■青黄2





 昔から治らない悪い癖がある。
「……。」
 周り、特に幼馴染から口うるさく言われることはいくつもあるが、大半は悪いと思っていない。だが、これは別だ。自分でも悪い、あるいは、情けなくて格好悪いという自覚があるのに、どうしても治らない癖があった。
「……なんでだろうな、つか、まあだいたい理由は分かってっけど」
 ここのところはしていなかったのに、こんなときにやってしまった。インターハイの準々決勝、久しぶりにフルで出場した試合。そうなるだろうとは予想していたが、こうなるという覚悟まではなかった。
 だからなのだろうか。ただの疲労どころではない体を引き摺って、空いていた控え室に勝手に転がり込む。同じチームの連中には先に帰ると伝えてあるので、探されたりはしないだろう。体育館ではまだ他の試合が組まれているし、掃除や警備といった者が現れることもまず考えにくい。
 ここなら、一人でゆっくりできる。アイシングで火照った体はそれなりにおさまっているが、どうにも心がざわついて仕方ない。試合中の昂揚とも違う。気がついたときには携帯電話を取り出し、番号を呼び出していた。だが、かけるつもりはない。それでも、電話帳の画面を消すこともない。通話のボタンを押しかけて、やはりいいかと躊躇する。繰り返しているうちに、コートではあれだけ繊細な動きを見せる指先が、通話ボタンに触れてしまう。すぐに切るボタンに正確に触れられるので、ためらい傷のようだと自分で思ったこともあった。
「……。」
 中学の頃も、よくそうしてワンコール鳴るか鳴らないかのうちに、呼び出しを切っていた。明確な用事があっても、こうなのだ。最初は悪戯や通話料金の節約かと訝っていた周りも、次第に何かを勝手に悟った気になってくれたらしい。
『青峰、どうしたんだ?』
 当時のキャプテンは、いつものように淡々とかけ直してくれた。
『……青峰、どうしたのだよ』
 当時から独特な口調のチームメイトは、億劫そうでも必ずかけ直してきた。律儀な男なのだ。インターハイの予選中、珍しくこの癖が発動しなかったのは、直前に幼馴染がかけており、その電話を奪ってかけ直したからだろう。
『だからぁ、峰ちんのそういうトコ、オレはどうかと思うよぉ』
 中学時代から菓子を手放さないチームメイトは、かけ直してきてももぐもぐしていて聞き取りにくいことが多かった。
『……黒子です。青峰君、何かありましたか』
 影の薄いチームメイトは、いつも最初にきちんと名乗ってかけ直してくる。名前は表示されるのだから、不要なのではないか。そんな指摘は、相手が取る前に切ってしまう自分が言えた義理はない。
『ちょっとぉっ、大ちゃん!! じゃなくて、青峰君!! もうっ、毎回毎回、いい加減にしてよ!! 用があるからかけてるんでしょっ、取る前に切らないでよ、かけ直したのに黙ってるってどういうことなの、そもそも青峰君からかけてきてるんだし言いにくいんならメールでも……て、聞いてるの大ちゃん!?』
 幼馴染だけは、かけ直してもらってもうるさくて途中で切ってしまうことが多かった。昔は大人しくて気も弱く、自分の後ろでめそめそめ泣いていたのに、どうしてこうなってしまったのだろう。女の成長とは恐ろしい。何度かそうして繰り返していれば、幼馴染は嫌がらせと解釈したのか、あまりかけ直してこなくなった。その代わり、自宅に戻ると三軒隣から襲撃を受けるようになったので、用があるときはメールをするようになったのは男として仕方のない成長でもあったのだろう。
 ただ、中学の頃からそうして自分の悪い癖が発動してしまう対象の中にあって、一人だけ反応が違う者がいた。他の連中は、表現はどうあれ、用件を尋ねてくる。ワン切りとはいえ、一度は通話ボタンを押した理由、その内容を聞こうとする。それは普通、あるいは正しい反応だろうと思う。その意味においては、かけ直してきて若干ずれたことを口にする相手に、いつも何故か一番ほっとした。
『もしもし!? 青峰っち、今どこにいんの!?』
「……。」
 用件ではなく、居場所を尋ねる。
 いや、それは用件はもう分かったと、少なくとも相手が思っているからこそ、応じるための情報を求めるために尋ねてくる。呆れつつも、部室だとか、行きつけの練習場だとか、そのときの居場所を告げれば少しの間の後に具体的な数字を告げられる。
 五分待って。あるいは、十分待って。
 辿り着けるまでの時間を計算し、目安を言うといつも一方的に電話は切れた。最初こそ面食らったが、後はその場で言われた時間を待てばいいので、気も楽になる。一度目くらいは、何かあったのかという類を尋ねられた気がする。だが記憶にあるほとんどの場合は、そんな質問すら出ない。ただ、会ってからどうするかという話題になり、あるいは部活とも関係のない学校のどうでもいいことを話したりした。
 きっと、相手も気づいていたのだろう。ああしてワンコールにも満たない着信だけを入れてしまうとき、それを特定の相手にしてしまうときだけは、本当に用がない。いや、ないようで、ある。あると言い切ってしまうと、嘘のような気がする。情けなさはこれに直結していて、要するに自分でもはっきりと分からなかったのだ。
 本当に、用もないのにかけていたのだろうか。
 本当は、用はあったが言い出しづらかっただけなのだろうか。
 どちらであっても、相手に甘えている気がして格好悪かった。だからといって、ためらい電話もやめられないし、会えば至る行為を用件として伝えることなどもっとできない。
 それでも、いつも笑顔で駆けつけてくれた。大型犬ならば黄色い尻尾を千切れんばかりに振ってそうな勢いで、懐いてくれた。
「……。」
 だって、青峰っちのこと大好きだから。
 いつぞや、どうして毎回来てくれるのかと尋ねれば、照れ臭そうでも臆面なく言い放たれて、こちらも言葉に詰まったものだ。
 最後にそんな着信を入れて、どれくらい経っているだろう。少なくとも、高校に入ってからは一度もしていない。まともに電話で話したことすらない。それなのに、こんなときに悪い癖が出た。試合が終わった直後、今のチームのキャプテンに何か言わないのかと尋ねられ、勝者が敗者にかける言葉はないと返したのも自分だ。
 それなのに、体が冷え、頭も冷静になってから、携帯電話を取り出した。
 まだ番号が同じなのかすら分からない相手に、通話ボタンを押して、すぐに切った。
「……。」
 思いのほかあの言葉が効いているのだろうと、他人事のように分析する。バスケにおいては、自分も心のどこかでそれを望んでいたし、強い選手と戦いたいのでむしろ歓迎だ。
 ただ、バスケの選手としてだけ憧れているわけではないと、知っていた。
 だからこそ、試合が終わってしまうと、どうしても気になってしまう。
 こんなことは、別々の高校に進学を決めたときから、理解していたつもりなのに。今更裏切られたような気分になってしまう自分が、本当に情けなくて、格好悪くて、未練がましくて大嫌いだ。
「……もう、帰るか」
 一人きりで使われていない控え室にいれば、疲れていた体も学校が取っているホテルに帰宅できるくらいには回復する。だが、あまり離れてはいないが、さすがに歩いて帰るのは厳しそうだ。バスかタクシーでも拾うかと考えて、ホテルの名前や住所が分からないことに気がついた。集団行動は苦手だが、こういうときに困る。体育館に行くときは遅刻して一人でもいいのだ、ホテルの人間にでも訪ねればすぐ分かる。だが逆は無理だとようやく分かり、ぐったりと肩を落とせばため息が出た。
「さつきに、電話して……いや、うるさそうだから、良がいいか、いやでも……。」
 幼馴染は、ここぞとばかりに説教してくれるだろう。気の弱いチームメイトは、謝りながら教えてくれるだろうが、周りの先輩などが喚き散らしそうだ。怒鳴られても気にならないが、単純にうるさい。今はそれを聞き流せる気分でもない。ここはやはり、幼馴染にメールをするかと携帯電話の画面を再び見たとき、突然鳴り出した着信音と表示された名前に、一瞬息を飲んだ。
「……!?」
 こちらからかけておきながら、ワンコールも待たずに切る。すると、相手からかけ直してくる。
 中学時代は、何度もあったことだ。だが、今はもうあの頃とは違う。試合が終わって、まだ一時間ほどだ。ただ、相手の高校はこの全国大会の会場まで通えない距離ではないので、学校としてホテルを取っていなかったのかもしれない。
 そんなことをつらつらと考えている間に、呼び出し音は十を数える。留守番電話へと切り替わる直前、気がついたときには通話ボタンを押していた。
「……。」
『……相変わらずっスね。今、どこにいるんスか』
 呆れたような、淡々とした口調だった。間違っても、中学の頃のようなはしゃいだ声ではない。だが、尋ねられたことは以前と同じだ。無意識に部屋を見渡して、居場所を示すプレートが目に入る。
「……二階の、第一控え室」
『は? 今日って、控え室は一階しか使われてないんじゃ……ていうか、まだ体育館にいるんスか?』
「……。」
『……ちょっと、今日はもう、電車に乗っちゃったんで』
 より低く抑えるような声でそう言われ、ようやく相手は電車で移動中なのだと気がついた。周りは恐らくチームメイトもいるのだろう。団体行動としては解散しているかもしれないが、道具を片付けに学校に戻ることはよくある。不自然なところで言葉が一度切れ、周りと何か話している雰囲気が伝わった。恐らく、電車内で話していることを注意されたのだろう。どのみち答えは分かったので、こちらから切ろうとしたところで、囁かれる。
『……三十分はかかるんで、ちゃんと待っててくださいっスよ』
「……!?」
 後半は、やたら電車の音が大きくなってほとんど聞き取れなかった。だが電車が駅に停止したような音、ドアが開くような音、周りに挨拶しているような声が聞こえる。もしかすると、相手は通話を切っているつもりなのかもしれない。やがて警笛のようなものが響き、電車の発車音がして遠ざかっていく。
 取り残されるかのように静かになっていくのを聞きながら、こちらから通話を切った。
 落ち着いたと思ったはずの心は、試合とは全く違う種類でざわめく。
 三十分待てば、あいつはここに現れるのだろうか。
 憧れることをやめたと宣言したばかりの相手に何を期待するのも虚しいはずなのに、体が疼いて仕方なかった。




 実際には、電話で話してから三十分以内に会うことは叶わなかった。
『もーっ、西の第一なら、そう言ってほしいっスよ!! 探し回ったじゃないスか!!』
 どうやら二階の控え室は東西で分かれていたらしい。よく見れば、確かにプレートにはWという略字があった。それを伝え損ねたことで、最初は二階東の第一控え室に行って鍵がかかっており、落ち込んだらしい。もしかすると二階というのがやはり間違いかと、一階の第一控え室に向かえば、第四試合を始めるところだった別の学校が使用しており、気まずかったようだ。
 ただ、そこで二階は東西に分かれているという情報を聞いて、やっと辿り着けた。場所が分からないのであれば電話してくればよかったのにとも思ったが、自分からは指摘しない。何より、やっと会えたという安堵が喜びにしか見えない様子に、どうしようもない気分になって手を伸ばした。
「んぁっ……んん、く……あぁっ……!!」
「黄瀬……。」
 中学を卒業して以来、まともに会っていなかった黄瀬は、少しだけ背が高くなって顔つきが大人びた気がした。元々モデルをするほど整った容姿だが、中学時代はそれでもまだ子供っぽい可愛さを残していたように思う。それが、練習の成果なのか、精悍さが増している。声も心もち低くなったかもしれない。試合中、顔つきが変わったと感じたのは、素材自体の要因もあったらしい。
 半年ほど会わなかっただけで、こんなにも変わっていたのか。
 知らなかったという事実が腹立たしくなり、ぐっと顔を近づけて、そのまま唇を塞ぐ。驚く反応だけは以前のままで、少しだけ気を良くてそのまま先へと進めた。
「ひぁっ!? んん、あ……んぁ……!!」
「……。」
「ん、んん……ふ、あぁっ、ああ……!!」
 黄瀬は驚きつつも、抵抗はしなかった。呼び出されたときから覚悟していたのだろう。使われていないロッカーへと押し付け、好きなように口内を貪る。久しぶりだからか、舌を絡める動きに合わせられない黄瀬は、何度か咳き込んでいたが、すぐにまた塞いだ。相変わらず飲み込みが早く、またこれに関しては過去に習得しているため、やがてキスを合わせられるようになると、あっさりと外す。
 何かを言いたそうに震える唇を眺めている気はなく、黙らせるために首筋に歯を立てる。噛み付く気はなかったが、息を飲んだ黄瀬は何も言わなくなった。そんな反応には満足して、すっかり着替えていたジャージをあっさりと脱がした。
 足元のカバンから勝手に拝借した本来用途の違うクリームを取り、後ろを慣らす。その間も、黄瀬は文句こそ言わないが、ずっと戸惑っている雰囲気だけは感じていた。だが止める気はなく、散々指を捻じ込んでいれば、次第に漏れる声に熱がこもっていくのが分かる。
『……お前、感じてんのかよ』
『んんっ……そう、したの、青峰っちじゃ、ないスか……!!』
『……まあ、そうだよな』
 中の感じるところをわざと避けるように擦りあげれば、中途半端に艶が篭った声で非難がましく言われた。
 それがまた、興奮を誘う。
 喉の奥を鳴らすように自然と笑っている自覚もないまま、指を抜き、黄瀬にロッカーの方へ向くように体を反転させる。両手をロッカーの上部にかけさせ、しがみつくような格好で腰だけやや離させる。そして後ろから猛ったモノを突き入れれば、久しぶりの感触に絶頂を迎えそうになって、焦ったものだ。
「んぁっ、ア、あぁ……青峰っち、オレ……もぅ、んぁっ、アア……!!」
「黄瀬……!!」
 だがもっとこの熱を味わいたい願望が勝り、最初の波を堪えると後は容赦なく腰を打ちつけた。
 半年以上もしてなかったとは思えないほど、黄瀬のそこは嬉しそうに咥え込む。見た目がいいことと、この性格なので若干の勘繰りはあったものの、他の男としていたというわけではないらしい。
 悦ぶように躾けた張本人だから、悦んでしまうのだ。
 当たり前の理屈を、拗ねたように告げられて、ますます興奮が増した。繋がった箇所を抉るように何度も突き、犯していれば、再び波が訪れる。
「あ、んぁっ……ああ、ああああぁぁぁっっ……!!」
「クッ……!!」
 そして一際深く奥まで突き入れたとき、先に絶頂を迎えた黄瀬にキュウッと締め付けられ、つられるようにして熱い剛直も中へと精液を迸らせた。
 出し切るまで互いに体を強張らせ、ほぼ同時に弛緩させる。ゼェゼェと上がる息はかったるいが、程よい心地好さも孕んでいた。まだ繋がったままでいたい感情と、それより振り返らせてキスしたい欲情が鬩ぎ合う。何度も肩で息をしてから後者を選ぶことにして、萎えたモノをずるりと抜けば、黄瀬が身を竦ませたのは分かった。
「んんっ……!!」
「……なんだ、また、感じたのかよ」
 思わず漏れた声が、最中にそっくりだったのでついそんな揶揄をしてしまう。だが、黄瀬は否定も肯定もせず、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。そしてロッカーに背をつけるようにして座り直すと、大きくため息をつく。
「……ていうか、青峰っちて、やっぱ凄いっスね」
「はあ?」
 キスしたかったのでその姿勢はむしろ歓迎だが、言われた言葉には首を傾げる。中学の頃のような、手放しの賛辞には聞こえなかったからだ。まるで皮肉でも言っているかのようで、怪訝な声を出せば黄瀬は再びため息をつく。
「だって、あの試合からまだ二時間経ってないんスよ?」
「……。」
 それで、まだ手を出す気になるのか。
 あるいは、だからこそ敗者を踏み躙りたいのか。
 急速に冷えていく頭と体を感じ、黙り込んでしまう。考えてみれば、全くその通りだ。勝者が敗者にかける言葉などないと突き放しておきながら、裏ではこうして呼び出し服従を求めるかのように強引に組み敷く。とんだ暴君だろう。バスケに関しては自分がそう評されがちなことは知っていたが、対人関係、特に黄瀬に対してそう振る舞ってきたつもりはない。
 あくまで、黄瀬が求めてくるから。
 好きだと懐いてくるから、応じてやっているだけだ。
 中学の頃も散々自分自身にした言い訳が、今は通じないことにやっと思いが至る。もうあの頃とは違うのだ。何度もそう言って突き放したのは自分の方だったのに、都合のいいところだけ変化を認めようとしない。そんな浅ましさを糾されたようで、何も言えなくなった。だが再びため息をついた黄瀬は、長めの髪を片手でクシャリとかきあげてから顔をあげる。
「それで、もう勃つってどんな体力してんスか」
「……お前だって出してんじゃねえか」
「オレはしょうがないっしょ!? 突かれたら反応するんだしっ、それが男なんだし、ていうかさっきも言ったっスけど、オレをそうした青峰っちには言われたくないっスよ!!」
 確かに、疲労が溜まると勃ちにくいとは聞く。そもそもそういう気にならないらしい。実を言えば、その感覚も分かる。だが、黄瀬が本当にここに現れたとき、その気になってしまったものは仕方がない。
「……うるせえな、さすがに今日はオレだって疲れてる」
 どうやら黄瀬が半ば呆れているのは、単純に体力のことらしい。驚かせやがってと安堵した表情は出さないように気をつけながら、自分もゆっくりと床へと膝をついた。腰を落とすと、急に痺れのようなものを自覚する。相当疲労している証拠だ。普通であれば、このまま寝転がりたいくらいだ。
 それでも、まだ怪訝そうな黄瀬にキスしたい欲求の方が強く、取り敢えずは姿勢を落として唇を塞いだ。
「んっ……青峰っち?」
「……。」
 不思議そうに目を瞬かせた黄瀬は、試合中のような気迫は見えない。当然だと思う反面、あれもまた事実なのだと思い出す。
 何も言わず、ただ押し付けるだけのキスを繰り返す様を、黄瀬がどう思ったのかは分からない。ただ、しばらくそうさせた後、やや躊躇ってから背中に腕を回してきた。
「あの……青峰っち、オレは……その……。」
「……なんだよ」
 視線を逸らし、言いにくそうにする。それだけで、聞きたくない言葉だと予想がつくのに、つい追及すればやがてしっかりと瞳を合わせられる。
「試合中に、言ったこと。バスケの選手として、青峰っちのこと、憧れるのをやめるって言ったのはほんとっス」
「……分かってる」
「今回は、負けたけど。でも、次は絶対勝つ。オレが、青峰っちを負かします」
「……次もオレが勝つっての」
 そうして真剣な目で宣戦布告をしておきながら、黄瀬はふっと笑うのだ。
「……でも、それは、青峰っちのこと嫌いになったとかじゃ、ないんで?」
「……。」
「むしろ、バスケ選手として以外の青峰っちは大好きで、前から大好きで、これからも大好きだから、もし変な心配してるんだったら、無駄っスからね?」
 憧れるのをやめたからといって、好意的でなくなったり、実力を認めないという意味ではない。
 ましてや、バスケ以外の部分は何も変わらないのだとはにかむように告げられて、しばらく何も返せなかった。最初はじっと見つめてきていた黄瀬も、やがておかしそうに笑うと、チュッと唇を押し当ててくる。それでようやくハッと我に返り、慌てて離れると先に一人で立ち上がった。
「な、なに言ってんだよっ、バスケ選手として以外のオレなんかいるかっ」
 こころのところは特にバスケに集中できないこともあり、本当はそれ以外の方が多い気もしている。ただ、バスケから離れてしまうと、自分に価値などないだろう。その意味においては、バスケ選手として以外の自分を好きだなどと信じられず、服を調えていれば下から呆れた声がする。
「青峰っちて、謙虚なのか、バカなのか、迷うっスねえ……。」
「はあ!? お前っ、それどういう意味だよ!?」
 まあそのままの意味なんスけどと言いながら、黄瀬も座ったままでジャージを上げていた。さすがに今日はここまでと察したのだろう。立ち上がろうとして、黄瀬はふらついて後ろのロッカーに背中をぶつける。
「痛ってえ……!!」
「……。」
「……青峰っち?」
 それに、思わず手を伸ばしてしまった。
 試合が終わったとき、黄瀬に手を伸ばしたのはあちらのチームのキャプテンだ。自分はそうすべきでないし、そうしたいとも思わなかった。だが、今は手を伸ばしてしまった。引っ込みがつかなくなって内心かなり焦るが、もっと驚いた目をしていた黄瀬が、にっこり笑って先に手を握る。
「ありがとっス」
「……うるせえ」
 そのままぐいっと引っ張れば、ようやく黄瀬は立ち上がった。
 今は試合中ではないのだと、教えられた気分だ。どことなく落ち着かなくなってすぐに手を離し、カバンを担ぐ。
「それにしてもーっ、久しぶりすぎて、いつものコールなのか、それとも単に間違って通話ボタン押しただけなのか、オレも迷ったっスよ。普段はオレ神奈川なんで、こんなに早く来れないっスよ?」
「……分かってる」
 同じように足元のカバンを拾い上げ、ドアに向かう黄瀬は初めてに近く嘆く。
「だから、ちゃんと前もって約束してほしいんスけど。すぐかけ直せるとも限んないんで、ある程度のことはメールとかしといてほしいんスけど」
「……。」
「強引で傲慢で暴君ぶってるけど実は寂しがり屋で構ってほしいときにそうと言えない青峰っちのギャップも好きっスけど、だからこそ、オレもちゃんと会いたいんで努力はしてほしいっス」
 聞き捨てならない暴言もあったが、今は流しておく。どうしてだか、気分がいい。
 二人並んで控え室のドアの前に立ち、それぞれが扉を押した。第四試合をしているため、ほとんど廊下にも人がいない。だが人目を気にしたわけではない。一歩外に出れば、示し合わせることなく互いに背を向け、別々の道を迷うことなく進む。
「……気が向いたらな」
「え?」
 もう、中学の頃とは違うのだ。共に歩むチームメイトではない。
 それでも、違う絆のかたちがあることを、ようやく知る。
 背を向けたままでぽつりと呟けば、後ろで驚いたように足を止めたのが分かる。だが、振り返らなかった。それに、ため息をつく音が聞こえた後、『青峰っちのそういうトコ、やっぱ好きっス』という黄瀬の声は体育館からの歓声にかき消された。
 真夏の、ひどく暑い一日だった。
 











今更ながら、直接対決後の捏造。
なんだかラブいのかそうでないのか分からなくて、申し訳ない。
届けこの愛!

ロボっぽい何か


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