■氷←火
氷室、辰也。
「……。」
まさか、こんなところで再会するとは思っていなかった。
アメリカで最悪な別れ方をして、もう一年以上。
帰国してすぐに日本のバスケはゆるいだのなんだのと言って、あまり真面目に取り組まなかったのは、本当はこのことがずっと心に引っかかっていたからかもしれない。
「……くっ」
頑張って、楽しくなって、またタツヤのような人に出会ったらどうしよう。
大切だから、戦いたい。
大切だから、戦いたくない。
臆病だと言われれば、その通りだ。そしてバカだと言われてもその通りだと思えるのは、結局のところ、タツヤの『ような人』など、いるはずがないと知ってしまったからだ。
「……。」
大らかで、優しくて、でも負けず嫌いで、熱さもぶつけてくる。
バスケを教えてくれたこともあり、その実力からライバルだとも思っていた。そんな相手に執着が生まれるのは当然だろう。なにしろ、自分はバスケが好きだ。そこで鮮烈な光を放つ存在に、惹かれないはずがない。
そういうことなのだと、思っていた。
そういうことだったのだと、思い込もうとしていた。
日本のバスケを馬鹿にしつつ、結局はバスケ部に入ったのは、やはり好きだったからだ。そこで新たな出会いもあり、まだまだ勝てそうにない凄い選手の存在もたくさん知った。もっと強くなりたい、あの選手たちに勝ってみたい。そのために影になると言ってくれたチームメイトにも、本当は感謝している。
今は、バスケが楽しくて仕方がない。
だが凄い実力を持ったチームメイトにも、もちろん敵のプレイヤーにも、タツヤの『ような人』はいなかった。
タツヤに対して抱いた感情を想起させるような人物など、一人もいなかった。
「……んっ……く……!!」
アメリカで最後になるはずだった一戦、その前にタツヤからリングを賭けろを突きつけられた。
兄弟の証だと言い、互いに同じものを持っているリング。
それは、自分とタツヤとの絆だった。
『兄弟』。
そう、タツヤは言ったのだ。一つ年上だが、血縁関係はもちろんない。それでも、異国の地で友達もできず、ただ毎日暇で本当は寂しかった自分を救い出してくれたバスケ、それを教えてくれた。
この人といれば、楽しいことが待っている。
幼い刷り込みが、やがて、この人といるのが楽しいに変化するのに、そう時間はかからなかった。
「んぁっ……ふ、あ……!!」
一度だけ、自覚しないでいられるチャンスはあったと思う。
ジュニア・ハイスクールに上がってから再会しなければ、自分はタツヤにとっていい『弟』のままであれたかもしれない。
だが、今となってはもう無駄な想像だ。
一年間会っていなくても、さほど落ち込んだりはしていなかった。幼かったのもあるし、やはり学校が変わって環境についていくのに必死だったのもある。早熟なクラスメートたちからの話題にも、適当に合わせられるようになった。豊満な肉体の女性を見れば、やはり興奮もする。だが今は単にバスケに夢中だと笑い飛ばしたのは、嘘ではない。
「……んっ、く……!!」
それが、タツヤと再会して、激しく後悔した。
どうして、この一年間会わずにいられたのか、と。
すっかり新しいチームに馴染み、格段に上達していたタツヤ。『弟』として、それは嬉しい。憧れの存在が、今も輝きを放つ、いや、増していることは歓迎すべきことだ。
その気持ちは確かにあるのに、心のどこかに何かが燻った。
きっと、それは、選手としての闘争心だと思った。タツヤに勝ちたい、負けたくはない。あくまでバスケでの執着だと決め付けたのは、本当は予感があったからだろう。
「…ん……!!」
勝っても、負けても、興奮した。タツヤと会えたというだけで、前の日も、その日の夜も、眠れなくなった。
最初のうちは若さゆえの偶然だと思ったし、やがて明確な周期に自己嫌悪した。それすら通り過ぎると、もう開き直ってしまう。きっと、自分は、誤解しているのだ。女性を組み敷きたいような征服欲が、スポーツでのライバルを混同して対象にしてしまっている。
ただ、それだけのことだ。
きっと自分は女性に対しても恋愛をするときは高圧的なのだろうと、根拠もないのに思い込むことに必死になった。
やがて、最後になるとは思っていなかった一戦が来る。
あのとき、手を抜いてしまったのは事実だ。それがタツヤはショックだったのだろうが、実を言えば自分も大きな衝撃だった。
「……オレ、は」
勝ちたいと、組み敷きたいが、重なっている。
そんな理論が、粉々に打ち砕かれた。
そもそも、自分から組み敷きたいのであれば、そうしていたと後になって気がつく。タツヤは、変なところで甘い。時々、抜けている。妥協すべきところと、そうでないところの差がハッキリしているので、頼めばなんとかなっていたかもしれない。
それでも、押し倒したりはしなかった。優しく甘やかしてくれることを期待した手は、組み敷きたいのではなく、逆だった。
自らの本当の欲求に気がつくことなく、勝利を征服と結びつけてしまっていたためか、あのときは二重に躊躇した。もし勝ってしまうと、タツヤはアニキではなくなってしまう。本調子ではないことを口実に、勝たなくていい理由を得て安堵した。それがどれだけタツヤを傷つけるのか、考えもせず、ただ自分の浅ましい願望のために引いたのだ。
単純に、愛されたかった。
こちらはもうとっくに落ちていたから、同じだけの感情を、返してほしかった。
「……。」
それが、この結末だ。
きちんとした決着をつけるでもなく、帰国し、新たなチームメイトを得る。今度こそバスケだけに集中し、バスケだけに夢中になれる。心のどこかに寂しさを感じたのは無視して、本当に楽しくなってきたところで、再会した。
タツヤは、穏やかに笑ってくれた。
再会を喜んでくれた。
あのときの再戦をしようと言ってくれた表情に、何の濁りもない。純粋に戦うことを楽しみにしてくれていたと分かり、嬉しいのに、怯えた。すっかり雰囲気が変わり、実力が跳ね上がっていたことだけではない。タツヤと戦い、終わって帰宅してから、かつてと同じような反応を体が示すのではないかという、そんな不安だ。
「オレは、やっぱり……。」
試合自体は雨で中断となったが、タツヤはプレイヤーとして本当に成長していた。
思い出すと、今でもぞくぞくする。
だがそれが下半身の熱にも反映しているのは、どう考えてもおかしいはずだ。
頭では分かっているのに、手が止まらない。自宅のベッドで胡坐をかくようにして座り、自らの手で慰める。猛った熱を突っ込みたいと思えたならば、まだ、女性への欲求を重ね合わせているとも誤魔化せた。だが帰国してから自覚せざるを得なかったのは、本当はタツヤにこうして触ってもらいたいと、もう知ってしまっているからだ。
「んっ……く、あぁっ……あ、タツ、ヤ……!!」
アメリカで見た最後の光景より、数時間前の新しい笑顔に脳裏の映像は塗り替えられている。
ああ、タツヤは本当にいい男になっていた。
……あの顔で、あの手で、あの声でどうやって女を口説くのだろう。
「んんんんっ……!!」
想像すれば悔しいはずなのに、自らを置き換えただけで絶頂を迎えるほどの興奮に襲われる。
硬くなっていた熱が弾け、先端から白濁した液を撒き散らす。
弛緩していく体は、抜けていく熱の代わりに、罪を吸い込んでいくようだ。
汚れた手をシーツに擦りつけ、気だるさのままに仰向けに倒れ込む。
そして、告白するのだ。
「……タツヤ、オレは『弟』にはなれねえよ」
弟でいたいから、あのとき手を抜いた。
だが、正確には、『せめて』弟ではいたかったのだ。
こんな気持ちを、タツヤに知られるわけにはいかない。それでも、もしかすると受け入れてくれるのではないか。なにしろタツヤは優しい『アニキ』なのだから。
「……!!」
そんな期待で勝手に惑わされそうになる自分を、軽く指を噛んで戒めた。
劣情など、抱いていい存在ではないのだ。
そう言い聞かせ、軽い眠気に身を委ねる。
きっと、いい夢を見れるだろう。
起きてから、濡れた感触に絶望することになっても、夢の中でだけは優しいアニキ以上の接し方をしてくれる幻を期待しながら、火神はゆっくりと眠りに落ちていった。
| ごめん、ちょっとマジで氷火はむずいわ・・・orz 頑張ったってことで、見逃してくれ、すまない・・・orz ロボっぽい何か |