■クラスメートじゃない





「おーいっ、二口、お前の友達来てるぞ」
「……友達じゃないって」
「でも同じ部活なんだろ? 早く連れてけよ、みんな怖がってるから」
 高校に入学して、まだ一ヶ月も経っていない。部活のために選んだ学校でも、練習と同じくらい授業や部活外の人間関係もある。唯一女子がいるクラスなので、他と比べればただでさえ男子が少なく、また同じバレー部の所属もわずかだ。いずれ、自分だけになるだろう。強豪校として名があがるほど、入部希望者は多くなり、脱落者も増える。だが中学時代から頭角を現し、スポーツ推薦で入った同級生との実力差を思い知り、辞めていく。あるいは、試合に出ることなど夢にすら見ることなく、ただ惰性で部活だけは続けていく。
 生まれ持った体格が大きく影響するスポーツでもあるバレーでは、よくあることだ。身長も実力も伸び悩んで挫折する者を、蔑む気はない。軽い調子で、じゃあサヨウナラと手を振ることができる。そんな態度が余計にムカツクという理由で、中学時代はよくチームメイト、いや、元チームメイトと喧嘩になった。生意気だと言われても、殴られたりはしない。喚く先輩より、自分の方がずっと身長も高く、体格が良かったからだ。
 不満をぶつけつつも手をあげなかった中学時代の先輩たちは、もしかすると、途中で辞めたわりにはバレーが好きだったのかもしれない。あるいは、愛校精神があったのかもしれない。
 自分は、勝つために必要な選手だった。
 怪我などさせるわけにはいかない。そう考えて、拳を握り締めたまま、ぐっと堪えたのだろうか。もしそうであれば、随分と滑稽な話だ。二回戦に進めばお祭り騒ぎになるような弱小校でのエースには、どこの高校からも当然声はかからなかった。自宅からの距離と、偏差値、なによりバレーがそこそこ強いという条件で選んだが、三つ目は少し読み違えた。伊達工業は、中堅ですらない、強豪だ。あまり強いところではレギュラーを取るのが難しい。試合に出れなければ面白くないし、悔しいだろう。より優秀な後輩に捨て台詞を吐いて、自分もあっさり辞めてしまうのだろうか。
 入学式前に漠然と抱いた未来の像は、あまりしっくりこなかった。元より重く考える性格ではないし、入部もしていないのに挫折するには心を折られる存在にも遭遇していない。
 中学時代から名を馳せるような選手が、今年も入るのだろうか。
 怖いもの見たさのような期待の方が、ずっと大きかった。 
「だーかーらっ、いちいち迎えに来なくていいって言ってんだろ」
「……!?」
「お前だ、お前に言ってんだ、なにびびってんだ、オレのクラスメートたちのがずっとびびってるっての」
 だが、現実はもっとずっと怖くて、厄介なものだった。
 頭一つ分は小さいクラスメートに頼まれ、部活の道具を持って教室を出る。本来は掃除当番で、自分はゴミ捨てを頼まれていたはずだが、恐怖を連れ去ることと引き換えに先ほどのクラスメートが代わってくれた。有り難いが、なんとなく複雑だ。だがいつまでもこの男、他のクラスだが同じ部活の青根を体育館に連れて行かない限り、廊下を通る生徒がいちいちビクッと肩を竦ませることになるので、忍びない。
 かったるそうに声をかければ、青根は肩を震わせて驚いた。コート上ではあんなに冷静で動じないのに、普段は意外に落ち着いていない。ただ、とことんしゃべらないため、遠巻きにしている連中からはやはり物言わぬ仁王像くらいに思われているだろう。
「……。」
「掃除だよ、掃除当番。先週も言っただろ、今週はオレの班の当番だから部活行くのちょっと遅れるって」
「……。」
「でも遅刻するほどじゃねえって」
「……。」
「だから先に行け、ていうか、いつも先に行けって言ってるだろ? オレ別に部活サボッたりしたことないじゃねえか、なんでいちいち迎えに来るんだよ、お前は」
 怪訝な顔に掃除当番を説明し、ようやく先週の会話を思い出して頷いているところに常日頃の文句を重ねる。
 言葉を発することは少なくとも、青根は饒舌だ。怖がらずにちゃんと見ていれば、考えていることはすぐに分かる。肯定、否定、懐疑は頭の振り方でまず間違えない。考え方は基本的に単純なので、ある程度の思考を推察することは容易だ。その想像を確定としてこちらが言葉に出せば、頷く、または無反応のときは肯定と分かる。違っていれば、慌てて首を横に振る。
 ただ、こちらが想像もつかないことは、言葉に出して確かめようがない。既にジャージに着替えている青根は、大人しく体育館の方へと歩き始めるが、やはり話すことはない。部活では、先輩や監督にはそれなりに話そうと努力もしていたようだが、相手が察して今ではほとんど頷くだけで許されている。甘いと呆れるより、青根ほどの実力者なら当然かと、妙に納得した。
 練習内容や、試合での指示は、それでもいいかもしれない。だがそれ以外の場では、本当に困る。今日も理由が分からないまま、ため息をついたところであっさり流した。
「それよりさ、部活のこと考えたら、違うクラスのが良かったよな」
「……?」
「ほら、オレのクラス、女子がいるだろ? だから、部活でも、体育でも、教室で着替えられねえし」
 別の話題を振ってみれば、隣を歩く青根は顔をしかめて睨んできた。始めは威嚇されているのかと焦った表情も、今では単なる不思議顔だと知っている。自分のクラスでは一番背が高いので、こうして見上げるのは新鮮だよなといつも思いながら青根に視線を返せば、しばらくこちらをじっと見ていた顔がハッと息を飲んだ。
「……!!」
「お前、今気が付いたのかよ。なんでオレがいっつも体育館の更衣室で着替えてるのか、不思議じゃなかったのか」
「……。」
「そっか、不思議じゃなかったのか、まあいいけどよ」
 伊達工業のバレー部は部員数も多く、部室が広めとはいえ全員が使えるわけではない。三年生を中心に、一部の二年生、特にレギュラーが優先だ。青根はもうすぐ使用許可がおりるだろう。自分は微妙なところだ。部室が使えない一年生の多くは、教室で着替えている。どの学年も一クラスを除けば男子校のようなものなので、それが手っ取り早い。ただ、数少ない女子がまとめられたクラスのみは、どの学年でも男子は体育館に併設された授業時に使用する更衣室に行くことになっている。実に面倒くさいが、伝統というか、保身のためらしい。一応は年頃の男子なのだ、やはり女子に軽蔑の目で見られることは堪え難い。
「女子がいていいなってよく言われるけど、面倒なことも多いよな」
「……?」
「いやお前は女子がいてもいなくても関係ないんだろうけど、一般論だ、一般論」
 他愛もないことを話しているうちに、体育館についた。そのまま更衣室に向かうが、青根は階段の手前で足を止める。
 強豪校ということで、バレー部には小さめだが専用の体育館が別にある。部室もその横だ。だが自分が着替えに使う更衣室は授業用の大きな体育館にあり、着替えてまた専用体育館に向かう。本当に面倒くさい。来年は女子がいないクラスがいいなと言いかけて、レギュラーになればいいだけだとも思い直した。階段をのぼり、更衣室のドアに手をかけながら、振り返る。
「もう待たなくていいから、先に行っとけよ」
「……。」
 青根は、頷かなかった。
 着替えてこのドアをまた開けたとき、そこにまだ仁王立ちになっている姿を拝むことになるのだろう。想像すればため息が出るのに、いない光景を想像する方がずっと怖い気がして、ため息がまた出た。




 青根に付き纏われている、あるいは、懐かれている原因を、二口も理解している。自分自身の調子の軽さと、青根の重度の口下手が引き起こした結果だ。
「……お前、何してんの? 一年?」
「……!?」
 初めて話した、いや、互いをちゃんと認識したのは、入学式の翌日だ。伊達工業には食堂も購買もあるが、特殊なルールがある。食堂では珍しくない食券制度が、購買にも適用されている。つまり、パンを一つ買うのにも、いちいち食券機で券を購入しなければならない。面倒くさいと最初こそ思ったが、価格が二種類で統一されたパンを素早く販売するのに、釣銭を出さなくていいことは有効らしい。それに、購買用の食券にも利用期限がないため、まとめて買っておける。慣れればむしろ楽だと分かるが、そのルールを知らなければもちろん戸惑うだろう。
 二口も、当然知らなかった。入学式は式だけで帰ったし、先輩に知り合いなどもいない。昨日は入部届だけ出そうとしたが、過度な勧誘を防ぐためだとかで、入部届は翌日、つまり今日からしか受け付けないらしい。変な制度だと思ったが、以前に強引に入部させるトラブルがあったのだろうと軽く流した。初日は授業もまだ本格的ではなく、午前中はこれからの授業方針と教師の自己紹介で大半の科目が過ぎた。
 早く放課後になって入部届を出しに行きたいと思いながら、昼休みになって購買に向かう。クラスメートとはもう何人かと仲良くなったが、いずれも弁当派だった。わざわざ購買に行くためだけに連れ回すのは気が引けるし、面倒くさい。買ってくると言い残して向かった先で、人の流れを分断するように仁王立ちになっている何かを見つけた。
「食堂に行くにしろ、購買で買うにしろ、そんなとこに立たれてると邪魔なんだけど」
「……!!」
 避けて通る生徒の多くは二年生、三年生だろうが、誰も文句は言わない。頭一つ以上は身長が高いだけでなく、振り返られたときの顔の怖さに、内心では二口もやや怯えそうになった。強面というレベルではない。それなりに不良じみた生徒もいる高校だが、その中でも気合いの入り方が段違いだ。
 ただ、二口に少しだけ先輩方と違う有利さがあったとすれば、中学時代の部活経験だろう。この顔と身長は、怖すぎて忘れられない。中学時代で既に有名だった青根高伸だ。実は前日の入学式でもそんな気がしたが、クラスが違うため確かめられなかった。後でクラス分けの表を確認に行ったが、そのときにはもう撤去されていて確信には至らなかった。
 だが、本当にあの青根高伸がこの伊達工業に来たのならば、部活で会えるはずだ。そう思い直して入部届をさっさと書いたのに、昨日は受理されない。今日こそは意気込んできたのは、半分くらいはその確認だったが、意外にも昼休みに遭遇して二口も無自覚のうちにテンションが上がっていたらしい。
「つか、お前でかいな。部活やってんの? バスケ? バレー?」
「……。」
 真新しい制服を見るまでもなく、同じ新入生だと知っている。名前も、部活も、ポジションも、それこそ中学時代に試合で見た驚異的な高さを誇るブロックも、鮮明に脳裏に描ける。
 それでも、知らない顔をして軽い調子で話しかけたのは、わずかなプライドと大きな好奇心だ。
 中学時代に何人ものエーススパイカーの心を折ってきた鉄壁が、どんな人間なのか興味があった。
「あ、オレはA組の二口堅治、バレー部に入ろうと思ってんだけど」
「……!!」
「お前は何組? つか、だからなに突っ立ってんの」
 バレー部だと言ってみれば、明らかに反応がある。少しだけ想像したのは、この身長を見て勝手に同じポジションだと誤解し、『貴様には負けないぜ』的な挑発だ。噂では対戦相手を挑発するだとか、威圧するだとか、好戦的な話がよく耳に入っていた。だがこのとき青根は何も言わず、ただ驚いて二口を見返しただけだ。理由が分からず、なんとなく不安にもなって話を戻してみれば、青根はすっと視線を購買へと向ける。
「……。」
「ん? ……あれ、なんだ? 金券? 食券?」
 つられるように視線を回して、やっと二口もその違和感に気がついた。
 パンなどを購入している生徒は、現金ではなく、チケットのようなものを渡している。全員が当然のように差し出しているので、現金では買えないのだろうとは予想がつく。では、あのチケットはどうやって入手しているのか。周囲を見回してみたが、告知するような看板もない。
 食券機も見つけられなかったのは、食堂の中に設置されていたためだ。購入するには一度食堂側に入る必要があり、二人がいる場所からは分からない。青根はもっと前に購買に来て、悩んでいたのだとやっと分かったときには、二口は別の人物に声をかけていた。
「すみませーんっ、オレら一年なんですけど」
「……!?」
「なんでお前が驚いてんだよ、お前も分からなくて困ってんだろ。……あっ、すみません、あのチケットみたいなの、なんスか?」
 変なヤツだと青根に呆れていても、これでは二口も購買で悩むことになる。一度周囲を見回して分かりそうになかったので、通りがかった生徒に声をかけてみれば、運悪く一年生だったようだ。
「ごめん、僕も一年でよく分からないんだ。でも、食堂の方に食券買う機械があったよ?」
「マジで? それなのかな、行くだけ行ってみるか。サンキュ」
 どうやら食堂から出てきたらしい一年生の情報に、足が向かいかけたところで二口は別の生徒に尋ねてみる。
「すみませんっ、オレ一年なんスけど、購買って」
「ああ、なんか現金じゃ売ってくれねえんだよ。食堂にある食券機で買えるから、行ってみ?」
「あざーすっ」
 どうやら先に声をかけた一年生の予想が当たっていたようだ。教えてくれた上級生に礼を言い、今度こそ食堂へと足を向けたところで、止まった。
 振り返ると、青根は仁王立ちのままだ。購買のルールが分からなくて困っていたのではないのだろうか。だが呆然としつつ、どこか感動したような目で見下ろしてこられると、なんとなく考えていることが分かった気がする。
「……分からないことがあったら、知ってそうな人に尋ねればいいだけだろ」
「……!!」
「お前、あれだろ、道に迷ったら誰にもきけずにずっと日が暮れるまで立ち尽くして通報されるタイプだろ」
「……!?」
「……マジでそうなのか」
 からかうつもりで言ったのに、途中まで呆然とされて、急に激しく首を横に振られた。タイミング的には『通報』の後だったので、その前までは大体正解だったらしい。
 無口で、冷徹な、鋼鉄の壁。
 鉄壁と讃えられていた選手は、バレー以外では少し大きくてだいぶ邪魔くさい厄介な生き物だと知ってしまった。




 食堂の一件で、二口は青根に抱いていた分かりやすい天才像は早くも打ち砕かれた。だが凹むようなことはない。ポジションが違うためか、決して憧れの選手というわけではなかったからだろう。
 無事に購買でパンを買うことができた二口は、自動販売機で飲み物を買い、教室へと戻った。途中まで、青根はずっと少し後ろをついてきていたが、話しかけてくることはない。よほどの人見知りか、食券という疑問が解決されたのでもう自分には用がないのだろうと思い、あまり気にしなかった。
 教室でできたばかりの友人たちに混じって遅めの昼食を取り、午後の授業に臨む。今日こそは入部届を出そう、部活で青根に再会したらわざとらしく驚いてやろう。そんなことを考えて放課後になり、クラスメートと少し話をしていたときに、女子の悲鳴があがった。
「……なんだなんだ?」
「どうしたんだ?」
「さあ……。」
 クラスメートたちが怪訝そうにそちらを向いた直後、ガタガタッと机が鳴る。どうやら別の男子生徒が驚いて後ずさり、机にぶつかったようだ。最初に悲鳴を上げた女子生徒を始め、何人かが廊下を呆然と見上げていた。恐怖に顔が引き攣っている。それを、教室内から興味深く眺めていた二口だったが、視線を廊下に向けてみて慌てて立ち上がった。
「……二口?」
「いや、悪いヤツじゃねえからっ、たぶん」
「あ、ああ……?」
 不思議そうに見上げるクラスメートには適当なことを言い、急いで廊下に出てみた。
 下校しようとしていた女子生徒が教室のドアを開けたとき、ちょうど廊下側から開けようとしていた別のクラスの男子生徒と鉢合わせをしたらしい。ぶつかったり、何か言われたわけではない。ただ、急に眼前に現れた大きくて顔がいかつい存在に、女子生徒は悲鳴をあげてしまっただけだ。
 よく分からない使命感で反対のドアから廊下に出れば、青根はこちらに気がつき、パッと顔を華やがせた。
 きっと、見間違いではない。
 明らかに青根は喜んだ。当時はまだ見慣れていなかったので、少し不気味で腰が引けそうになったが、どう考えても自分に用がある青根をこのまま放置すればクラスメートたちが教室から出れなくなりそうだ。仕方なく、必死に堪えて話しかけてみた。
「お前、昼休みのヤツだよな? オレに用か?」
「……。」
 まだ名前を教えてもらっていない。フルネームで知っていても、知らないフリをして尋ねてみれば、何度も大きく必死に首を縦に振られる。どうやら、用があるらしい。軽くため息をついている間に、ずんずんと長い足で距離を縮めてきた青根は、握り締めすぎてクシャクシャになった紙をずいっと差し出す。
「……なにこれ?」
「……。」
「入部届?」
 渡してはこない、二口に見えるように広げただけだ。そこには昨日、入学式の後に教室で配られた入部届があった。クラスも、名前も、希望の部活も、汚い字でちゃんと記入されている。押し付けてはこないので、提出先を二口だと誤解しているわけでもない。だが必死に睨む、いや、青根としてはすがるように目で訴えられたことは想像がついた。
「出す場所が分からないのか?」
「……!!」
「職員室、そこに部活ごとに分けられたトレーがあるってよ。昨日、その紙を配ったときに担任が説明してただろ?」
「……?」
「お前のクラスの担任は説明しなかった……はずが、ないよな。どうせお前が聞いてなかっただけだろ」
「……!!」
「だったら同じクラスのヤツにきけばいいだろ、なんでわざわざオレのとこまで来るんだ」
 呆れたように言ってみたものの、なんとなく理由は分かる。一つは青根の性格の問題だが、もう一つはうっかりバレー部志望だと口を滑らせたためだ。自業自得かとため息を重ねつつ、引っかかることもある。
「……つか、お前、スポーツ推薦じゃねえの」
「……?」
「そういうヤツって、望まれて入るんだから、受験もないし三月くらいからもう部活には参加してたりするんじゃねえの」
「……!?」
 最初はキョトンとされたので、やはり青根はスポーツ推薦なのだろう。当然、バレー部での活躍を期待されているのだから、入学前に練習には合流する。中学の同級生に、野球でのスポーツ推薦で高校に進学した者がそうだったので、二口は勝手に思い込んでいた。
 そうであれば、青根は今更入部届を出す必要はないだろう。あるいは、それでも形式としては提出するのかもしれない。だが既に練習に参加しているならば、三年生や監督などが配慮して教えてくれそうなものだ。伊達工業は入学前の練習参加は厳禁なのだろうかと考えを巡らせている間に、青根が少し引くくらい青褪めていることにやっと気が付いた。
「……あ? もしかして、まだ練習に参加したことないのか?」
「……!!」
「オレなんかは一般組だし、推薦枠のヤツはとっくに……て、いや、だから、オレの想像だって? 推薦でも部活開始は同じかもしれないし?」
「……。」
「万一、三月から参加できてたとしても、お前に教えなかったんなら、それは向こうの怠慢だろ? お前が悪いんじゃないって? いやお前なら説明されたのに聞き逃してそうだけどよ」
「……!!」
「冗談だって、バレーに関することならちゃんと聞いてるだろ? だいたい、ほんとに練習合流とかあるなら、あの青根サマが入部してくれるってのにおざなりするはずがないだろうし」
「……?」
 だから気にするなと腕を叩いてから、自分の失態に気がついた。
 青根には、まだ名乗られていない。それなのに、どうして名前を知っていたのか。不思議そうな視線でその疑問を正確に感じ取るが、致命傷ではないと悟る。青根が持ったままの入部届を指し示し、平然と笑ってみせた。
「ほら、そこに名前書いてるから」
「……!?」
「高伸、ていうのか。まさに高く伸びてるよな、家族もみんなでっかいの?」
 青根が手元の入部届を驚いたように見て、感心しているので、どうやら誤魔化せたようだ。適当に話題を逸らしながら、二口は教室へと戻る。
「オレも、ちょうど今日出そうと思ってたんだよな。一緒に職員室まで行こうぜ」
「……!!」
 前半はただの事実だが、後半は未来のためだ。提出場所は教えただろうと突き放すと、今度は職員室の場所が分からないと目だけで訴えられそうだ。どうせついてこられるのであれば、堂々と案内した方が早い。こちらから宣言すれば、見ていなくとも青根がブンブンと大きく頷いているのが分かる気がした。
 教室に入れば、できたばかりの友人たちがまだ残っていた。机に戻った二口を、心配そうに見上げてくる。
「なあ、あのでっかいヤツ、知り合い?」
「顔かなり怖くね?」
 不信そうな様子には、何もかもが頷ける。だが、二口は自分の入部届を机から出すと、クラスメートたちにはあっさり返しておいた。
「まあ、もう敵じゃねえから」
「は?」
「前は敵だったのか?」
 怖くないと強がって再び廊下に出れば、仁王立ちのままの青根がまたパッと表情を明るくして喜ぶ。
 その姿に、何故か『忠犬ハチ公』という言葉が浮かんだ。
「よし、職員室に出しに行こうぜ。場所知ってるか?」
「……!?」
「だと思った。オレも知らねえけど、まあ、誰かにきけば分かるだろ」
 放課後になってまだそれほど時間も経っていないし、生徒や教師も校舎内には多い。正面玄関の方に向かえば、来客用の案内図もあるだろう。職員室まで辿り着いても、入部届を出すトレーとやらは分かりにくい場所にあるかもしれない。それも、職員室にいるであろう教師の誰かに尋ねればいいだけだ。
 たったこれだけのことでも、青根にとっては相当な難関らしい。重度の人見知りは大変だなと思ったのは、慣れてくれば青根も自分を頼らなくなるだろうと考えたからだ。
「なあ、青根ってポジションは? やっぱミドルブロッカー?」
「……。」
「だよなー。あ、オレはウイングスパイカーな」
 青根はただ頷いていた。




 あれから二週間以上が経つが、二口は自らの間違いを認めざるをえなくなった。
 青根は人見知りなのではない、ああなのだ。
「……つかオレ、昨日、ショックなこと知っちゃってよー」
「ああ?」
 入部届も受理され、数日後には揃って部活に初めて参加した。新一年生は、自己紹介と意気込みを全員の前で叫ぶ。そんな恒例行事が、青根の声を聞く初めてになった。
『……一年E組、青根高伸』
 もちろん、ほとんどの先輩より高いし、ごつい。何より威圧感が半端ない。名はそこそこ知られているし、なにより推薦で入った逸材だ。誰もがその低く凄みのある声に聞き入ったのかもしれないが、二口だけは呆れて横からつついた。
『……おい、意気込み』
『……!?』
『また聞いてなかったのかよ、それとも緊張してるだけか? クラスと名前、それから意気込み言えって言われただろ、他のヤツの聞いてなかったのか』
『……!!』
 慌てて首を横に振る青根に、少しだけほっとした。いつもの青根だ。自分まで、他の一年生や先輩、監督やコーチのように、気迫に飲まれたと思われたくない。なにより、体育会系は最初の挨拶が肝心だ。変に失敗させるのは可哀想だったので小声で教えたつもりだったのに、静まり返っていた体育館ではかなり響いたらしい。何故か青根より自分へと驚いた視線が集まるのに首を傾げつつ、ようやく上から聞こえてきた意気込みには、警戒していたはずなのにぞくりと背筋が震えた。
『……全部、止める』
 ブロッカーとしての完璧な意気込みを、虚勢で声を張り上げるのではなく、淡々と宣誓した。
 うっかり口が笑みを描きそうになるのを、必死で堪える。笑いたいわけではないのに、笑いそうになった。もしかすると、怖いときほど笑ってしまう心理なのかもしれない。だが、このとき二口は青根を怖いと感じたわけではない。
 ただ、隣に立つ大きな男が、あの青根なのだと思い知って震えがきただけだ。
 どういう種類の反応なのか、自分でも分からない。それでも、同じチームなのだという実感に、なかなか震えは収まらなかった。
「三年の先輩、つっても、全員じゃなくて、一部なんだけど」
「何か言われたのか?」
「もう生意気だってバレたのか?」
 そうして始まった初日の練習で、二口は疑問を持つ。
 いわゆる掛け声や、反射的に出る雄叫びの類、そういう声は出す。だが意味のある文章を話すことはまずない。単語ですら、稀だ。練習中の指示などには大きく頷くだけで、最初は『声を出せ』と躊躇いがちに指示していた先輩たちも、すぐに何も言わなくなった。声で返事をしない青根が、一番真面目で真摯に聞いていると分かったからだろう。
 それでも青根から質問や意見があるときは、何故か視線を感じる。やけにじっと見つめられる。居心地が悪いし、地味に不気味なので想像して言葉で確認すれば、大半は正解していた。間違っていても、いくつか別の可能性を言ってみれば、どれかが当たる。
 初日はさすがの青根でも緊張しているのだろうと思ったが、そうにしては練習では堂々と動いている。ただ、とにかくしゃべらない。一週間もすれば、疑問は確信へと至る。
 青根は、こういうヤツなのだ。
 そして、自分はそんなヤツに、完全に標的にされた。
「そうじゃなくて、変なあだ名つけられてたんだよ」
「え、ほんとに?」
「どんな?」
「……『通訳』て」
 そして二週間以上が経った今、青根はほぼ自己紹介以外でまともに話していない。それでも早くも部活に馴染んでいるのは、コミュニケーションを取るのに苦労しないからだ。
 しゃべらないだけで、無反応ではないので、イエスとノーは分かりやすい。だからかと軽く考えていたが、どうやら一部の先輩には青根の代弁者として認定されてしまっていたらしい。それを知ったのが昨日で、地味にショックを受けた。教室でつるむ友人はバレー部ではなく、移動教室の帰りに愚痴ってみれば、何故か感心される。
「ああ、あのでっかい友達の、てことか」
「……だから友達じゃ」
「そんなこと言ってやるなよ、あんなに健気なのに可哀想だろ?」
「……あの、バカ」
 一人がやけに神妙に言うので何かと構えたが、廊下の先、自分たちの教室の前に大きすぎるジャージ姿がもう見えた。最初の頃は怯えていたクラスメートたちも、既に青根は顔が怖くて大きいだけで無害だと気が付いたらしい。あるいは、あまりに動かなすぎて、金剛力士像くらいの認識なのか。
 今日は最後の授業が移動教室だったので、放課後になってもすぐは誰も教室にいなかったはずだ。先週は時間割を知らなかったようで、無人の教室の前で無言で動揺していた。二口に気が付くと、あからさまにほっとされて戸惑った。
 どうやら今週は移動教室のことを覚えていたらしい。取り乱すことはなかったが、やはり目が合うと嬉しそうにする。一緒に歩いていたクラスメートの二人は、肩を叩いて先に教室へと入っていった。その際に、掃除当番は代わってやるとも言われ、みんな青根に甘すぎだと呆れた。
「……だから、迎えに来なくていいって言ってるだろ」
「……。」
 昨日もしたやりとりを、今日もまた繰り返す。青根は頷かない。そしてしゃべらない。いつもの反応に軽くため息をついて、クラスメートたちに少し遅れて教室へと入った。
 持っていた教科書類を片付け、部活動具を持つ。掃除を代わってくれるクラスメートに礼を言えば、明日の昼休みに飲み物を奢る事で話がついて、ほっとした。いつまでも掃除を代行してもらうわけにはいかない。しかもその理由が、青根であることは非常に複雑だ。ため息をつきながら廊下に出れば、青根はもちろん待っていた。自然と並ぶようにして体育館へと廊下を進みながら、二口はいつもの愚痴を繰り返す。
「お前、なんで迎えに来るんだよ。お前のクラスにも、バレー部が何人かいるだろ、そいつらと一緒に行けば?」
「……?」
「同じクラスのバレー部員に気がついてない、わけは、ないよな、さすがに。じゃあなんだ、同じクラスのヤツらじゃ、『通訳』してくれないからか?」
「……?」
「お前、さすがに先輩たちがオレのことそう言ってるのは知ってたんだろっ」
「……。」
「……マジで知ってたのかよ、だったら教えろよ、慎めよ、無理だって分かってるけど」
 実を言えば、昨日知ったのも、先輩が何かしらを青根に説明したが、上手く伝わらず、どう伝わっていないのかが分からない先輩が『通訳呼んでこいっ』と叫んだところ、青根が二口を呼びに来たためだ。
 今まで二口が気づかなかっただけで、そうして通訳と言われたことは何度もあったのだろう。青根は自らの苦手な分野を自覚しているため、そこを補ってくれる二口に頼る。二口にすればいい迷惑でも、青根がすがりたくなるのは自然だ。正直に言えば、部活などでまさに通訳代わりをすることは、あまり嫌ではない。チームの勝利に繋がる行為だと思っているし、なにより情けない優越感がある。
 だが、こうして部活の前に迎えに来たり、終わってから一緒に帰ろうとする理屈はよく分からない。青根が二口という通訳を必要とするのは、あくまで第三者、先輩や監督といった別の誰かへの意志を伝えてほしいからだ。その第三者がいない状態、二人きりのときは通訳する必要はない。
「まあいい、通訳のことはいい、オレも諦めてる」
「……!!」
「喜ぶなバカ、お前がちゃんとしゃべれればすんだ話なんだよっ」
 雰囲気だけでやけに弾まれたので、呆れて軽く後ろ頭をはたいておく。
 ため息をついても、結局何も解決しない。青根がこうして迎えに来る理由も分からない。
「けど、通訳だなんだって言われても、オレだってお前の考えてること、全部分かるわけじゃないしな」
「……?」
「毎日迎えに来る理由が分かんねえって言ってんだよ、お前、ほんと何がしたいんだ」
「……。」
 苛立っていたというほどではない、単に口の悪さが出ただけだ。だが、普通に聞けばかなり強く非難しているように聞こえるだろう。そこは理解していたが、青根にはどうせ通じないと軽く考えていた。
 校舎を出て、すぐ近くにある授業用の大きな体育館へと向かう。相変わらず更衣室の利用なので、面倒くさい。早くレギュラーになりたいと、そんな理由で願った罰が当たったのか、その声をほとんど聞き取れなかった。
「……同じ、クラス」
「は?」
「……。」
「青根、今なんか言ったか?」
 耳に届くのが久しぶりすぎて、すぐに青根の声だと気づけなかった。驚いて振り返り、尋ねたが、青根はやや俯いたまま反応しない。否定ではないが、積極的な肯定もしたくないという、面倒くさい態度だ。真一文字に結んだ唇は、もう一度繰り返すために開かれることはないだろう。
 仕方なく、二口は聞き取れた言葉だけで考えてみる。
 同じクラス、青根はそう言った。おそらく、二口の質問に対する答えだろう。何故同じクラスのバレー部員と一緒に行かないのか、その答えが『同じクラス』ということは、本当はもっと文章として何かが続くはずだ。
 同じクラスの部員には、断られたのだろうか。
 同じクラスの部員と行くという理屈を、そもそも否定したいのか。
 よく分からなかったが、どちらの方向であっても、だからといって別のクラスである二口とわざわざ行く必要はない。一人で部活に向かえばいいだけだ。首を傾げつつ、二口は歩き始めた。どうせ考えても分からないと投げ出した。元より深刻に考え込むのは苦手なのだ。更衣室へと向かう短い階段を昇りながら、後ろの青根へは返しておく。
「まあ、迎えに来たいなら勝手にしろ」
「……!!」
 投げやりな言葉なのに、青根が喜ぶ気配をはっきりと感じた。
 不本意ながら通訳じみた真似を強いられるようになって、わずかな情報からいくつもの可能性を考える癖がついてしまった。
 『同じクラス』
 あの言葉に続くはずだったものは、何なのだろう。最初に思いついた二つを口にしなかったのは、否定されているも同然だからだ。青根と同じクラスの部員には気のいいヤツが多く、部活内ではうまくやっているように見える。特に仲が悪いわけではないのなら、同じクラスの部員と一緒に行けばいいという持論は何度も口にしているが、それ自体を否定されたことはない。
 それなのに、青根は迎えにくる。
 毎日、毎日、傍に居たがる。
「……ったく、マジでなんなんだよ、あいつ」
 同じクラスじゃ、ないから。
 あるいは、同じクラスだったら、よかったのに。
 更衣室に入ったところで思いついてしまった可能性に、二口は自分で頭が痛くなった。なんとなく、口元を押さえてしまった。
 着替えが入ったカバンを適当な棚に置いてから、深呼吸をする。
 そもそも、直前の質問は、『どうして同じクラスの部員とは行かないのか』ではなかった。あまり考えずに二口からぶつけた言葉は、『お前は何がしたいのか』。
 その答えがあの言葉の断片であったならば、少しずれていても正解が分かった気がする。
「……。」
 同じクラスに、なりたい。
 もしそうであったなら、二口も毎日のように迎えに来る理由を尋ねたりはしなかっただろう。同じ部活なのだからと、何の違和感もなく一緒に行っていた。
 だが現実にはそうではないので、青根は迎えに来るし、二口は首を傾げる。
 どこまでも、二口と一緒に居たいことが前提だ。もしかすると自分は、原因と結果を取り違えていたのかもしれない。だから迎えに来る理由を尋ねれば無反応になり、強く糾せば悲しそうな顔をされるのか。やっと辿り着いた正解を、確かめることはできない。もし頷かれると、今度はこちらがどう反応すればいいのか分からなくなる。
「……くそっ、青根のくせに」
 思わず毒づいてしまってから、もう一度深呼吸をしてさっさと着替えた。シューズとタオルだけを持って更衣室から出れば、相変わらず階段の下で大きな男が待っていた。こちらに気がつくと、パッと嬉しそうな空気になるのが、むかつく。正直すぎる反応に、つい言ってしまった。
「……バカ」
「……?」
 青根が怪訝そうにしたのは、自らをバカと思っていないからではない。残念なことに、自覚はそこそこあるらしい。それでも首を傾げたのは、バカと蔑む言葉を口にしながら、こちらが笑っていたからだろう。
 まだ不思議そうにしている青根の背中を、シューズを持つ手で軽く叩いて促す。
「なんでもねえよ。ほら、行こうぜ?」
「……。」
 先に歩きだせば、大きく頷いた青根もすぐについてきた。
 本当に厄介なのは、きっと青根ではないのだ。
 こんな厄介な生き物に懐かれることが、少し嬉しくて、だんだん快感になりつつある自分が、入学前の自分から見れば一番厄介だろうと二口は思った。








捏造です。妄想です。まごうことなき捏造妄想です。
青根きゅんは可愛いなあ!!!

ロボっぽい何か


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