■BLACK FIRE 1 (サンプル)
「なあ、今日はどうする?」
「あー……別にどっちでもいいっスよ」
「そっか。じゃあ火神の部屋でいいよなっ」
頭越しに為される会話は、嫌でも耳に入ってくる。既に片付けも終わった体育館から更衣室を兼ねた部室へと向かう短い廊下で、ここのところよく聞かれる内容だ。
右側には、夏前に復帰したばかりの先輩、木吉鉄平。
左側には、この人のために影になろうと決めた同級生、火神大我。
ちなみに二人とも190センチメートルを越える長身である。後ろでさり気なくダジャレ好きの先輩が『捕まった宇宙人』と呟いたので、明日の練習ではミニゲーム前のパス回しを加速させてあげることを心に誓う。
「え、よくねえっスよ、だってアンタうち来るとそのまま寝て帰らねえし」
「だって火神の部屋って居心地いいんだよなーっ、ベッドでかいし」
「でかいの買ったんだよっ、わざわざ!!」
「そうだよなあ、日本のベッドってなんか小さいんだよなあ、病院でも窮屈だったし」
「だったら自分ちで寝ればいいだろ!?」
「だって火神の部屋のがでかいし」
「縦にでかくても横は普通だよっ、つか狭いっての!!」
「でも枕は妙にでかいよなあ、なにあれ二人用?」
それはボクが贈った物です。
さり気なく主張してみようかと思ったが、右側から伸びてきた腕が、頭上を通り越して左側に立つ肩へと回される。その際に、眼中に入ってなかったらしく軽く弾き飛ばされてしまった。こんなときは、自分の存在感の薄さが恨めしい。
「つまりっ、オレが泊まるのになんの問題もないってことだよな!! よし、そうと決まれば火神、早く帰ろうぜっ」
「うぜえよっ、暑苦しい離れろ!! つか帰るってなんだよ、オレの家だろうが!?」
敬語が苦手でも、普段は先輩に対しては足りない頭で必死に丁寧に話そうとしている。それがすっかり抜けるほど頭に血が昇った様子は、まるで野良犬が吠え立てているようで実に愛らしい。だがその赤い頭をかいぐりしているのは、自分ではないのだ。
鬱陶しいと口では嫌がりつつ、肩へと回された腕を外そうとはしない。変人が加減を知らないことと、かすかでも先輩だという意識が残っているからだと分かっていても、不安になる。腹立たしいとも言えるが、だからと言って自分には割って入る勇気も理由も腕力も存在感もない。
「おわっ!? ……あ、ああ、黒子いたのか」
「……はい」
そう思ったとき、後ろからキャプテンにぶつかられた。後ろにいたならばともかく、前を歩いていて、弾き出されたことで足を止めただけで視界から消えることなど自分はできただろうか。もしかすると、知らないうちにミスディレクションが発動していたのかもしれない。だがそうであれば、キャプテンたちの視線を引きつけていたのは、もうだいぶ先を歩く長身の二人だろう。
「つか、最近あの二人って仲良いよな。よく一緒に帰ってるみたいだし」
「……そうですね」
「最初はどうなることかと思ったけど、まあ、よかったのか? さすがの火神も、木吉がアレすぎるからか、拒みきれねえみたいだし」
取り敢えず脳内でキャプテンの顔面へと加速するパスを食らわせ、眼鏡を派手に割っておいた。
だがそうして心の平静を取り戻す努力をしている間に、先ほど宇宙人などという失礼な表現をしてくれた先輩が安らぎをもたらしてくれる。
「ああ、火神に英会話のレッスンしてもらってるんだってな」
「……そうなんですか?」
「あれ、黒子は知らなかったのか? 教室で、席も前後なんだろ?……あ、奇跡の席、とかやべえキタコレ!?」
くだらないダジャレで、明日の制裁を相殺することを心の中でやめておく。
ともかく、これで訪問理由は判明した。そういえば以前ストリート・バスケットの会場で、二人とも英語で話していた。あれには本当に衝撃を受けた。帰国子女とは知っていたが、まるで掛け算もできない幼子が突然ハムラビ法典を朗々と語っているようにも聞こえた。
子供とは、いつか成長し親の手を離れていくものだ。
頭では分かっていても、子供というより愛妻のつもりだったので離れていくことなど許せるはずがない。あの場では取り敢えず二号の手を借りて他の件と共に殴っておいたが、今思い出しても腹立たしい。
「でもよ、大丈夫なのか?……主に、火神の方が」
「……どういうことですか」
既に部室へと入っている二人の背中は廊下にない。仕方なく、キャプテンたちと共に歩きながら話を続ける。
「いや、だってよ?……木吉って、ああだろ?」
「……はい」
「火神って、意外に繊細みたいだしなあ……。」
「……。」
「結構な頻度で泊まってるみたいだし、負担になってねえのかなって。いや、火神が気にしてねえんならいいんだけどよ、もしマジで迷惑がってんならオレから木吉に言ってもいいし。なあ黒子、お前、火神から何か聞いてないのか?」
キャプテンからの質問は、思いのほか胸に痛い。傍から見て、一番親しそう、あるいは愚痴や悩みを打ち明けられそうと思われているという証拠だ。
だが、実際にはそんなことはない。
自分たちは、最強のチームメイトだと信じている。だが一歩コートから出てしまうと、そこにはただのクラスメートよりも希薄な関係しか見出せていない。自分からは愛妻だと思っているが、相手はそう思ってくれていないことは薄々察している。
「……いえ、何も聞いてません。ただ、本当にイヤだったら、火神くんも断ると思います」
「そっか、そうだよなあ。じゃあ、まあ、あいつらは放ってていいってことか……。」
「でも、火神くんはそういう悩みを持っていても、なかなか人に言えないとも思います」
だいぶ躊躇ってから返した言葉に、キャプテンはあっさりと納得しかける。それに、ただの意地だと分かっていてもついそんなことを口にしてしまった。
「黒子……?」
「抵抗できないというか、流されたというか、状況がよく分からないままに事が進んでも頭が処理できないで混乱したまま美味しく頂かれてしまうというかまあそれが彼のいいところではあるんですけども」
「いや、火神が弱みとか見せるの嫌がるだろうなって話だったんじゃ……!?」
「そういう火神くんの性格を考慮した場合たとえ名目は英会話であってもそこから『向こうではコレも挨拶なんだろ?』的なことに持ち込まれたとしても頭の処理が追いつかなくてなんとなくいやそうだったかもとか思ってあの唇をあの魅力的で艶かしくて普段は粗暴な物言いなのにそういうときは押し殺したような声を漏らすあの唇を奪われるようなことがないとも限りませんし」
「あのっ、黒子、お前なに急にたくさんしゃべって……!?」
「だいたい木吉先輩はずるいんです火神くんより大きいとかいやこれ身長の話ですけど火神くんより大きくて手も大きいとかそれだけでアドバンテージですよね凄くずるいと思います」
「それバスケでのことだよな!? 身長も手もバスケで有利って話だよな!?」
「それなのにチームの和を乱すようなことしてるんだったらダメですよねバスケ部の創立者なのにそんなことダメですよねキャプテンの心配も分かりますだからここはボクに任せてください」
「黒子ぉーっ!?」
一気に話したためか、少し酸欠でぐらりと体が傾いた。つい廊下に座り込めば、心配したキャプテンが手を差し出してくれた。顔がやや引き攣っているのは、同じような危機感を持っていてくれたからかもしれない。そう思えば、急に勇気が沸いてきてその手を強く握り返す。
「く、黒子?……痛ててててっ!? お前っ、握力も平均以下だったはずじゃ……!?」
「チームのために、ボクは頑張ります。必ず火神くんの貞操を守ってみせます」
「そんなことよりオレの手の骨をまずは守ってくれっていうか離せ、だアホ……!!」
今こそ、この存在感の薄さで役に立ってみせる。
そう心に誓った姿を、さっさと更衣を済ませて部室から出てきた長身が複雑そうに見ていたことには、気づいていなかった。
| 途中までです。 木吉は別に誰ともカプ的に絡んでません。 あくまで黒子×火神、2と3は+高尾×緑間で、木吉は変な人なだけです。 ロボっぽい何か |