■先輩諸君!




※注意※
この話に限り、岩及+青二です。そういう描写はないですが、カップリングとして成立してる二組です。
また、単に会話をしているだけなので、カプとしての錯綜はありません。
それと、二口さんがいつもの通りなので、いやらしくない意味で岩泉さんが苦労してます。
ただのギャグです。
以上をふまえて、どうぞ… ↓























 インターハイ予選も終わった六月の終わり、梅雨の合間の快晴だった。及川に拝み倒され、引き摺られ、最終的には抱え上げられて、街中で首を絞めてから数十分後。泣き落としをされて周囲からの冷たい視線に、とうとう観念した。
「……で、今日はいったい何なんだよ」
「えっとね、待ち合わせしてるのっ」
「誰と?」
 時間に遅れるからと急かされて及川と共に岩泉が向かった先は、かなり電車で移動した先にある駅前のファミリーレストランだった。昼食の時間帯は過ぎているので、店内もさほど混んではいない。実際に岩泉たちも昼食は済ませているので、ここには食事ではなく、まさに待ち合わせとして利用しているのだろう。
 だが、純粋に不思議だった。幼馴染で、ずっと共にバレーをしている及川の交友関係は、なんとなく岩泉にも分かる。ましてや、休みの日にわざわざ遠出をするのだ。少しだけ中学時代の関係者ということも考えたが、そうであれば必然的に自宅付近となる。こんなところまで来ないだろう。そうなってくると、部活の関係者ではないのだろうか。自然と繋ごうとしてくる及川の手を叩き落とし、怪訝そうに尋ねれば何故か首を傾げられた。
「うーんっ、実はオレも、ちゃんと会ったことがないんだよね」
「はあ?」
「まあ、名前というか、なんだろ、そういう選手がいるってことは知ってた。名前は曖昧だったかな? ともかく、どうしても会いたい、会って相談したいって言われてさ、それで」
「……来年、青城に来たいっていう中学生か?」
 及川の答えに、岩泉は少しだけ自分の中での想像を修正する。良くも悪くも、及川は宮城県の高校男子バレーボール界では有名人だ。憧れ、共にプレーしたいと望む者もいるだろう。だが、自分たちはもう三年生だ。来年入学しても、入れ違いで卒業となる。尋ねておきながらすぐに自分の中で否定している間に、及川はやっと到着したファミリーレストランのドアを開けていた。
「そういうんじゃなくて、もう高校生だよ。もちろん別のところだけどね」
「別の学校の選手が、お前に相談したいって言ってきたのか? それって……。」
 同じ学校の選手ですら、まともに指導しなかったのに。
 中学時代の影山のことを思い出し、どうしても怪訝になってしまうが、及川には嫌がる素振りはない。間違いなく、心から楽しそうだ。浮かれているといっても過言ではないことは、長年の付き合いで嫌でも分かっている。だからこそ、本当はイラついてたまらないのだと認めるのも癪で、言葉も途切れたときに及川は待ち合わせ相手を見つけたらしい。
「あっ、にろくん!!」
「……誰だ、『にろ』て」
「遅くなってごめんねえっ」
 案内しようとしてくれていたウェイトレスには完璧な笑顔で断り、そう及川が手を振ったのは、見慣れない相手だった。
 ただ、座っていても身長が高いことは分かる。高校生と言われれば、片方は少なくともそう見える。今は私服と、私服のジャージだが、どこかで見たような顔だ。思い出そうとしながら歩いていると、及川が勝手なことを言っていた。
「岩ちゃんがっ、なかなか離してくれなくってさ!! オレ、もうちょっとで昇天するかと思っちゃった☆」
「……お前っ、誤解されるようなこと言うな!?」
 考え込んでいたので一瞬反応が遅れたが、及川が昇天しかけたのは岩泉が首を絞めたからだ。今は投げるものがないのでつい素手で掴みかかろうとするが、待ち合わせ相手の笑顔でピタリと止まった。
「さっすが熟年夫婦は違いますねっ、尊敬しちゃいますっ」
「えへ☆」
「……は?」
「それに、遅れるくらいなんでもないですよ。青根がいるから、オレにとってはいつだってどこだって時間を忘れさせてくれるパラダイスですから!! ……な?」
「……。」
 あおね。
 アオネ。
 青根。
 どこかで聞いたことがある。しかも、朗らかな笑顔で何かずれたことを返した方に対し、隣に座るチンピラ仕様のジャージに身を固めたいかつい男は、不自然なくらい大きく頷いている。何も言わない。首肯が大きすぎて、風圧を感じそうだ。なんだか熊みたいだなと思ったとき、岩泉は急に思い出した。
「……お前っ、伊達工の青根か!?」
「……!?」
「岩ちゃんっ、気づくのおっそぉーいっ」
「てことはっ、そっちのは……ええと、口が悪いヤツだな!? 凄く口が悪い!! とにかく口が悪い!!」
「……及川さぁんっ、及川さんの旦那さんて、なんか足りない人なんですかぁ?」
「ごめんねえ、オレの悪口ならもっとすらすら出るんだけどさあ、愛故に」
「愛故にじゃねえよバカ及川!!」
「あ痛ぁっ!?」
 及川の後頭部を殴ってやっと思い出せたが、ジャージの男は確かに伊達工業のミドル・ブロッカー、青根だ。そして隣は、ウイング・スパイカーの二口とかいう名前だったはずである。『にろ』というのは、及川が勝手につけたあだ名だろう。
 ともかく、これで待ち合わせ相手の素性が分かる。二人とも別の高校で、バレー部員だ。先日のインターハイ予選では二回戦で敗退となったものの、本来はベスト4でもおかしくない強豪校である。
 そこの選手が、及川に何の相談なのか。
 しかも、どうして及川がそれに応じたのか。
 岩ちゃんに殴られたひどい責任とって結婚してと騒ぐ及川を再び突き飛ばし、取り敢えずはボックス席で向かいに座ってから、岩泉は慎重に切り出した。
「……でも、二人ともセッターじゃないよな? それなのに、及川に何の相談だ?」
 偵察ということは考えにくい。それでも、警戒してしまうのは仕方ないだろう。やや硬い声になったのは、二口とかいうのはともかく、無言の青根が地味に怖いからではない。よく見れば、眉がない。やっぱり怖い。
「及川さん、旦那さんに説明してないんですか?」
 緊張して答えを待つが、二口は岩泉ではなく及川へと尋ねた。
「うん。予め伝えておくより、生の反応が見れるかなって? 動揺してる岩ちゃんも可愛いかなって?」
「……黙れクズ川」
「岩ちゃんっ、痛いよ、足、足踏んでる……!!」
「はあ、なるほど。そうですね、じゃあ今回オレが及川さんたちに連絡させてもらった経緯、簡単に説明しますね」
「にろくんも普通に無視するなあっ、予想通りだけど!!」
 その前に青根のドリンクバーのおかわり取ってきていいですかと立ち上がった二口は、なんだかマイペースだった。良く言えば、動じない。正確には、人の話をあまり聞かない。青根は青根で、二口に飲み物を取りに行ってもらって、嬉しそうにじっと見つめている。いや、睨んでいるのか。目つきが悪すぎて判断できないでいるうちに、二口が飲み物を持って戻ってきた。
「はい、青根」
「……!!」
「……なんで二口は青根の頭を撫でたんだ?」
「さあ、愛情表現じゃない? ……岩ちゃんもオレの頭撫でる!?」
「……。」
「痛い痛い髪引っ張らないでよぉ!!」
「で、オレが及川さんに連絡した経緯なんですけど」
「にろくんはほんっと彼氏のこと以外どうでもいいね!!」
「ええ」
 まずい、こいつは強敵だ。
 岩泉の中で、警戒対象が完全に青根から二口に移った。取り敢えず、経緯は知りたいので黙ることにすれば、二口は淡々と説明を始めた。
「インターハイ予選で、オレたちも烏野と当たったじゃないですか。で、あのときの10番と、青根が試合の後で連絡先を交換したんですね」
「あ、ああ……?」
 だが何故かまた違う学校の名前が出てきて、岩泉は戸惑う。及川は驚いていない。要するに、及川はこの辺りの経緯は知っているのだろう。
「で、たまにメールとかはしてたみたいなんですけど、オレ、青根がオレの知らないところで交友関係広めるのとか許せないから、メールとかも全部チェックしてて」
「……は!? なんだそれっ、彼女か!?」
「彼女ですけど?」
「……なんかすまん。続けてくれ」
 薄々察してはいたのだが、青根と二口は、そういう仲らしい。しかも、彼女を自認しているということは、そっち側なのだろう。岩泉は急に気恥ずかしくなってくるが、二口は平然としたものだ。
「で、そのうち、烏野の10番から、チームメイトに聞いた話だっていうメールがきて。そこに、『影山が青根さんたちは及川さんたちみたいだって言ってた』とあって」
「……待てよ影山なに言ってんだあいつ」
「どういうことかって、まあもう面倒くさいからオレからメールして尋ねたんですけど」
「……オレが岩ちゃんのケータイも女子からのメールとかはチェックしてるってことじゃない?」
「今知ったぞ何してんだてめー女からのメールなんざここ数ヶ月母親からしか来てねえよ!!」
「そしたら、『及川さんは岩なんとかさんと夫婦みたいって影山が言ってます』て返ってきて」
「もぉっ、トビオちゃんたらっ、照れるなあ!!」
「あいつオレの名前忘れてんじゃねえの!? 及川が呼ぶのしか覚えてねえのか!? つか二口とかいうのもマジで全然動じねえな!?」
「ああ、これだっ、て、オレ思ったんスよ。バレーとかの話じゃなくて、もっと個人的に、熟年夫婦の方にアドバイスがほしいなあって思ってたから、ちょうどいいやって烏野の10番に『仲介してくれなきゃ羆を送り込むぞ』て頼んだんです」
「それ頼んでねえよっ、確実に脅してるよ、つか結局それ仲介の仲介したの影山なんじゃねえのかっ、なんでそんな誇らしげなんだ胸張るなよおかしいだろ!?」
 経緯ははっきりと分かった。影山も、自分の失言が引き金という負い目があったのかもしれない。ともかく、仲介者を経て及川まで連絡が届き、今日の会合となったようだ。今頃、烏野ではどう噂されているのだろう。少しだけ意識が遠のきそうだが、横の幼馴染が激しく肩を揺さぶってくる。
「ずるいよ岩ちゃんっ、最近オレにはそんなに長く罵ってくれないのに!! にろくんには一生懸命で!! 徹、嫉妬しちゃいそうだよ!?」
「……及川、お前、ほんと残念な」
「だから、今日は是非、妻の先輩として及川さんにご相談がありまして、できれば旦那さんも同伴してほしいってお願いしたんです」
「岩ちゃんっ、岩ちゃんっ、旦那さんだってさ!?」
「今更だけど誰が旦那だよふざけんな!!」
 思わず及川の手を跳ね除けるが、向かいの席から二口が淡々と続けた。
 そういえば、二口は青根との時間をのろけた以外、声のテンションが上がっていない。
「ヤることヤってるのは知ってるから、そういう照れ隠しはいいです。で、本題なんですけども」
「……おい、及川、こいつ大丈夫なのか?」
「……にろくんのこと? んーっ、オレもメールで何回かやりとりしただけで、ちゃんと話すのは初めてなんだよねえ」
 試合を見た限りでは、もう少しニコニコというか、へらへらしていた気がする。その所為で、同じチームの先輩にも怒られていたようだ。だが一応は呼び出した側で、不可解ながらも及川を属性的な先輩と称しているからなのか、二口は比較的落ち着いている。真面目さを装うと、顔立ちは整っているので妙な凄みもある。
 だが、発せられる言葉はやはり残念だった。
「及川さん、同じ妻という立場にある者として、率直にお伺いします」
「うん、なぁに?」
「ダーリンに前立腺マッサージを試みたいと思うのは、自然な欲求ですよね?」
「……。」
「……。」
「……おい、お前のダーリンも絶句してるぞ」
 さすがの及川も黙った。だが岩泉はそれよりも、斜め向かいに座る青根が可哀想に見えてしまい、指摘するが、急に二口から怒鳴られる。
「青根はいつも無口なんですっ、寡黙なマイ・スウィート・エンジェルなんですよ!? おいそれとその麗しきも腰に響く甘い低音ボイスを聞かせるわけにはいかないんですっ、というか聞きたいんですか!? お断りします!!」
「聞きたいとか言ってねえだろっ、お前どんだけ厄介さんなんだよ!? つかなんの質問してんだ!!」
「オレの愛は重いんですよっ、厄介なんですよっ、でもそれでもいいって青根は言ってくれてるんですよ!! ほんとに天使なんです!! こんな可愛すぎる妖精がこの世にいるなんて普通信じられないじゃないですかっ、だからオレもっと青根のこと性的に苛めたくて!!」
「前半も後半も何一つ同意できねえよっ、つかお前の目にはこの巨木がどう見えてんだ!?」
「……!?」
「青根が巨木ならっ、オレはそれに巻きつく蔦になります、体を休めるヤギになります、あるいは光合成を促す日光になります、そして青根はより大きく、高く、伸びていくんです、高伸だけに」
「下の名前とか今知ったよ!! ……つかっ、及川、こいつ何とかしろ!?」
 この世界は、顔がいいほど性格が残念になってしまうのだろうか。
 普通なら自虐的な思想になりそうだが、こうして疑いようのない実例が二つもあると岩泉は混乱する。だがそもそもの原因は、及川が二口の相談依頼に応じたことだ。責任を取れとばかりに横を向くと、もう一人の残念なイケメンはテーブルに顎を乗せて拗ねていた。
「……岩ちゃん、にろくんとばっかりしゃべっててずるいっ」
「お前、なに拗ねてんだよ、というか誰もつっこまねえから、オレが仕方なく全部つっこんでるだけだろ……!!」
 こちらはこちらで面倒くさいことになっていた。殴るとまた騒ぐのでぐっと堪えたのに、これはこれでまた厄介なことになる。
「オレが全部突っ込んでるとかっ、なにそのいきなりの総攻宣言!? 岩ちゃんヒワイ!!」
「……!?」
「そうですよっ、オレの青根を変な目で見ないでください!!」
「いや違うだろ、お前の青根が今びびったのはそっちじゃねえだろ、だからってこっちでもねえんだけど、つかいい加減に話進めろよお前ら……!!」
「痛い痛い岩ちゃん痛い……!!」
 ギリギリと及川のこめかみを拳でぐりぐりと押せば、悲鳴が上がる。
 部活内、いや学校内、いや日常生活においていつものことだったが、ふと気がつけば二口も青根もやや驚いたようにこちらを見てきた。よくよく考えれば、これはスキンシップとしては過剰かもしれない。及川が全面的に悪いと信じているが、つい言い訳をしそうになったところで、二口が急に青根へと向いた。
「なあ青根、あれくらいとは言わねえけど、もうちょっと亭主関白でもいいんだぞ?」
「……。」
「あっ、もちろん優しい青根も大好きだけど?」
「……。」
「……うん。青根、大好きっ」
 なんだか気持ち悪い世界が繰り広げられている。
 これは、殺伐とした光景を目の当たりにさせた故の仕返し、あるいは諌める目的での演技なのだろうか。だが二口には特にそんな様子もなく、最初は首を横に振り、次に小さく頷いた青根へと嬉しそうに抱きついていた。
 ただ、ここはファミリーレストラン内だ。元々身長と顔の良さで目立っているのに、更に騒いでいて注目を集めている。中途半端な時間なので客が少なかったことは慰めにならない。それにも関わらず、堂々と腕を回している二人に唖然としていれば、横から袖を引っ張られた。
「……岩ちゃん、もっと暴力夫でもいいんだよ?」
「いいわけねえだろこれ以上やったらお前が壊れる」
「素敵!! 惚れる!! もう惚れてるけど!! 岩ちゃん抱いて!!」
「連日はきついって言ってんだろうがバカ及川」
 取り敢えず戯言は無視していれば、及川から抱きつかれた。決して、向かいの席の厄介カップルが羨ましかったわけではない。
 それでも押し返すまでに、いつもより間があったことを、及川も気がついたのかもしれない。久しぶりに自らちゃんと二口たちへと向いてくれた。
「それでさ、にろくん、相談の件なんだけど」
「あっ、ハイ」
 二口はそのまま青根にキスしようとしていたように見えたが、気の所為であってほしい。きっとそうだ。さり気なく残念そうな青根の頬を撫でてやりながら、二口もまた向き直った。どうやら、相談自体は本気だったらしい。真面目な雰囲気が戻ってきた二口に、及川はいつもの胡散臭い笑みを向けた。
「いいと思うよ?」
「……!?」
「そっスか、あざーすっ!! これでオレも自信を持って開発できます!!」
「頑張ってねえ、報告待ってるよ☆」
 ひらひらと手を振って応援したところまでは、岩泉もぐっと堪えた。だが続いた言葉には、やはり噛みつかざるを得ない。
「にろくんが成功したら、いろいろ教えてねっ。オレも岩ちゃんにしてみたいからさっ」
「……て、何言ってんだっ、エロ及川!?」
 思わず声を荒げるが、怪訝そうにした二口もやはり一筋縄ではいかない。
「報告するのはいいですけど、オレの青根と及川さんの旦那さんだと、でかさが違うから参考になりますかね? ああ、ナニの方ですけども」
「見てねえだろっ、絶対オレの息子さんとか見たことねえだろ!? 勝手なこと言うな!!」
「大丈夫だよぉ、岩ちゃんて意外におっきいし☆ 身長との比例でおっきく見えるし☆」
「ああっ、なるほど!!」
「納得すんなっ、この巨木どもが!! あと後ろ開発するのに前のでかさとか関係ねえだろっ、今更だけど関係ねえだろっ、つかなんで当事者の一人のはずなのに青根とかいうのは我関せずでストローの袋で鶴とか折ってんだよっ、器用すぎるだろ!?」
「……?」
「そうなんスよ、青根って、でかいのに意外とテクもあって、それがまた」
「へえ、そうなんだあっ、にろくんもめろめろだねっ」
「そういう器用さの話じゃねえっ、今はこの状況でストローの袋で鶴が折れる技術とメンタルの話だ!!」
「……。」
「鶴が欲しかったわけじゃねえよ!!」
「……!?」
「……ちょっと、岩なんとかさん、オレの青根に何してくれるんですか」
 小さいが精巧すぎる鶴を差し出され、思わず及川とのノリで岩泉は叩き落としてしまった。
 すると、一瞬で空気が変わった。青根は傷ついたようにテーブルに落ちた鶴を見ている。ちなみに潰れたので今はただの紙ゴミのようだ。それをしっかりと見下ろしてから視線を上げた二口は、雰囲気を一変させて睨んでくる。
「今のは岩ちゃんが悪いよお、ほら、謝って?」
「で、でもよ……!!」
 及川に言われるまでもない、少なくとも青根は善意で差し出したはずだ。まだ一時間も経っていないが、それくらいは分かる。青根は唇をギュッと噛みしめてまだ鶴を見つめているし、申し訳ない気持ちもわく。
 だが、どうしても岩泉には納得できないことがあった。
 そもそも、この青根がちゃんと二口を繋いでいてくれれば、自分たちがこんなことに巻き込まれることはなかったのだ。
「……わ、分かった。鶴のことは、謝る。悪かった」
「……?」
「潔い岩ちゃんも、かっこいい……!!」
「そんな程度の謝罪で、オレの愛するダーリンを傷つけたことが許されるとでも……?」
「……けどっ、だったらオレも青根に謝罪を要求する!! いやオレに謝らなくてもいいっ、取り敢えずお前の恋人だか妻だかにビシッと躾をしてみろ!!」
「……!?」
 二口はまだ不満そうだったが、それを無視して岩泉は標的を青根に変えた。
 この数十分で学んだことは、二口の厄介さと、それでいて青根への執着の大きさだ。言動はどうあれ、青根には真摯に惚れているらしい。そうであれば、二口を黙らせることは青根にしかできない。及川はどうも状況を楽しんでいるだけで、事態を収拾する気がなさそうなのだ。
 お前も彼氏という立場ならばその威厳を見せてみろと迫ったが、そもそも岩泉自身が及川には振り回されてばかりだ。やはり難しいのかもしれないと思っている間に、かなり驚いた顔から首を傾げ、ようやく横の二口へと青根は向き直った。
「青根……?」
「……好きだから、何してもいい」
 そして初めて聞いた低い声は、やはりこいつも厄介さんだと絶望するに充分だった。
「青根っ、青根、大好き!! ほんと愛してる!!」
「……!!」
「よかったねえっ、よかったねえ、にろくん!! オレも他人事だけど勝手に嬉しいよ、これ見て岩ちゃんがオレにもっと優しくなってくれたらいいんだけど!!」
「誰かっ、誰かこの中に保護者の方はいらっしゃいませんかー!!」
 前立腺マッサージなるものをどこまで理解しているか謎だが、青根は真剣にそう告げ、感動した二口が嬉しそうに抱きついた。及川は勝手な願望を口走りながら共感しているが、岩泉はもう帰りたい。この場にいたくない。知り合いだと思われたくないので、誰かが二口たちを回収してくれるか、そうでなければ自分だけでも退散しよう。
 一縷の望みに賭けた叫びは、返事がないことが半ば前提で、手に負えないという主張のようなものだ。決して本当に保護者が現れることを期待したわけではなかったが、岩泉の声に呼応するように、二口たちの後ろのボックス席ですっと三本の手が挙がった。
「え」
「……あっ」
「ど、どうも、初めまして、かな……?」
「たぶん初めてだよな、青城と当たったことねえし」
「そうだっけ? でもオレ中学の時に北一と試合したことあるわ」
「えっ、マジで? どうだった?」
「なんかその頃から、セッターすげえなあって印象だった」
「へえ、やっぱそうなのか」
「……えへへ?」
「……嬉しそうにしてんじゃねえよ及川とか言う前に、アンタら、誰だ」
 いや、だいたい想像はつく。今は私服だが、伊達工業のユニフォームを着せればなんとなく思い出せるものだ。
 確か、キャプテンと、同じく三年生の二人だ。いや、もう『元』だろう。名前までは分からない。だが確実に青根たちの先輩だと思えば、振り返った二口が驚いたような声をあげた。
「あれっ、なんで茂庭さんと笹谷さんがいるんスか!!」
「……おい二口なんでオレを無視した見えてないわけねえだろ」
「ご、ごめんね、二人が青城の三年生に会いに行くみたいって聞いたから、心配でさ?」
「オレは茂庭が心配性だからついてきただけだ」
「そうだったんスか。でも、全然茂庭さんと笹谷さんが心配することはないですよっ、な? 青根?」
「……。」
「だからなんでオレを無視すんだよっ、寂しいだろうがちゃんと視界に入れて名前も呼べよこの野郎!!」
 なんとなく、二口が当初は荒ぶる岩泉を平然と無視して話を進められた理由が分かった気がした。確実に、この先輩をおちょくり続けた経験からだろう。なんとなく可哀想になってきて、つい口を挟んでしまう。
「おい、オレが言うのもなんだけど、そこのモミアゲだけ黒い先輩も呼んでやったらどうだ?」
「……!?」
「岩なんとかさんっ、なんてことを!?」
「え」
 だが、その途端、いきなり青根が突っ伏してガンッとテーブルに頭を打ちつけた。驚いている間に二口が横から抱え起こすが、発作でも起きたのかと心配した青根は別に青褪めていない。むしろ、顔を真っ赤にして何かに堪えている。
「……さすがは青城の副主将だよね、青根が鎌ちのモミアゲに言及されると笑っちゃうから必死で堪えておかしなことになるっていう弱点を一瞬で見抜くなんてさ」
「そんな弱点知らねえよっ、つかそれもどうなんだ!? 仮にも先輩の外見のことだろ!?」
「たとえ先輩の外見に関わることだろうが、面白いものは面白い」
「いやそこまで面白くねえだろっ、金髪に染めてたらモミアゲはすぐ黒くなりがちなの普通だろ!?」
「だよなっ、そうだよな!? 分かってくれるヤツがいてくれて嬉しいぜっ、及川の横でいつも霞んでていまいち名前が思い出せない岩なんとかくん!!」
「うっせえっ、同志見つけたみたいな顔すんなモミアゲなんとか!!」
 感動したように手を差し伸べてくる金髪の男におしぼりを投げつけるが、それは二口が叩き落とした。さすがは鉄壁だ。よく分からないが、この金髪をおちょくっていいのは自分たち伊達工業内だけだという主張が見えた気がした。
 ともかく、青根の方も落ち着いているようなので、岩泉は大きくため息をつく。これ以上、面倒くさい連中の相手をするのは御免だ。
「……とにかく、アンタら、保護者なんだろ? さっさと二口を帰らせてくれ」
 疲れたように言ったのは、特に二口が厄介だったためだ。青根だけ残れと言ったつもりはない。だが、何故か向こうの席の三人のうちの二人に誇らしげにされた。
「それは難しいよね」
「……はあ? なんでだよ、回収するためにスタンバッてたんじゃないのか?」
「理由は実践で説明してやろう。……鎌先、二口に帰れって言え」
 比較的物腰が柔らかな元キャプテンが茂庭、少し親近感があるのが笹谷、そしてモミアゲだけ黒い金髪が鎌先のようだ。笹谷から促され、鎌先が素直に後ろから二口の肩に手を置く。
「おい、二口、帰るぞ?」
「嫌ですっ、鎌先さんは関係ないでしょ、つか触んないでください!!」
「痛ってえ!!」
「……と、このようになる」
「そんなことドヤ顔で説明されても!! というか鎌先とかいうヤツ結構な勢いで叩かれてたけど大丈夫か!?」
 腹筋鍛えてるから大丈夫と、胸を張られても反応に困る。叩かれたのは手ではなかったのか。なんだか心配してしまったのが恥ずかしい。岩泉がやや言葉に詰まっていると、笹谷は次に茂庭を見た。
「だから、正解は、こうだ」
「……ねえ青根、もう帰ろうよ? たぶん二口もそろそろ青根と二人きりになりたいって思ってるよ?」
「……!!」
「……ん? 青根、帰りたいのか? だったらオレも帰る!!」
「分かったから!! 二口の操縦桿が青根だってのは分かったから、とっとと帰れ!!」
 要するに、先輩も含めて仲の良さを示したかっただけらしい。
 奥側にいる青根がそわそわし始めたので、すかさず二口が立ち上がり、青根の手を引いた。ちゃっかり手を繋いでいるが、茂庭が『外だからまだ我慢しようね』と外させれば、残念そうだが二人とも従っている。
 とんだ猛獣使いもいたものだ。
 感心している間にぞろぞろと歩き始めたが、ふと足を止めると、二口が振り返った。
「じゃ、及川さんっ、岩なんとかさんも、今日はありがとうございました!!」
「あ、ああ……?」
「にろくんっ、まゆなしくんも、またねーっ」
「はい、じゃあまた!!」
「……。」
 急に何の含みもないいい笑顔で挨拶をされると、面食らう。
 悩みが解決されて、嬉しかったのだろうか。加えて、引退したのでもう部活には来ない先輩たちが、こうしてまだ心配して現れてくれたのが嬉しかったのだろうか。
 どちらか、あるいはその両方だとしても、なんとなく微笑ましい気持ちになる。どれだけ厄介でも、二口たちもまだ年下なのだ。そもそもどうして茂庭たちがこの会合を知ったのかは想像しない方がいいだろう。ともかく、嵐が過ぎ去ったように静まり返ったところで、岩泉はようやく気がついた。
「……つかっ、あいつら払ってねえだろ!? しかもよく見たらあっちのテーブルの伝票まで置いて行きやがった!!」
 店から出る際にウェイトレスにも二口が笑顔で指を差しながら何かを話しかけていたが、きっと隣のテーブルの会計も一緒だと伝えたのだ。慌ててもう一度姿を探すが、店を出たところで、五人が一斉に走り出した。さすがは運動部の脚力だ。感心している場合ではないのに、妙に納得した。
「岩ちゃん、気づくの遅いよぉっ。というか、途中から全然オレの相手してくんないしっ」
「つかお前が責任持って伊達工の相手すればよかっただろうが……!!」
「だってオレ、岩ちゃんとしかはしゃぎたくないだもんっ」
 横で拗ねている及川には、ますます呆れる。
 そうであれば、そもそも何故相談を受けたのか。二口の厄介さに岩泉がつい噛みつくことまでは想定できなかったとしても、及川はあまり話に身が入っていなかったように思う。
 来るまではあれだけしつこかったので、てっきり会うのが楽しみなのだと考えていた。だが実際に会ってからのギャップに今更のように戸惑っていると、横で頬杖をついたまま、及川はニコッと笑う。
「でも、岩ちゃんは楽しかったでしょ?」
「……。」
 その一言で、何もかもが分かった気がした。
 認めるのは癪だが、ここのところずっと気分が沈んでいた。及川なりの、気遣いだったのだろう。軽い疲労こそ感じるが、久しぶりに頭を空っぽにして声を出すというのは、それだけで気晴らしになる。少し、気分も軽くなった。それが及川からの配慮で、しかもこういう方法だというのは悔しいが、ここは有り難く感謝しておく。
「まあ、そうだな」
「……。」
「……及川?」
 だが、頷いた途端、及川の表情が曇る。そして唇を尖らせたかと思うと、急にバンバンと机を叩き出した。
「違うでしょーっ、そこは、『お前と二人の方がいい』『えっ、そんな、岩ちゃん、オレだってそうだよ』『そうだ及川ラブホに行こう』『素敵岩ちゃん抱いて!!』てなる流れでしょーっ、もーっ!!」
「……さっきも言ったが連日は無理だっての、だってお前しつこい上に遅いし」
 どうやら、そんな予定だったらしい。考えてみれば当然で、及川がわざわざ他校の、しかもよく分からない相談などこんなところまでわざわざ受けにくるはずがないのだ。安堵と呆れの間で揺れながら取り敢えず言ってみれば、及川はハッと息を飲んで顔を上げる。
「だって、にろくんのダーリンはせがめば毎晩だってしてくれるらしいんだよ!? 羨ましいよね!? それが普通だから岩なんとかさんも頑張ってって言ってくれることになってたのにっ、にろくんひどい!! 裏切られた!!」
「お前、そんなことのためだけに……。」
「だって……だって、毎晩とか、羨ましかったんだもん……!!」
 そんなことを、潤んだ瞳で訴えられても殴りたくなって困る。だがただでさえ傷ついている及川をこれ以上追い詰めるとどういう暴れ方をされるか分からないので、岩泉もここはぐっと堪えることにした。
 そもそも、事実なら二口の尻が心配だ。あの調子なので、どうせ適当なことを言っただけだろう。いくらヤりたい盛りの男子高校生でも毎晩は無理だ、自分がおかしいわけではない。そう何度も心の中で言い聞かせ、岩泉は立ち上がった。
「及川、とにかくこの店は出るぞ。仕方ねえから、あいつらの伝票も払ってから……?」
 後で請求しようと伝票を持ったとき、裏に何かが書いてあるのに気がついた。これは隣のテーブルのものではない。二口たちが飲食した分だ。会計はヨロシク程度のメッセージかとため息をつきながら広げた岩泉は、そこで伝票をグシャッと丸めた。
「岩ちゃん?」
「……及川、あいつらの連絡先は知ってんだよな?」
「う、うん、電話してみる……?」
「いや、それは今度でいい。……けど、絶対仕返ししてやる」
 伝票の裏に書かれていたのは、ED治療薬の名前と、怪しいアドレスだった。
 このアドレスが本物かどうかは関係ない。ただ、少なくとも、毎晩を羨ましがる及川に対して、二口なりの助言を準備していたのだろう。
 そこに透けて見える岩泉の下半身の性能に対する憐れみに、完全に頭に血が昇った。
「仕返しは今度でいいの?」
「ああ。とにかく早く店を出て、家まで帰るぞ」
 また電車に乗らなければならないのは億劫だが、仕方がない。これだけの飲食代を肩代わりしておいて、ホテルに行く余裕などないのだ。
「……で、その気になればオレだって連日くらい余裕だって証明してやる」
「へ? ……いっ、岩ちゃん、それって!?」
「うるせえっ、黙ってついてこい!!」
「ハイ!!」
 珍しく本当に黙ってついてくる及川の気配が、行為への期待に満ち溢れていて、いっそ普段より饒舌だ。恥ずかしい。こんなにも赤裸々に慕情を向けられるのが、本当に情けないくらい嬉しくて、居たたまれない。
 火照りそうな顔色をなんとか抑えながら、岩泉は支払いをすませ、ファミリーレストランの外に出た。
 空は相変わらず梅雨の合間の快晴だ。透き通るように青い。気温もちょうどよく、絶好の運動日和だと今朝は思ったのに、今はもう及川としたくて仕方がないのが、本当に悔しかった。





 ちなみに、自宅で三ラウンドほど根性でこなしてから、岩泉は携帯電話から例のアドレスにアクセスしてみた。仮に本物の通販サイトでも、購入する気はない。せいぜい出会い系や風俗系、あるいは全くのでたらめというのも予想したが、繋がった先は個人のブログだった。
 どうやら、ヒヨコの成長記録らしい。
 多くの写真と共に日々成長していく姿には自然と夢中になり、ついどういう経緯でここに辿り着いたのかを忘れかけていたが、最新の記事で初めて卵を産んだようだ。嬉しそうな飼い主は、いつも写っていない。写真に入ったとしても、せいぜい手までだ。だがこのときは誰かに撮ってもらったのか、横顔の一部がぼやけて写り込んでおり、そのモミアゲだけ黒い金髪に岩泉は頭を抱えた。
 二口はどういう意図でこのアドレスを教えてくれたのか。
 取り敢えず、当たり障りのないお祝いのコメントをすれば、ブログ主から丁寧で嬉しそうなレスが返ってきて、また困る。
「岩ちゃん、最近よくケータイ見てるね?」
「あ、ああ、ちょっとな……!!」
 そうしたやりとりが何度か続き、岩泉は次に二口たちに会うときは、どうせついてくる心配性な先輩のために、ヒヨコの寝床に適した藁を土産として持って行くことを心に決めた。なんとなく二口の策略にはまった気がして悔しいが、連日は不可というルールが撤廃されて及川も嬉しそうなので良しとする。
 たまには、他校にバレー以外の繋がりができるのもいいものだ。
 そんなことを無理矢理思った岩泉一、高校三年生の初夏だった。






だからなにって言われると困るんですけども
思いついちゃったんで 書きました!
ただ 岩泉さんに 青根きゅんを巨木呼ばわりしてほしかっただけです
そんな理由
そして 鎌先靖志さん ごめんなさい! いつものこと!

ロボっぽい何か


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