■BLUE☆YELLOW 1 (サンプル)
大抵のことは、やってみればできる。
それでも器用貧乏と言われたことがないのは、いずれもがかなりのレベルまで上達させられるからだ。
さぞかし楽しい人生なんだろうな。
中学二年生にして、そんな揶揄を何度もされた人間は、そういないだろう。やっかむだけで、こちらの悩みなど知ろうともしない。悩みがあるとすら、考えていない様子だ。その想像力のなさこそ、さぞかし楽しい人生だろうと卑屈になったことは一度や二度ではない。
そんなとき、初めて心から敵わないと思える人に出会えた。
頑張っても、追いつけないかもしれない。
それでも、いつか追いついて、勝ってみたい。
そう思わせてくれる凄い人に出会えてから約一年、中学三年生になっていた自分は、溢れ出る想いを遂にぶつけた。
「だからオレに青峰っちの童貞をください」
「いや、黄瀬、その『だから』がどこから繋がってるのか、オレには全然分かんねえんだけど?」
「接続詞の繋がりなんかよりオレと繋がることに注目してよっ、青峰っち!!」
全体練習を終えた後、居残って青峰に一対一を挑む。それはいつものようにすべて負けてしまったが、今日こそはと意気込んでいた黄瀬は、着替えるために戻った部室で慎重に青峰を押し倒してみた。
これまでの募る想いを一つ一つ思い出し、感慨に耽っている間も青峰はじっと待ってくれた。
それだけ、青峰もまた歓迎してくれているのだと思えば、胸も股間も熱くなる。
実際のところは、あまりに予想外の展開すぎて、まだまだ純真だった青峰は取り敢えず手負いの獣のような黄瀬を刺激しない方がいいだろうと判断したにすぎない。会話ができるまで耐えていただけなのだが、それに黄瀬が気がつくことはない。
「な、なあ、黄瀬、落ち着けって? その……オレの、何が欲しいって?」
選手として怪我をさせるつもりは絶対にないので、押し倒して馬乗りになるのも実に慎重になった。されるがままだったことが、青峰もまた望んでいるのだという誤解を深めさせるのだが、単にこれもいつにない黄瀬の様子に怯えていただけである。
ともかく、怪我をさせない、無理はさせない。こちらからの求めなのだから、それは最低限の礼儀だ。もし影の薄いチームメイトにでも聞かれれば、『告白もせずに性行為に持ち込もうとすること自体が礼儀知らずですよ』と無表情に忠告してくれただろう。だがすっかりいろいろと空回ってしまっている黄瀬は、最悪の場合でも怪我をするのが自分の側ならばいいだろうという、突き抜けた割り切りで実行に移した。
「だから、青峰っちの童貞を」
「……なんで」
「え、もしかして、もう桃っちにあげちゃった!?」
「お前までそんな下世話な勘繰りしてんじゃねえよっ、さつきとはただの幼馴染だって言ってるだろ!?」
だが悩む期間が長すぎて、行動に出たときには自己完結していた黄瀬は、怪訝そうにしている青峰に予想していた中で最も分かりやすい拒絶の理由を口にしてしまった。マネージャーである桃井は、なんだかんだと口喧嘩をしつつ青峰と仲がいい。二人が付き合っていることは半ば公認だったと聞いたのは、去年中途入部してからすぐだ。
それを揶揄されると、いつも青峰は不機嫌になる。このときも、仰向けでベンチに横たわる姿勢から、惚れ惚れするような腹筋でぐいっと上体を起こしてきた。
「わっ!?」
「……だから、オレとさつきのことをそんなふうに言うんじゃねえよ。大体、さつきはテツのことが好きなの明らかじゃねえか」
「それは、そっスけど……。」
馬乗りになったままでそうされると、逆にこっちが後ろへと倒れこみそうになる。だが青峰の膝までもないベンチの端に座っているので、ひっくり返れば確実に落ちるだろうなと覚悟した黄瀬の背中は、何故か力強い手に支えられた。
嫌ならば、そのまま黄瀬をベンチから落とせばよかったはずだ。ただの条件反射と分かっていても、まるで助けられるような格好になると、嬉しくて体が震えた。期せずして腰を跨いで座り、向かい合うような姿勢となって、期待に胸は高鳴る。
「正直、オレもさつきも迷惑してんだよ。しかもさつきがテツのこと好きなのも分かってんなら、余計にそんなこと言うな。さつきに失礼だろ」
「……さっきから、桃っちの視点ばっかなんスね」
だが心躍る体勢も、向けられる言葉が急速に冷ましていく。
桃井との関係を揶揄されれば、青峰はいつも嫌そうに否定する。ある程度親しい仲の相手であれば、もっと強く諭すように言葉を重ねるのだが、それはいつもこんな調子なのだ。
さつきが迷惑するから、やめてやれ。
実際に、桃井は黒子を好きだと思う。青峰との仲を邪推されれば、桃井は迷惑でしかないだろう。口が悪く、態度も横柄だが、青峰は桃井に優しい。その根拠が、性格的なものや、幼馴染だからという親しみからだけではないのかもしれない。
「どういう意味だよ?」
「だから。……桃っちは、確かに、黒子っちのことが好きだから誤解されると迷惑かもしれないっスけど。それがなかったら、青峰っちは別に迷惑と思ってないっていうか、むしろ歓迎してるんじゃないんスか、ていうか」
「はぁ!? オレだって迷惑に決まってるだろ!?」
「でも、桃っちが黒子っちのこと好きだってあんまり知らない人には強く否定しないじゃないスか!? それって、やっぱり、できれば誤解されてたいみたいな……!!」
「強くじゃなくてもっ、否定はしてるだろ!? だいたい、さつきがテツを好きだってのも知らねえようなヤツに誤解されてたって、オレは困らねえんだよっ、必死に説明するのが面倒なだけだ!!」
「ほらっ、だから、やっぱり……!!」
「……でも、たまには必死に説明してでも、否定しなきゃいけねえ相手もいるんだよ。お前もその一人ってだけの話だ、黄瀬」
つい悲観的な思考に回りかけたが、珍しく青峰が熱くなって主張してくる。その珍しさに間近からじっと顔を覗き込めば、言い切った後に青峰は気まずそうに視線を逸らした。意外に黒目がちな瞳を追いかけて、自分を映させ、ゼロ距離に持ち込みたい。自然な欲求で無意識のまま黄瀬は青峰の両肩に手を置くが、その途端ビクッと派手に反応されて戸惑った。
「え……?」
「……たとえば、テツとかよ。まあ、テツはそんな勘繰りしてこねえけど、ほんとに誤解してたら、さつきの恋の邪魔になるヤツっているだろ? そういう類のヤツには、しっかり否定しといてやる。まあ、さつきの為にな」
「ああ、うん……?」
肩に手を置いたことを、嫌がられた。
そう思えなかったのは、しっかりとまた瞳を合わせてきた青峰が、腰の後ろへと回したままだった手を黄瀬の背中、肩近くまで上げてきたからだ。更にぐっと上体を引き寄せられれば、顔の距離も近くなる。桃井への気遣いのようなものを言葉にされたのに気にならなかったのは、青峰が見つめているのが自分だけだったからだろう。
「でも、黄瀬、お前はそうじゃねえ」
「まあ、オレが誤解してたところで、桃っちが黒子っちにアプローチするのに問題は……?」
どうでもいい相手ならば、適当に否定して流す。
桃井の恋路の邪魔になりそうな相手ならば、ちゃんとしっかり否定する。
だが、黄瀬はそのどちらでもない。それでいながら、青峰がきっぱりと誤解を否定しておきたい存在なのだという話は、実はあまり意味があると思っていなかった。
「オレが、嫌なんだよ」
「……ん?」
「オレが、黄瀬に誤解されるのが嫌だ。だから、はっきり否定する。オレとさつきは、ただの幼馴染だ。付き合ってるとか、そういうのは全然ねえよ」
「はい」
「……。」
「……。」
「……だから、それを、黄瀬には誤解されたくねえから、必死で説明してるってことだ」
「それは、聞いたっスけど?」
「……。」
「……。」
「……。」
「……?」
「……いや、だからな? 黄瀬には、さつきとのことを誤解されたくねえんだよ」
「ねえ青峰っち、そんなことより」
「『そんなことより』!?」
「オレに青峰っちの童貞をください」
正直なところ、桃井とのことを誤解していたわけではない。傍で見ていれば、ただの幼馴染というのはよく分かるからだ。疑ってしまったのは、青峰が童貞をくれないからである。既に持っていないのであげようがないという趣旨かと考え、桃井が理由かと思ってしまっただけであり、黄瀬にだけは誤解されたくないという言葉の真意など想像する余裕はない。
違うのならば、それでいいのだ。会話が最初に戻っただけだと考えている黄瀬は、色黒なので分かりにくい青峰が顔を真っ赤にして視線を逸らしているのは、単に怒って興奮しているだけだと思っていた。
「お前っ、だから、そんなこと言うから、てっきりオレは……一世一代の、告白を……!!」
「オレ、青峰っちに憧れてるっス。童貞ってことは、まだ一度も、そういうときの青峰っちを誰にも見せてないってことっスよね?」
そのため、照れ隠しで焦っているとは全く気がつくことなく、黄瀬ははっきりと言葉にして頼んだ。
「それはそうだけどよ、というか、そもそもなんで……!?」
「だから、それが見たいっス」
「……。」
「誰にも真似されないよう、オレだけが見たい。バスケではたくさんの人を魅了するっスけど、まだ誰にも見せたことのない顔で、オレだけを夢中にさせてほしい。……駄目っスか?」
バスケはバスケ。そこは他の感情など一切排除して、純粋に憧れ、ただ追いつきたいと願う。
だが一歩コートから離れても、黄瀬にとって青峰はあまりに眩しい存在で、触れたい欲求が収まることはなかった。バスケの凄いプレーならば、大きな舞台で、大勢の観客の前で、華々しく披露してほしいと心から願う。それなのに、心のどこかで、自分だけのものがほしいとも願ってしまう。そんな相反する気持ちをこの一年で整理した結果が、これだ。
選手として以外の青峰が、欲しい。
できればそれは、これまでも、これからも、自分しか知らないような姿であってほしい。未来のことを無邪気に信じられるほど子供ではないが、過去に関しては今更覆しようがない。現在童貞ならば、過去を修正することはできない。ならば、せめて最初の男になりたい。自らが組み敷くという方向に思考が回らなかったのは、怪我に配慮したことだけでなく、どこまでも男らしく格好いい青峰を知りたいという根底を思えば当然だっただろう。
「……駄目じゃ、ねえけどよ」
「え、マジっスか!? やったー、じゃあ青峰っち、早速!!」
「ま、待てよっ、ちょっと待て!? でもその前に一つだけ確認させろ!!」
青峰は優しいし、度量も広い。よく言えば、付き合いが良く、来る者は拒まずだ。バスケ部に入り、一対一を挑み続けている黄瀬には、そんな印象が強い。そのため、真摯に頼めば応じてくれると思っていたこともあり、断られるという事態はあまり想定しなかった。
影の薄いチームメイトなどに相談していれば、『あの青峰くんが付き合いがいいのは、キミだからですよ』と呆れてくれたかもしれない。だがまだ何も気づいておらず、あるいは憧れの人にとって自分が特別な存在なのだと微塵も想像していなかった黄瀬は、喜び勇んだところでガッと肩を掴まれた。
「……青峰っち?」
「黄瀬、お前……その……!!」
だが、やけに真剣に尋ねられたことには、呆気に取られた。
「……オレのこと、好き、なんだよな?」
「……。」
「なんでそこで黙るんだよっ、好きでもねえのにヤれるってことなのか!?」
青峰は勝手に憤慨していたが、黙ってしまったのは今更何を尋ねてくるのだろうと、本当に面食らってしまっただけである。だからこそ、青峰が確認してきた理由がさっぱり分からない。ただ、肯定以外の答えはそもそもなかったので、黄瀬は自然と笑みを浮かべると、ゆっくりと頷いた。
「そんなの、一年前からずっと一目惚れっス」
「……そ、そうかよ、ビビらすんじゃねえよ、バカッ」
まるで照れたようにそう吐き捨て、視線を逸らす青峰というものも、これまであまり見たことはない。
知らない顔を知りたいという目的は、これだけでも果たせたことになる。
だが、まだ物足りない。
この程度では、満足できない。
もっと知らない青峰を、自分だけに教えてほしいと思いながら、黄瀬は引き寄せられるままに体を委ねた。
| これは元々サイトSSで、前半です。 後半はちょっとエロ。 で、あと2本書き下ろしてます。 基本的に黄瀬はこんな調子なので、押しが強いです。たぶん! ロボっぽい何か |