■フローラル
「待て青根」
「……!?」
猛獣が、後ろ襟を掴まれた。
ビクッとして硬直した青根は困惑しているが、一年先輩である鎌先が引き止めた理由は明らかだろう。何度注意されても、見咎められそうになければ部活の後にジャージのまま帰ろうとする。相変わらず学習しないと呆れながら、二口は制服に着替え終わって自分のジャージをカバンに詰めた。
「ちゃんと制服に着替えてから帰れって、いつも茂庭が言ってるだろうが」
「……。」
「あれ鎌ちなんでそこでオレに? もし青根が反抗したときの保険?」
「それは学校のルールじゃない、人として最低限の身だしなみだ」
いや単なる学校のルールだろう。
思わず言いかけたのを留まれたのは、それを鎌先が口にするのがあまりに意外だったからだ。
そもそも、早朝練習にはジャージで登校することが黙認されているのに、放課後に部活を終えて帰る際は必ず着替えなければならない決まりは整合性がない気がする。授業中は制服になれというのは、まだ分からなくない。だがいっそ朝よりも、放課後の部活の後の方が、着替えるのが面倒くさいと感じる運動部員は多いだろう。
一説には、数年前に他の部活の生徒が、学校名の入ったジャージで放課後に喧嘩をしただとか、補導されただとかが発端とされている。バレー部は他と比べれば強豪のため、その意味では規律が取れ、問題行動は少ない。だがジャージに学校名が入っているのは同様であるし、一度一律でそういうルールが設けられると、やめていいきっかけもなかなかないのだろう。たとえ制服に着替えても、多くの部活のスポーツバッグには学校名が入っているとか、そもそも制服自体で伊達工業と分かるだとか、学校名が分からなければいいのかとか、いろいろと指摘したいこともある。だが特に文句を言わなかったのは、部活終わりでぐっしょりと汗をかいたジャージのままで帰れと言われた方が、二口としては抵抗があるためだ。
この日も部活が終われば汗を拭いて制服へと着替え、身だしなみは整える。
多くの部員がそうする中で、少し前までこのルールに公然と異を唱え、ジャージで帰ろうとして茂庭に止められていた筆頭が鎌先だった。その次が青根なので、問題児の系譜だと誰もが内心で思っていただろう。ただ、同じジャージ下校派でも、理由は随分と違う。青根はただの面倒くさがりだが、鎌先は学校の名を背負っているのだとか、汗は男の勲章だとか、よく分からない自負からの抵抗だったはずだ。
その鎌先からの言葉だ、二口でなくとも不思議になる。面食らっているジャージ姿の青根を、制服に着替えた鎌先が中央のベンチに座らせている間に、二口はキャプテンの茂庭に尋ねてみた。
「……キャプテン、鎌先さんはどういう心境の変化ですかね? ジャージのまま帰りの電車に乗って、可愛い女子高生に『やだこの車両なんか汗臭いマジ死ね』とか囁かれたとか?」
「二口おめーオレのストーカーか!!」
「鎌ちは電車じゃなくてバス通学だから、ありえるとしたらバスかなあ……。」
茂庭に話しかけたのに、先に鎌先が怒鳴り返してきた。手には見慣れないピンクのスプレー缶がある。同じような形で筋肉疲労対策や冷却スプレーなどもあるが、鎌先が手にしているのは制汗剤だ。カラカラと音をさせながら振っている不似合いな姿を見て、二口はまた茂庭に尋ねてみる。
「で、その勢いで入ったコンビニの雑誌コーナーとかで、『モテる男は匂いから。汗臭い男なんて論外』みたいな特集でも見て、感化されて買っちゃったんですかね」
「二口おめー尾行なのか盗撮なのか霊視なのかはっきりしろ!!」
「鎌ちが選ぶ色じゃなさそうだしね、コンビニだと制汗スプレーも置いてる種類が少なかったのかなあ」
今時なので、男性用や青や黒系の缶も置いていただろうが、いわゆる制汗剤として分かりやすいタイプを手に取ってレジに走ったのであれば、それだけ鎌先が追い詰められていた証拠だろう。コートの上では頼りになる先輩だが、それ以外ではだいぶ面倒くさい。比較にならないほど厄介な人物の相手をしていなければ、早々に当人に向かってひどい言葉をぶつけていただろう。そう考えれば自分も青根に影響されているのかもしれない。二口が少し照れくさくなっている間に、しつこいくらい缶を振っていた鎌先がベンチに座る青根に対していきなりスプレーを噴射した。
「……!?」
「オレはマナーとかデリカシーとか乙女の助言に心折れる紳士に目覚めたんだ。同じ悲しみを味わわせないためにも、可愛い後輩からまずは消臭してやろう」
ちなみに、制服に着替えている鎌先は制汗剤を使った様子はない。おぼろげな記憶だが、早朝練習の後もやはり使用はしていなかったはずだ。つまり、昨日の帰りに買って、今回初めて使うのでまずは青根で試したかったらしい。
困惑している青根に鎌先は意気揚々としているが、少し眺めてから二口はやはり茂庭に尋ねた。
「……汗臭さへの対策なら、先に着替えさせた方がいいと思うんスけど」
「服の上からでも、効果があるのかなあ……服にかけるなら、専用の消臭剤とかの方が効きそうだし……。」
そんな会話が聞こえたらしく、鎌先はようやくノズルを押す手を止めた。
「それもそうか。つか、今気がついたけどよ、ほんとに汗の臭いが消えてるのかどうかって、かける前に嗅いどかないと比較できないよな。どっちも御免だけど」
頭の上から膝の辺りまで、たっぷりと制汗スプレーをふりかけておいて、鎌先は随分なことを言っている。
途中で気がついたのは全くその通りで、買った商品を試す行為としては何もかもが間違っている。そう思えば、少しくらいは本当に青根への配慮もあったのかもしれない。だがえてして判別がしにくい厚意は、青根には厳禁だ。呆然とスプレーを浴びた後、しばらく目をパチパチさせてから、急に立ち上がる。
「おわっ!? ……青根?」
「……。」
「ああ、着替える気になったんだね。鎌ちのおかげだなあ」
「いやあそれほどでも!!」
既に肩に掛けていたカバンを一度自分のロッカーまで戻し、青根はジャージを脱ぎ始める。カバンから出した制服に着替えているので、一見すれば先輩からの指導がきちんと伝わったかのようだ。
だがとっくに着替えて眺めていた二口は、そうではないと悟っていた。どこか必死になっている青根は、確実に何かまた面倒くさい思考に陥っている。
「青根、お前もちゃんと匂いとかにも気を配った方がいいぞ!!」
「……。」
「将来彼女ができたときとかに困るしな!!」
「……。」
「好きな人に、匂いで嫌われたらショックで立ち直れないよな!!」
「……!?」
鎌先さんはせめて彼女ができそうな気配でも出てきてから心配したらどうですか。
上機嫌で青根の肩を叩いている鎌先に二口は呆れそうになるが、言葉を飲み込んだ。『彼女』では反応しなかった青根が、『好きな人』ではハッと息を飲んであからさまにこちらを向いてくる。動揺した視線が絡めば、少しばかり鎌先を恨めしく思う。
「……鎌ちが、ごめんな?」
「……いえ、キャプテンの所為じゃないスから、というか、なんで謝って」
「そうだぜ茂庭、なんで謝ってんだ」
「いやオレは鎌先さんには土下座くらいの勢いで謝罪を要求したいですけどね」
「だからなんで!?」
鎌先は見知らぬ女子高生に感化されたようだが、青根はそれなりに信頼を寄せている先輩からの有り難い助言なのだ。制服に着替えたものの、自分の肩の辺りに鼻を近づけて匂いを確認している。いつにない仕草にまた内心でため息を重ねた二口は、長引くようなら本当に謝って撤回してもらおうと鈍感すぎる先輩に決意を固めた。
二口の不安は的中し、鎌先から制汗スプレーをかけられた日の帰途では、青根はやたら離れて歩いた。常に一メートルは距離を保ち、風下に位置しようとする。生憎昨夜は風が強くなかったため、どちらが風上で風下か分かりにくく、余計に青根は混乱していた。
ただ、二口が焦るほどではなかったのは、本当に青根が追い詰められていると不安が暴走して直接ぶつけてくるからだ。今回で言えば、自分は汗臭かったのか、ずっと嫌だったのかと泣きそうになって目だけで問い詰める。そんな事態も少し覚悟していたが、心配そうにうろうろするものの、青根は取り乱すまでには至らない。大方、明日には忘れているだろう。一日くらい懐かれずに帰るのもいいとなんとか我慢した二口は、今朝になってまた不安がぶり返した。
「……あれ? 鎌先さん、昨日の制汗スプレー使わないんスか?」
二口と青根は、早朝練習に行く前に学校の近くで待ち合わせをしている。部員数も多く、強豪校でもある伊達工業は、自主練習という名目の早朝練習にもほとんどの者が毎日参加する。そのため、時間も早く静まり返った学校内でも、部室や体育館は人で溢れているのだ。その日で最初に目が合ったときに一度欲求が高まるらしい青根は、少しでも構っておいてやらないと早朝練習から授業、放課後の部活に至るまで、ずっと欲求不満で苛々するらしい。ただでさえ顔が怖いのでいつも以上に周囲が怯えるのは忍びなく、わずかな使命感と、大部分は自分自身の欲求のために、二口は少し早めに家を出ることも厭わなかった。
そうして今朝も待ち合わせの場所に向かったのだが、いつも先に到着してそわそわしている青根がいなかった。
何か、あったのだろうか。
変わったことと言えば、前日の制汗剤の一件しか思いつかず、まさか帰宅してから悩みすぎて寝過ごしたのかと考えたとき、青根が走ってやってきた。
『……青根?』
『……!!』
いつもが単により早く来るだけで、待ち合わせの時間に遅れているわけではない。だが息の上がり方をみれば、青根はだいぶ長く走ってきたようだ。挨拶より先に抱き締められるのはいつものことで、周囲に人目がないかは許す前に二口がちゃんと先に確認している。今朝も大丈夫そうだと押し当てられる唇を受け入れた二口に、青根はすっとリップクリームを差し出す。
以前、青根が茂庭からもらったものだ。一応は、それを塗ってやるために待ち合わせをしていることになっている。受け取ればまたキスしてくるので、なかなか口実を実行できない。普段なら適当なところでやめさせるが、昨夜は一メートルの距離を保持されてしまったこともあり、久しぶりのような気がする青根の体温にうっとりしていた二口は、いつもより来るのが遅かった理由を尋ね損ねた。
「……うるせえよ、二口」
「昨日はあれだけ自信満々だったのに、どうしたんですか、不気味っスよ」
ともかく、今朝も待ち合わせ場所でいちゃつくのはそこそこにして、二人で学校に向かい、早朝練習に出た。今はそれが終わったところだ。部室に戻ってそれぞれが制服に着替えたところで、鎌先が深くため息をつく。昨日から習慣付けることにしたはずの制汗剤はその手にない。
項垂れるような仕草に、二口がまた余計なことを言いそうになったとき、予想外のことが起こった。
「……。」
「……青根?」
パタンッと少し音をさせてロッカーを閉めたのは青根だ。その手には、銀色の制汗剤が握られていた。
誇らしげに掲げられたそれは、まだビニルの包装もついたままで、買ったばかりだと分かる。
「あれ、青根も買ってきたんだ?」
「……。」
珍しそうに声をかけた茂庭に、青根はブンブンと首を縦に振って肯定する。その間に二口は自分の携帯電話を取り出し、カメラモードを起動させた。
「はい青根、こっち見て笑ってー?」
「……!?」
「二口、急にどうしたの?」
「いや、あんまりにも見事なドヤ顔だったんで、つい」
記念に一枚を撮影し、大事に保存しておく。
しゃべらない分、表情は意外に豊かな青根だが、自信に満ち溢れた顔というのは少ない。素晴らしいプレーも、相手への挑発も、常に這い上がるような達成感からの衝動だ。得意げに自慢することはバレーにおいてはまずない。日常生活では、まず自慢できることがほぼない。そのため、物珍しさから激写したものの、写真のタイトルはどう考えても『はじめてのおつかい』だなと二口は考えていた。
すると、落ち込む様子を見せていた鎌先も興味を引かれたようで、わざわざベンチから立ってまで携帯電話を覗きこんでくる。
「どれどれ……あ、ほんとだな。珍しい顔だよな、オレにも画像送っといてくれよ」
「嫌っス、なんか気持ち悪いし」
「気持ち悪いってなんだよ!?」
「鎌先さんが青根の写真持ってるとか、マジ気持ち悪いし」
「言い直せって言ってじゃねえよっ、それはおめーだって同じじゃねえか!!」
「まあまあ、まあまあ、鎌ちもそこは追及しないでさ? それより、青根のことを褒めてあげようよ」
茂庭の仲裁で気がついたが、確かにその通りだ。青根はこの通りの性格なので、人に聞いて情報を集めることはできない。インターネットなどにも疎く、いまだに携帯電話すら持っていない。そのため、自分の中にそれなりの知識が予めあるものでなければ、ちゃんと間違えずに購入してこれるとは思えないのだ。
そこまで考えたところで、もしかするとこれは家族に買ってきてもらったり、あるいは自宅にあった買い置きを持ってきたのではないかという可能性を思いつく。たとえそうだったとしても褒めてやれる事態だと頷く二口の後ろから、意外な声が割って入った。
「ああ、それ。朝、スーパーみたいなとこで買ってたよな」
「……!?」
「小原?」
既に着替え終えていた同じ一年生の小原が、珍しく会話に入ってくる。普段は大人しいというか、騒がしすぎる鎌先にも寡黙すぎる青根とも会話のテンポが噛み合いづらいのだろう。
「スーパーっていうか、なんだろ、二十四時間の店があってさ。ドラッグストアぽい感じのとこで、さっき、朝練に来る途中で青根が買ってるのが見えた」
「へえ、そうなのか……。」
青根の登校ルートを思い出すと、だいたいどこの店のことか二口も分かる。どうやら小原も同じ道を通って、青根が買い物をしているのを見かけたようだ。二口が納得したように頷いたのは、だから今朝はいつもより待ち合わせ場所に来るのが遅かったのかと判明したからだったが、続いた言葉に思わず聞き返してしまった。
「女の店員さんに必死で尋ねてたから、かなり目立ってたし」
「……女!?」
「尋ねてた!?」
「あ……いや、えっと、たぶん声は出してないのかな? いつもみたいに、頷いたりとかでやり取りしながら、勧めてもらってた雰囲気だったんで」
鎌先も別のところを聞き返したので、小原はそちらへと答えている。だが状況を想像すれば、鎌先以外の先輩たちも深刻な顔で考え込み始める。
「その女性店員、トラウマになったりしてねえかな……?」
「朝からよっぽど怖い思いをしたんだろうな……。」
「朝はジャージで登校するから、学校にクレーム入ったりしないかな……。」
失礼なことを真剣に話し合った結果、鎌先が青根へと叫ぶ。
「青根っ、まだレシート持ってるか!?」
「……!?」
「返しに行けば、あるいは……!!」
「いやでもちゃんと買ったものだし……。」
「むしろ返品でまた恐怖体験をさせるのは……。」
「大丈夫だと思いますよ、おばちゃん店員で、なんか母親みたいな感じでニコニコして接客してくれてましたから」
頭を抱える先輩たちに、小原があっさりと不安は消してくれた。むしろ小原が行ってやれと誰もが思っただろうが、小原は小原でなんだか微笑ましくて見送ってしまったのかもしれない。
女性店員の情報が出たことで、安堵した鎌先がため息をつく。
「それを早く言えよ、無駄にびびっちまったじゃねえか」
「す、すいませ……?」
「……ほんと、マジ早く言えっての」
「あれ、二口、なんかマジギレしてる? ご、ごめんな……?」
それに便乗したつもりだったが、二口は小原から鎌先に対してより真摯に謝られてしまった。
ともかく、これで別の謎も解けた。あれほど青根が自慢げだったのは、買った物が制汗剤で間違いないという確信があったためだ。もちろん、店員に確認して、勧めてもらったからだ。その行為まで含めて、まるっと褒めてもらいたかったのだろうと分かる。
「まあ何にせよ、青根が一人でちゃんと買ってこれただけで成長ですよね」
「……!!」
「ほんと、その通りだな」
「コンビニで勢いで買ったのがフローラルの香りすぎて帰りのバスでまた女子高生から『やだ今日はなんかお母さんの匂いがする』とか言われて制汗剤も否定派になってそうな鎌先さんより立派ですよね」
「だからおめーは何なんだよ!? 透視できるのか、それともあの女子高生が実はお前の変装なのか!!」
さすがにそんな趣味はないと思いながら、二口は青根の制汗剤を手に取った。青根は青根で、まだ鎌先からのレシート発言に動揺して、おろおろしていた。会話が早すぎて、結局この制汗剤をどうしたらいいのか分からなくなっていたのだろう。
それを取って包装を開け、青根をベンチに座らせる。軽く振ってキャップを外している間に、授業開始まであと五分を告げる予鈴が鳴った。
「ああ、みんな、そろそろ教室に行って」
「おう」
「はいっ」
「はーい……オレも、すぐ行くっス」
「二口は青根をよろしく」
茂庭がキャプテンらしく声をかけて、部室を出るよう促した。厳密には放課後の部活までまた部室の鍵をかけなければならないらしいが、昼休みや、自習になった生徒が自主練習をしに来たりするので、いつも開けられている。決められたルールも、守ったり守らなかったり、実に曖昧だ。
教室に寄らずに直接来た者は授業道具を持ち、そうでない者は手ぶらで部室を出て行く。そうして最後の二人となったところで、二口はベンチに座る青根を後ろから眺めた。
「……でけえ背中」
「……?」
しみじみ呟いてから、腕を伸ばす。青根も首元までシャツのボタンを留めるタイプではないが、スプレー缶がやや大きいサイズだったので、上からは入れにくかった。仕方なくシャツを裾からめくり、脇の辺りに適当にスプレーしておいてやる。
そうして使った制汗剤はベンチに置いて、二口は回した腕で後ろからギュッと抱きついた。
「……!?」
「自分で気になるんならいいし、周りへの気遣いならそれでもいいけど、でも」
「……?」
短めの髪と、耳の後ろ辺りに顔を擦りつけるようにして、二口は告げておく。
「……オレは、お前のにおい、嫌いじゃないからな」
「……!!」
むしろ、青根の匂いに包まれるのも、互いの汗が混じっていくのも大好きだ。
そこまでは言えなかった二口は、耳の後ろに唇を寄せて軽くキスをしておく。青根はビクッと体を震わせ、振り返ろうとする。だが先に離れて捕まえようとする腕から逃れると、部室のドアへと向かいながら二口は笑っておいた。
「ほら、教室戻るぞ。授業始まるし、キャプテンにも言われただろ」
「……。」
かなり物足りなさそうだったが、茂庭の名前を出せば青根もしぶしぶ立ち上がる。手ぶらだが、教室に寄ってきているのではない。そもそも勉強道具など持ち帰らないためだ。ベンチに置いたままの制汗剤をロッカーのカバンに入れた青根は、ずんずんとドアヘと向かう。
後ろから懐かれることも警戒していたので振り返っていた二口だが、青根はそんな様子もなく、横をすり抜けてむしろ率先してドアへと手を伸ばす。早く教室に行きたがるのは珍しいと眺めていれば、青根は伸ばした手でドアノブを回すのではなく、ぐっと握り締めた。
「青根? ……んっ」
「……。」
外から開かないように、むしろ中から二口に開けさせないように。
賢くなりやがってと感心している間に唇を寄せられ、ご褒美として今回は受け入れてやる。舌を絡めて深いキスになれば、それはそれで授業に出たくなくなってしまうので、触れるだけに留めるのは仕方がない。
青根も分かっていてすぐに外したが、やはり不満そうだった。それに、二口は笑いながら肩を叩き、帰りに二日分のもっと凄いことをしようと約束して、今日も退屈な授業を乗り切ることにした。
| 鎌先さんすいません(いつも! ロボっぽい何か |