■にゃんにゃん





「……さて、毎年恒例、伊達工業バレーボール部伝統の」
「まだ虚しい行事があるんですか」
「先輩の話は最後まで聞けよおめーはよぉ!?」
 バレンタインがあった翌週、二月二十二日は金曜日だ。平日の練習を終え、すっかり辺りが暗くなってから部室で着替える。今日は家族が出かけていないので、青根を泊まらせることはできない。そうであればせめて門限ギリギリまではいちゃついていたかったのに、青根だけさっさと連れ出されてしまって二口は不満いっぱいだった。
 今の部室には、とっくに着替え終えた二口の他に、鎌先と茂庭が残っている。青根を連れて行ったのは笹谷と小原だ。青根も着替えは済んでいたが、荷物はまだロッカーに入っている。どうせ待つつもりなので他愛のない会話で時間を潰すことに異論はないのだが、どうにも青根がいないとテンションが上がらなくて二口は深いため息をついた。
「しかもっ、これ見よがしに憂鬱そうにしやがって……!!」
「憂鬱そうっていうか、マジ憂鬱なんスけど。オレの青根をどこに連れて行ったんですか、早く返してもらえません?」
「お前のか!?」
「オレのです」
「……じゃあ仕方ない。説明してやろう」
 ちなみに、茂庭はいつ止めようかとはらはらした格好でこちらを窺っていた。
 青根もいないのに、茂庭が仲裁できないほどの喧嘩を鎌先とするつもりはない。再びため息はついたが、連れ出した二人と、鎌先たちも当然グルなのだ。戻ってくるまでに意図を聞くのは暇つぶしにもちょうどよく、二口は先を促した。
「早く教えてください、事と次第によっちゃあ今から弁護士頼まないといけないし」
「いきなり訴えんな!!」
「じゃあ訴える前に青根に告訴状書かせて鎌先さんのロッカーの内側に隙間なくびっちり貼っておきます」
「やめろ!! こわい!! 呪われる!!」
「……青根は筆だと達筆だもんねえ。それはそうとして、あのね、一応はバレンタインのお礼のつもりなんだ。青根もすぐ戻ってくると思うし、聞いてくれる?」
 ようやく切り出してくれた茂庭に、二口は素直に頷いた。最初から茂庭が説明してくれればよかったのだ。鎌先では話が進まない。そんな思いはため息と共に口から出ていたようで、進ませないのはおめーだろと叫ぶ鎌先を無視して、茂庭へと尋ねた。
「バレンタインのお礼って、来月のホワイトデーにするんじゃないんですか?」
「聞けよっ、なんで茂庭とは普通に話すんだよ、今日の謝礼を企画したのオレなんだぞ、まずはオレに感謝しろ二口……!!」
「それは全体の行事の方。ほら、二口がみんなにチョコレートを一つずつくれただろ?」
「……ああ」
 あの件かと、やっと二口も思い出せた。
 虚しい伝統行事として、伊達工業では毎年バレンタインに一年生が合同で二年生にチョコレートを渡している。今年は誰が誰にあげるのかを公開で公平に決めた結果、うっかり青根が鎌先にあげることになった。それが嫌すぎて小原と替わらせる引き換え条件として、バレンタイン用ではなく、普通のおやつとして買っていた小分けのチョコレートを二口は鎌先に渡したのだ。
 ついでに言えば、それも悔しかったので茂庭と笹谷、更に小原にも同じものを渡した。青根にも二人きりになってから同じもので違う渡し方をしたが、その際のことを思い出すと顔が赤くなりそうだ。やや気恥ずかしくなっている間に、茂庭が続きを説明してくれる。
「あれはバレンタインのチョコレートってことじゃないし、ホワイトデーに返すのはおかしいから、て。何かの記念日に簡単なお礼がしたいっていう鎌ちからの提案で、四人で今日にしたんだ」
「そういうことだ感謝しろ!!」
「はあ、御三方には変なことに付き合わされる原因作っちゃって、まことにすいません」
「なんでおめーはそう素直じゃないんだ……!!」
 あの程度でも礼がしたいと考え、しかも大袈裟にすると逆に恐縮するだろうという気遣いだけならば素直に嬉しい。だが、鎌先以外は明らかに微妙な顔をしていた。金より労力より、精神力が削られることに巻き込まれたのではないか。
 予想が事実であれば申し訳なくて謝るが、鎌先だけが嘆いている。茂庭は肯定も否定もしない。ただ、不安があるのは確かなようだ。
「一応、青根には来月の県大会に向けたオレたちからの激励ってことにしてある。二口へのお礼も兼ねてるとは、笹谷たちが説明してくれてるはずだから、そこはいいんだけど……。」
「というか、記念日なんですよね? 今日って、何の日でしたっけ?」
 言いにくそうな茂庭も気になるが、なによりそこが不思議だった。
 祝日ではないし、学校関連の行事もない。初めて出会った日だとか、そういう個人的な記念日でもない。
 二月二十二日。
 生まれてこの方十六年、この日を祝った記憶もない。素で首を傾げれば、何故か茂庭は顔を引き攣らせた。
「……茂庭さん?」
「い、いや、その……それは……!!」
 だが、茂庭より先に携帯電話を耳に当てた鎌先が高らかに宣言した。
「それは青根を見れば分かるっ、カモン笹谷と小原!!」
 うるせえ叫ばなくても聞こえると不機嫌そうな笹谷の声が携帯電話から漏れた後、ブチッと音声が切れた。それに鎌先は少し寂しそうにするが、直後に部室のドアが開け放たれる。
「……青根?」
「……うわあ」
「どうだっ、二口!? これで分かっただろ、今日が何の日か!!」
 そこに立っていたのは、荷物を置いて連れ出されていた青根だった。
 ただ、問題はその格好だ。青根は身長が最近百九十センチの大台に乗った。元々骨太のようで、鍛えた体はかなり逞しい。高校一年生とは思えない風格は、その顔の怖さも大きな要因だ。
 そんな青根が、かなり戸惑うようにして立っていた。服は制服のままだ。コート類を羽織って行かなかったので、随分と寒かったのではないだろうか。真っ当な気遣いができないのは、その頭にいかにも作り物といった猫の耳が嵌められているからだ。
「……鎌先さん、もしかして」
「そうだ、今日はあの有名な猫の日だ、二が三つ並ぶからな!!」
「……鎌ちはほんとに変なことに博識だよねえ」
 入り口で止まっていた青根の背中を押し、笹谷と小原も部室へと入ってくる。青根は数歩で止まったが、笹谷は横を通り過ぎる際に青根の後ろに手を伸ばした。
「なっ……!?」
「……ちなみに、尻尾もついてるセットだからな、コレ」
「知りたくない、知りたくなかったよ、笹谷……!!」
「なんて至れり尽くせりの一式なんだっ、なあ二口!?」
「……はい」
「あのさ、二口……オレは、反対したんだよ、でも鎌先さんには、先輩だし、逆らえなかったんだ、許してくれよな……?」
 意気揚々としている鎌先に対し、笹谷は開き直り、茂庭は頭を抱え、小原は許しを乞っていた。
 だが、そんな周囲の状況はいまいち二口の意識に入ってこない。頭に猫耳をつけ、今はまた見えなくなったが尻尾までつけられている青根から目を離せない。ちなみに色を合わせたのか、猫耳も尻尾もクリーム色に近い白だった。黒だと頭につけたものは浮いてしまうのだろう。そんな憎らしいほどの配慮にも感心していると、鎌先がしみじみと言う。
「それにしても、意外に似合ってるよな。熊みたいで」
「……?」
「……びっくりした、鎌ちの守備範囲の広さに、今ほんとびっくりしかけた」
「……熊って、ネコ科じゃないよな?」
「……熊ですし、クマ科じゃなかったですかね」
「青根って、動物ぽいとこあるし。ほら、なんか鳴いてみろ」
 状況によってはパワハラかセクハラかと訴えられそうだが、青根が戸惑っているのはどこまでも二口の反応が薄いように見えるからだろう。何をさせているのだと怒るでもなく、似合っていないと呆れるでもない。
 ただ、ひたすら呆然と立ち尽くす。
 視線が向いているので目が逸らせない青根は、鎌先からの言葉を真に受けたようだ。
「……にゃーん?」
「くっ……!!」
「え。……ふ、二口!? どうしたのっ、大丈夫!?」
「青根が可哀想すぎてショック受けたのか!?」
「ネコじゃなくてクマにしか見えない猛獣さに今更ショック受けた!?」
「いや、青根が可愛いから感動しただけだろ」
 そんなわけあるかと笹谷は否定してくれたが、その場に崩れ落ちた二口には無用な配慮だ。
 少し距離を置いたまま動けなかったのは、確かに青根が可愛かったからだ。だが世間一般的にはそうではないことぐらい認識しており、褒めることは憚られる。なにより、鎌先の提案であれば、喜ぶのも悔しい。
 そういった葛藤で立ち尽くしていたのだが、戸惑いがちに取り敢えず猫らしく鳴いてみせた青根に、わずかなプライドも崩れ落ちた。可愛いものは、やっぱり可愛い。
「……!!」
「……あ」
 しかも、急にうずくまった二口に、唯一声をかけなかった青根は驚いて駆け寄り、心配そうに肩を抱いた。おかげですぐ間近から顔を覗き込まれ、耐えようと思っていた最後の一線も越える。
「……青根っ、可愛い!!」
「……!?」
「え。……どうしたの二口っ、しゃがんだ拍子に頭打っちゃった!?」
「可愛いと思わないと精神のバランスが保てないとかじゃないよな!?」
「いや、二口ってそういえばたまに青根のこと可愛いって言ってましたよね……?」
「鎌先さんっ、あざーす!!」
「そうだろう、嬉しいだろう、やっぱオレは頼れる先輩だよな!!」
 しゃがみ込んだまま青根に抱きつき、勢い余って部室の床に押し倒してしまう。
 病気や発作を心配して駆け寄っていた青根は相当驚いたようで、簡単にひっくり返った。そのままキスをして事に及びたいのを必死で堪えて、二口は体を起こす。まだ面食らっている青根の手も引き、背中についた埃をはたいてやりつつ、ベルト通しに引っ掛けられたフサフサの尻尾もしっかり撫でておいた。
「まあ最初は猫セットを二口につけさせようって提案したんだが、茂庭たちが意外性がないとか、殺人事件が起きるとか騒いだからな」
「……だって、二口がネコって、そのままだし」
「……殺人事件の被害者は鎌先だろうってことには気がついてないのか」
「……むしろ実行してたら二口から引退まで無視され続ける自爆に近い気もしてましたけど」
「茂庭さんたち、素晴らしい先見の明、感謝します……!!」
 頭に嵌められたカチューシャには触れないようにヨシヨシと撫でてやりながら感謝をすれば、何故か茂庭から深いため息がつかれる。
「茂庭さん?」
「あー……あの、ね。正直、そんなに喜ばれるとさ、オレたちも次を実行しなきゃいけなくなるんだけど」
「へ? まだ何かあるんですか」
 これは二口がバレンタインに渡した菓子の礼という話だった。二口としては、可愛い青根を愛でることができて、充分に満足である。これ以上何かしてもらうのは気が引けると思ったとき、茂庭からぐいっと両手を引かれた。
「え」
「だから、これは二人に向けたオレたちからの贈り物なんだよ。二口には、お菓子のお礼として」
「そう、ですよね、というか笹谷さんは何をして……?」
「で、青根には来月の県大会、主軸での活躍を期待した激励の代表として」
「まあ、そういう口実だとは聞きましたけど、それだと確かに青根はただコスプレさせられただけで、何が激励なのか……て、笹谷さん!?」
「……二口、すまん」
 茂庭が両手を掴んだまま真剣に話してくるのでつい目が逸らせなかったが、その間に笹谷が二口の手首に革手錠を嵌めていた。刑事ドラマで見るような金属のみのものと違い、幅も広く革が包むので擦れてもすぐに傷はつかない。だが外側にはしっかりと金属製の鎖があり、また両手首の間にも鍵がついて留められている。
 どうしてこんなものを困惑している間に、後ろから大きな輪のようになった細長い布を頭を通すようにして掛けられた。
「……鎌先さん?」
「猫にはマタタビだろ」
 見下ろした選挙用のような襷には、確かに手書きで『青根専用マタタビ』と書かれていた。
「何なんですかっ、これどういう意味ですか!!」
「……どういうも何も、そのまま青根の好物ってことだと思うけどね」
「……猫を興奮させて、酩酊状態みたいにさせるって言うしな」
「……むしろ、もう猫は興奮してきてるみたいですしね」
「オレは薬物とかで青根を洗脳したわけじゃないですよっ、純粋な愛の力です!!」
「は?」
「鎌ちいまだに分かってないから二口も堪えてお願い!?」
 どうして青根が自分を好きになってくれたのか、いまだによく分かっていない。尋ねれば、大抵は可愛いからと言われてしまう。だが外見の話であれば女子に勝てるはずもないし、言動ならばますます可愛げがない。その自覚はある。それでも今の青根は二口を好きなのだからいいのだと安心できるときもあれば、やはり理由が分からなくてたまに不安にもなる。そんな時期のことが急に思い出されてつい声を荒げたが、茂庭に窘められて二口も黙った。当の鎌先は、あっけらかんとしたものだ。
「いや、大した理由はなくて、最初は二口に猫の格好させる気だったから、抵抗されないよう拘束した上で頭撫でようかと思ったんだ。その準備品が余ったから、再利用してみた」
「……茂庭さん、あの人殴ってもいいですか」
「え!? ダメだよ、暴力沙汰はキャプテンとしてダメだって言わざるをえないよ、『あの人』にはオレからもちゃんと言っておくからごめんね!?」
「……遂に、鎌先は『あの人』呼ばわりになったな」
「……まだその重大性に気がついてないようですけどね」
「よし、じゃあ青根には最後のプレゼントだ。笹谷っ」
「ほらよ、『あの人』」
 相変わらず上機嫌の鎌先が手を出せば、笹谷が小さな鍵を渡す。どうやら二口の手首に付けられた革手錠の鍵らしい。少し動かしてみたが、がっちりと拘束されている。無理に外そうとして怪我でもすれば馬鹿みたいであるし、二口もため息をついて無駄な抵抗はやめた。
「二口の手錠の鍵、青根にやるからな?」
「……!!」
「……まあ、持ち帰らなかったことでロッカーに獲れたて昆布を干しておくことは勘弁してあげますけどね」
「ダメだよ二口、昆布はちゃんと天日干しにしないと……。」
 鍵は鎌先から青根の手に渡り、二口もまずは安堵した。後は青根に手錠の鍵を外させればいい。襷が地味に肩からずれ落ちそうで気になっている間に、鎌先たちはそれぞれのカバンに手を伸ばす。
「これでオレたちからの贈り物は終わりだ。先にメシに行ってるからな」
「……?」
「……はあ」
「来なくて、いいからね? 来れなくていいからね? 『あの人』にはよく言って聞かせるから」
「部室の鍵はまた閉めて帰れよ……。」
「二口、青根も、また明日な……。」
「なあなあ、今日はファミレスの方に行こうぜっ」
 どうやら、食事に行く相談ができていたらしい。普段であれば、軽くいちゃついてから追いかけたとしても、充分に合流できる。鎌先はいまいち理解しているのかいないのか曖昧だが、少なくとも他の三人はこれから部室で何をするのか、ある程度の予想はついているようだ。
 ぞろぞろと続いて部室を出た後、バタンと閉まったドアは、外側から鍵が掛けられた。もちろん内側から出るときには簡単に開くし、誰か別の者が外から来たときには開かない。ここまで配慮されると気恥ずかしさが募るが、今は素直に有り難い。
「……青根」
「……?」
「襷、邪魔だ。外してくれ」
 ロッカーの前に立ったまま、大きく肩で息をしてから二口はそう頼んだ。本来は斜め掛けにするのだろうが、先に手錠をかけたことで、ただ引っ掛けるだけになっていた。床まで落ちると足を取られて転びそうなので、先に外してしまいたい。可愛い猫耳と尻尾がついていても、両手両足は自由に使える青根にそう言えば、すぐに襷は外してくれた。
「そんで、手錠も外せ」
「……!!」
「……青根?」
 順番はどちらからでもよかったが、襷が肩から滑って腕に纏わりつくと鬱陶しいだろう。その程度の認識で襷から外させたが、次は手錠だと言えば青根は急に動揺して視線を外す。目が泳いでいる間も鎌先から渡された鍵は握り締めており、やがて意を決したように顔を上げてきた。
「……なんだよ?」
「……。」
 二口の目の前に、ずいっと鍵を示してくる。持っていることは知っていると怪訝そうにすれば、大きく深呼吸をした後、青根はわざとらしくゆっくりと鍵を持つ手を自らの後ろへ回し、制服のポケットへと入れてしまった。
「はあ!? なにしてんだよっ、さっさと外せ、そうじゃねえなら鍵を寄越せ!!」
「……。」
 叫んでみてから、二口はやっと気がつく。
 制服のポケットに入れられた鍵を、両手が拘束された状態で取ることは非常に困難だ。たとえ何とか成功しても、自らの手首を戒める鍵穴には差せない。口で咥えて回すというのが最も考えられる方法だが、そんなことをしていれば青根に簡単に鍵は奪い返されてしまうだろう。
「青根、お前……。」
「……かわいい」
「だから今のお前に言われたかねえよっ、ずっと可愛いくせに!! ……んんんっ」
 圧倒的に不利なのだと気がついて、威勢よく怒鳴りつつも二口は一歩後退した。すると背中にはロッカーが当たり、驚いている間に唇を塞がれる。青根との間には自分の両手があり、しっかりと抱き締められることはない。こちらからも抱き返せない。しかもいまだに猫耳をつけたまま青根なのに、撫でてやることもできないのは非常に不満だった。
「んぁっ……だ、だからっ、お前、このままする気かよ!?」
「……かわいい」
 したくないとは言わない、正直二口も可愛い青根を愛でたい。だが、自分が拘束されたままでは不自由だ。まずは外せとせがむのに、それこそ猫がマタタビを嗅がされたように、変な興奮と酩酊に陥っている青根はもう一度呟くと唇を重ねてきた。
 肩から上はロッカーに押しつけられたまま、腰だけは引き寄せられる。もう一方の手は二口の腕の間に伸ばされ、制服の上から胸をまさぐってくる。
「ん、んんー……ふ、んぁっ……こら、だから、青根……!!」
「……。」
「しても、いい、けど……これ、外し……んんっ、んぁっ……!!」
 まだコートなどは着ていないので、上着の前を開けていればそれほど衣類は厚くない。とっくに知られた箇所をかなり強めに引っかかれても、布越しの刺激はもどかしくて声が出た。グリグリと押し潰すように回されるとやっと愛撫として感じられるが、全然足りなくて、キスの合間に二口はねだる。
 そもそも、可愛い青根からしたいとせがまれて、あまり拒むつもりはない。唯一枷になる部室という点も、今日に限ればキャプテンたちからお墨付きをもらったようなものだ。そうであればしっかりと抱き合いたいのに、両手は拘束されたまま動かせない。腰を抱き寄せられて足の間に差し込まれた青根の片足で刺激されるのも、気持ちいいのに物足りなくてたまらなかった。
「あお、ね……するなら、ちゃんと……んんっ、ん、あ……んぁっ……!!」
「……。」
「ちゃんと、さわっ、て……んんんっ……!!」
 そんなつもりはないのに、動かしようがないのでずっと青根との間に両手がある。しがみつきたくて青根のシャツを掴めば、結果的に手の分だけ離れることを確保してしまうようで、とにかく嫌だった。青根もキスがしにくいようで、いつもほどには深まらない。何度も短く舌を絡めるだけで次第に間隔があいていくキスに二口が寂しくなってそう言えば、いきなり手首をぐっと掴まれた。
「え。……わっ!?」
「……。」
 腹の辺りのシャツを掴むのを外され、驚いている間にぐっと持ち上げられる。万歳のような状態になると、今度は肘を曲げさせられ、両腕でできた輪に猫耳が引っかからないようにして青根の頭を通した。
 手首を繋ぐ部分は多少の遊びもあり、片手だけならば青根の背中、肩に近い辺りを掴むことができる。なによりずっと体の距離が近くなり、嬉しくて思わず笑えばすぐに唇を重ねてもらえた。
「青根……んんっ、んぁ、んんー……!!」
「……。」
 ロッカーに押し付けられるように立ったまま、二口は今度はしっかりと深いキスに興じる。青根の両手がベルトを外してきていることには気がついていたが、嬲るように絡められる舌の方にずっと夢中だ。そもそも、止めるようなことでもない。
 せっかく着替えたばかりの制服は、ベルトを外されて、下着ごと床へと落とされる。わずかに感じた寒さも、すぐに青根の大きな手で性器を擦られると熱しか分からなくなった。
「んぁっ……ア、あぁ、んん……!!」
「……。」
 濡れた感触は、もう先走りのものが溢れていたということだ。それを手だけで青根から教えられつつ、シャツの下にも指が滑ってくる。布越しではなく、直に胸を弄られて二口は身を竦めた。指先で押し潰すような刺激は痛みもあるのに、腰が疼くほど気持ちがいい。
「ふ、ぁあっ……んぁ、ア、青根……あお、ね……!!」
「……。」
 青根が性急なときほど、単純に青根も早く繋がりたいということだ。いっそ、慣らしてくれるなら前戯もなしで突っ込まれても二口は構わないのだが、青根はいつもちゃんと愛撫をしてくれる。キスも、それ以外も、本当に気持ちがいい。だからもういいのだと、片手で掴むシャツを引っ張り、少しだけ片足を上げて膝で促してみれば、青根の手がピタリと止まった。
 少しだけ、考えているようだ。床に横たえるにしろ、ベンチに座ってやるにしろ、そろそろ二口の手錠が不便だと気がついたのだろう。繋がってくれるなら何でもいいと任せていれば、やがて一度大きく息を吐いた青根は、二口が背をつけるロッカーの二つ隣に手を伸ばした。
「青根……?」
「……。」
 そこは青根のロッカーで、手繰り寄せたのは自分のカバンだ。あっさりと床に落としてから引き寄せ、中から専用のジェルだけを出してまたカバンは落とす。その間も、二口はそこに立ったままだ。これから移動するのかと両腕を肩に回したまま見上げるが、急に青根はしゃがみ込んだ。
「え……んぁっ!? こら、バカ……んん、ひぁっ、アア……!!」
「……。」
 慣らすだけなら、耐えられた。だが久しぶりに口で愛撫を施され、驚きとその快楽に二口は恥ずかしいくらい鼻にかかった声が出てしまう。腕は肩から外れ、仕方なく猫耳は避けて頭に手を置くしかない。髪を掴んでしまうので痛いだろうに、青根は気にするでもなく、愛撫を続ける。見下ろすと、青根が動くたびに床に伸びた白い尻尾が揺れて、変なところで興奮もした。
 たっぷりの潤滑剤を塗り込めるように指を蠢かされる後孔は、すっかり快楽を覚えているので青根の動きにいちいち反応する。更には同時に前も咥えられて、躊躇いのない舌にはあっという間に熱がはちきれそうだ。
「あおね、やだ、て……オレ、口でされるの、ほんと、に……ヒ、アァッ!? んぁ、あぁっ、ア……!!」
「……。」
「あぁっ、ふ、あぁ……んん、んぁっ、あお、ね……もぅ、んぁっ、アァ……!!」
 青根は二口のモノをちゃんと愛撫してくれるが、大半は手での行為だ。二口がそう頼んだ。最後までする前までは口でされることも多かったが、今はとにかく他も気持ちいいので口淫は刺激が強すぎる。特に、後ろを弄られながらは一回で意識が飛びそうなので嫌だ。
 そう繰り返していたのに、青根は容赦なく下肢を嬲るのだ。
 先輩たちと食事に行きたくて、取り敢えず一回で終わらせるために快感の度合いを高めようとしているのだろうか。そんなことを思いながら絶頂の予感にぶるりと震えたとき、急に口を離された。
「あ……?」
「……。」
「あお、ね……?」
 偶然かとぼんやり見つめたが、青根は後孔を馴らす指も抜いて、立ち上がった。髪を掴むようしていた手は自然と外れ、再び肩に掛けるような格好になる。
 どうやら口淫は気持ちよすぎて嫌だという訴えを聞き入れてくれたらしい。だがここまでしたならいっそイかせくれればよかったのにと唇を尖らせれば、あっさりとキスをされた。
「んんっ……ん……。」
「……。」
 さっきまで自分のモノを咥えていたと思えば嫌なのに、青根からされていると思えばもっと嬉しくなる。いつもの葛藤をしながらキスを受け入れるが、さほど深まることはない。もっととせがんでいる間に、青根は自分のベルトも外していた。それに気がついたのは、片方の膝裏に手を差し込まれて、ぐいっと持ち上げられてからだ。
「うわっ!? ……あ、青根?」
「……。」
「……んぁっ!?」
 胸につくほど上げられると、いくら柔軟性に心がけていても少し痛い。なにより、片足で立つことになるので不安定だ。思わず背中をロッカーにつけたままで丸めれば、腰を進めた青根にぐぐっと剛直を押し込まれた。
 全く予想していなかったので驚いたが、先端が触れただけでもう期待で胸が弾む。すぐに一番太いところを飲み込み、もっと奥まできてほしいと促す。だがこの体勢では無理だろうと思ったときには、不安定な残りの足も膝裏から持ち上げられて二口は本気で焦った。
「えっ、あ、バカ!? ……んんんっ!!」
「……。」
 倒れそうで危ないと身を竦ませると、中途半端に咥え込んだ青根のモノを締め付けてしまう。それに今度は快楽で身を震わせたところに、自重と共に奥まで青根のモノが入ってきて、二口はイきそうになった。
 片手で青根の背中にしがみついたまま、なんとか呼吸を整えて耐えていると、意外に安定していることが分かる。背中をロッカーに押し付けていることと、青根の強靭な足腰だからできることだろう。二口も身長はあるし鍛えているのでそれほど軽くはないはずなのに、こんなにあっさりと抱えられると少し面白くない。だが、それは快楽への期待と、青根の可愛さの前では張れるほどの意地にならなかった。
「……ちゃんと、動けるんなら」
「……。」
「このまま、オレのこと……犯しても、いい……。」
「……!!」
 青根がじっとしているのは、二口がかなり焦って叱ったからだろう。したことのない体位なので、嫌ならばやめる。そんな葛藤をちゃんと汲み取って、視線を上げて告げてやれば、青根は嬉しそうに気配を弾けさせた。
「んっ……んぁっ、ア、んん……ん、ふ、あぁっ……!!」
「……。」
 そして、一度だけ押し当てるキスをしてから、青根は腰を動かし始めた。
 しっかりと奥まで入ってるのに、青根は二口を抱えたままで腰を引き、またずぷりと挿入してくる。座ってするときに似ているが、それよりもずっと体重が勢いをつけ、なにより不安定さが青根のモノを締め付ける。穿たれる角度も違い、いつになく二口は興奮した。背中が当たるロッカーがガンガンと響いているが、意外に痛みは少なく、激しさだけを教えられるようでまた煽られる。
「あっ、んぁっ……んん、あお、ね……もぅ……!!」
「……。」
「んんっ、ん、ア……あぁっ、あああぁぁっっ……!!」
 口淫で限界が近くなっていたとはいえ、数度の抜き差しで二口はあっさりと果ててしまった。
 弛緩していく体を、青根がしっかりと支えてくれる。それがまた幸せで、二口は青根の肩に顔を伏せながら囁いた。
「ん……青根、かぁいい……。」
「……。」
 いつもは二口を可愛い可愛いと言うくせに、何故か猫耳の青根にうっとりと言えば、可愛さの欠片も見えないほど激しく犯されてしまった。




「……ところでさあ、鎌ちはなんであんなの持ってたの?」
「ん?」
 猫の日である二月二十二日、部室を出てからもう一時間半近くが経過している。鎌先の主張で二時間は待つと決めてファミレスに入ったが、もう四人とも食事は終えていた。ドリンクバーから戻ってきた鎌先が座るのを待ってから尋ねれば、不思議そうにされる。それに茂庭が答える前に、笹谷が説明してくれた。
「手錠のことだろ」
「ああ、あれか」
 今回猫の日にちなんだ謝礼を鎌先が提案してきたとき、猫変身セットはまだなかった。小原を除いた三人で金を出し合い、笹谷が代表でパーティーグッズのある店に後日買いに行ったのだ。その段階で、マタタビの件は話題に出たが、適当な布を縫い合わせればできる襷と違い、鍵付きの革手錠は普通の高校生が何の意図もなく所持しているものではない。買うと高いのではと怪訝そうにすると、鎌先が持っていると言い出して、そのときは追及し損ねた。
「まさか、鎌先さん、本当に二口に……?」
「あー……まあ、そうなんだよな、出番なかったけど」
「……。」
「……。」
「……。」
「なんでみんな奥に寄ってるんだ?」
 思わず距離を取ろうとした茂庭たちに、鎌先はどこまでも不思議そうだった。
 二口が入部した当初から鎌先は危うい言動が多かったが、それはどこまでも後輩の中で一際口が悪いが故だと思っていた。感情に変化はあっても、二口は最初から青根を特別視していたし、鎌先のことは先輩の一人としか思っていないだろう。だが、二口が青根にあからさまに懐くようになってから、ますます鎌先の執着もひどくなっている気がする。
 これは、どう解釈すればいいのか。本当に、ただつれない後輩に振り回されているだけの可哀想な先輩ということで、いいのだろうか。
「いや、ほら、去年の暮れに二口が女友達とその彼氏のことで相談してきただろ? 結局は二口本人のことだったみてえだけど」
「う、うん……?」
 拘束する以外に使い道がない革手錠を二口のために用意したとあっさり認められ、さすがの茂庭にも葛藤が生まれるが、鎌先は特に焦っていない。試合中と、二口におちょくられているとき以外は、こうしてわりと落ち着いている。彼女ができないのが不思議だと二口もよく言っているが、その弁にだけは茂庭も同意だ。
「オレ、最初はもちろん本当に女友達の悩みだと思ってたから、目隠しはタオルとかでもいいけど、拘束するのは大切な彼氏に怪我させちゃ二口も立場がなくなるなと思って、その日のうちに通販で注文しといたんだ」
「ああ、それで早速実行されて届く前に解決しちゃったから、渡せなかったのか。……よかった!!」
「茂庭?」
「本当によかった!!」
「……笹谷?」
「鎌先さん、疑ってすいません……!!」
「小原まで、どうしたんだよ? つか、あいつら、遅いよな。マジで来ねえつもりなら、メールくらいしろってんだよな……。」
 どうやら可愛い後輩のために、一肌脱いだだけだったらしい。しかも無駄になってしまったので、機会を設けて本人に贈っておく。実に優しくて気のいい先輩だろう。ただそれが革手錠であることと、相手があの二口なので鎌先が感謝されることはまずないと断言できるのが切ない。
 座る位置を茂庭たちが戻している間も、鎌先は自分の携帯電話を眺めてため息をついていた。もちろん店についたときから二人はまず確実に来ないとは伝えたのだが、可能性を捨てきれないらしい。来ないなら来ないでメールがあるはずなので、鎌先はそちらでもいいと心待ちにしている。
 なんとなく、ドリンクバーかトイレにでも行くふりをして、二口にメールを入れてみようかと茂庭は考えた。あの革手錠は年末の相談を真に受けた副産物だったのだと教えれば、少しくらいは二口も溜飲を下げて鎌先にメールを入れてくれるかもしれない。
「……でも、お楽しみ中かもしれないと思うとなあ」
「茂庭?」
 ただ帰宅しただけならばまだしも、二人は部室でよろしくしている可能性が高い。一時間半という頃合は、早すぎるのか、遅すぎるのか、経験がない茂庭にはさっぱり分からなくてやはり躊躇ってしまった。
 そのとき、急に携帯電話が鳴った。
「あっ」
「……やっとか」
「……一斉送信みたいですね」
「え。……え?」
 通話ではなく、メールだ。ほぼ同時に笹谷と小原の電話も鳴ったので、二口が一斉送信をしたのはまず間違いないだろう。
 ただ、鎌先だけは微動だにしない自分の携帯電話に戸惑っていた。センターに受信確認をかけているのが、なんとなく痛ましい。それでも分かりきった内容を確認すべく、茂庭は自分に届いたメールを開いてみたが、件名と本文と添付の落差がありすぎた。
「……『今日は遅くなったので帰ります』って件名はいいとして」
「……『あと鎌先さんのロッカー凹ませた犯人には制裁しときました』とか、書かれても」
「えっ!? オレのロッカー!? どうされてんだよ!?」
「……添付されてる写真が、物凄く楽しそうで判断に困りますよね」
 笹谷と小原には、やはり同じメールが届いているようだ。
 件名はいい、本文もまだ分かる。どうしてロッカーの扉が変形してしまったのかは、追及しない方がいいのだろう。犯人は二口ではなく、青根のようなのだ。故意ではなく、確実に事故である。
 ただ、添付の写真には、凹んだ鎌先のロッカーが写っているだけではない。上半身裸の青根がカメラとは反対を向いてベンチに座り、その背中にはホワイトボード用の赤いペンで何本も線が書かれている。引っ掻き傷を模しているのは明らかだ。問題は、そうして青根に制裁を加えたらしい『ネコ』が、猫耳と尻尾を付けて嬉しそうに自画撮りで収まっていることだろう。
「なんなんだよっ、オレにも見せろよ!!」
「えっと……。」
 この写真を鎌先にも見せていいものか、非常に迷った。青根に付けさせた猫セットが二口に移動し、耳はともかく尻尾は写りにくいので、わざわざ携帯電話とは反対の手で持ち上げピースサインをしているのだ。二口の笑顔はまさに満面というやつで、背中を向けている青根の項垂れ具合と対照的すぎて涙を誘った。
 たった一時間半の間に、何があったのだろう。大方頑張りすぎた青根が最中にうっかりロッカーを凹ませたのだろうが、それをこんな写真で報告されても困る。なにより、まずはロッカーの持ち主に謝ってくれないとと思ったとき、三人以外の携帯電話が鳴った。
「……あっ、オレにも来た!!」
 受信が遅れていただけかと鎌先は喜んでいるが、単に一斉送信とは違うメールが届くだけのような気がする。
 気になって鎌先の画面を横から覗き込めば、やはりそうだ。鎌先に届いたメールには、件名も本文もなく、ただ写真だけが添付されていた。
「……まあ、謝ってるならいいか」
「いいの鎌ち!?」
「鎌先っ、お前甘やかしすぎだろ!!」
「というか学校の備品だから下手したら修理代請求されますよ!?」
「へ? まあ、凹んだだけなら機械科のヤツなら直せるだろ。やばそうなら、誰かに頼むわ」
 茂庭たちに送られたはしゃいだ写真ではなく、鎌先のロッカーの前で二人揃って頭を下げている画像には、『ごめんなさい』という文字がアプリを使って入れられていた。
 あっさりと許し、気にするなと返信している鎌先は実に寛容な先輩だ。だが凹んだ原因を思えば、修理を頼まれる機械科の友達が可哀想にもなる。たまにはガツンと言うべきだと主張しようか迷うが、久しぶりに二口から、しかも写真つきでメールが来たことが相当嬉しそうな鎌先には言えなかった。
 こうして謝るくらいなので、二口も明日は少しくらい鎌先に優しいかもしれない。
 せめて『あの人』呼ばわりはなくなっているといいなと、茂庭は猛獣としか思えない後輩たちにこの日も願った。










バレンタインのアンサー・アニバーサリーというか
いや単に あおねこたんが書きたかっただけなんですけども
青根きゅんはかわいいね!
鎌先さんごめんなさい!

ロボっぽい何か


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