合っているからこそ、木吉が不思議そうに心からそう思って言っていることが理解できてしまうのだ。それにまた動揺しつつ、火神は持っていた缶コーヒーをベンチへと置く。半分以上の確率でひっくり返しそうだと諦めつつ、今はそれよりも木吉へと向き合うことが優先だった。
「……いないからって、すぐに切り替えられねえよ」
「そんなものか? ああ、もしかして、ああいうことしねえとスイッチ入らねえとか、そんな?」
実は無理をした丁寧語ではなくなっているのだが、それには互いに気がつかない。
恐らく、口調の話題などどうでもよく、求める先が同じだったからだろう。
どちらからともなく顔を寄せ、唇をしっかりと合わせた。押し当てて、すぐに離したのに、恥ずかしいような甘い音が立つ。
それに照れたつもりはなかったが、顔はますます赤くなっていたのだろう。
「火神って、ほんと可愛いよな」
「……うるせえ。また犯すぞ、このヤロー」
「え、さすがに今日はこれぐらいにしといてほしいんだけど?」
笑いながらの返しでも、『今日は』という単語だけで、明日ならばまたしてもいいのかと都合よく解釈してしまう自分が火神は情けない。
それでも、木吉も嫌がっているようには見えない。
まだ何を確かめる勇気はなくとも、今はこれで充分だ。そう思いながら、火神はぐっと引き寄せた木吉と今度は深いキスをしているうちに、予想通り缶コーヒーをひっくり返して制服のズボンを派手に濡らしてしまい、地味に凹んだ。
| なんか、ふわっとしたものになって、すまない! 木吉喘ぎすぎですねすいません! ロボっぽい何か |