■ベスト・ジャージスト





 秋も終わりかけたある日、部活の途中でふと話しかけられた。
「……そういえば、二口はいつもどこで服買ってるんだ?」
「へ? なんですか、いきなり」
 ポジションごとに分かれての練習から全体に移る合間の短い休憩だ。水分を補給したり、タオルで汗を拭いたりしていると、笹谷からそんなことを尋ねられて二口は面食らう。話題が唐突なのもあるが、ファッションなどに笹谷は無頓着に見えるからだ。だが無視するほどの理由もなく、二口は少し考えてから答える。
「どこ、というか……まあ、兄貴がこっちにいた頃に教えてもらった店ですね。何軒かあって、顔馴染みだから、店員に適当に選んでもらってるみたいな」
「……。」
「……どうしたんスか笹谷さん!?」
 揚々と語るほどの趣味はない。基本的には着れればいいという、おそらくは笹谷と同じ考えだが、二口はたまたま年の離れた兄がいて、かなり服装にも凝る方だったのでその伝手で知り合いになった店があるというだけだ。自分で適当に選ぶと、身長の関係で困ることも多い。きちんとサイズがあっていないと、裾や肩幅はまだしも、特に冬服は袖が短くて寒いのだ。自宅が引っ越したので店からはやや遠くなったが、それでも必要があれば足を運んでいる。その程度だ。
 二口がさらりとそう答えている間に、何故か笹谷がしゃがみ込んでいた。まさか怪我でもしたのかと慌てて二口も腰を落とすが、呆然と床を見つめる笹谷はおかしなことを呟く。
「……羨ましい。二口が、死ぬほど、羨ましい」
「笹谷さん……?」
 いつもつるむ部員の中で、笹谷はある意味では茂庭以上にまともな先輩だ。横には常に極めて面倒くさい先輩がいるので、余計にそのまともぶりが目立つ。冷静で取り乱すことは少なく、思慮深い。どこぞの暑苦しい先輩とは大違いだ。
 その笹谷が震えるほどなので、よほどの事態なのだとは二口も察した。
 ただ、意味が分からない。どうして顔馴染みの店員がいる服屋があるだけでこれほど羨ましいのか、もしかすると一人で買い物をするのが苦手なタイプなのかと想像してみた。
「あの……笹谷さん、よかったらその店、紹介しましょうか?」
「……いいのか!?」
 知らない店には入りづらいのであれば、一緒に行ってもいい。ちょうどそろそろ冬用の服を買い足そうと思っていたところだ。去年から身長が伸びたので、また少し合わなくなっている。笹谷は二口ほど身長は高くないが、極めて標準的な体型なので合わないということはないだろう。夏休みや、休日練習では私服同然で登校することもあったので、笹谷は密かに二口の服を気に入っていたのかもしれない。秘密にしたいような性格ではなく、むしろ店側も客が増えて喜んでくれるだろう。そんな想像で言ってみれば、やけに必死な形相でガシッと腕を掴まれた。
「い、いいですけど、いつにします?」
「できるだけ早く……!!」
「え? あー……じゃあ、土曜日とかでもいいですけど、そんなに急いで、どうしたんですか? 何か用でもあるんですか?」
 もしかすると、女性とデートの予定でもできたのだろうか。
 そうからかいたいのに、笹谷の表情はずっと深刻で二口は茶化せない。これは理由を尋ねていいものか、葛藤が生まれたときに今度はガシッと肩に腕を回された。
「なに楽しそうな相談してんだよっ、オレも混ぜろ」
「嫌です」
「即答か!?」
「あと暑苦しいから腕外してください」
 どうやら鎌先たちも休憩に入ったらしい。重い腕を外しながら無意識に探してみれば、青根はコーチに呼ばれていた。叱られているのではなく、指導を受けている。横には茂庭を始めとしたセッターが揃っているので、連携を確認しているのだろう。二口が眺めている間に、鎌先は寂しそうに笹谷へと尋ねる。
「なあ、土曜日に遊びに行くとか聞こえたんだけど? オレも混ぜてくれよ」
 茂庭ほどではないが、笹谷も基本的に寛容で優しい。面倒くさい鎌先によく付き合っていると思っていたのだが、何故かこのときは珍しくピシャリと言い捨てた。
「遊びじゃねえんだよっ、オレにとっては!!」
「は? ……二口、何しに行くんだ?」
「服買いに行くだけですよ、オレが普段買ってる店に」
 怒ったような物言いに鎌先は面食らうが、すぐに二口へと尋ねてくる。笹谷が本気でキレていないことは分かっているのだろう。それでもいつにない態度に首を傾げるのは同じだと思ったのに、出かける目的を告げれば鎌先は妙に納得した。
「ああ、そうか、あー……ああ、そうだよな、うん」
「鎌先さん……?」
「お前、言いたいことがあるんなら言えよ……!!」
「言ったらまた凹むんだろ。よしっ、それ、オレも行く」
「来るな!!」
「来なくていいです」
「なんでだよっ、笹谷も二口も来ない休日練習なんて寂しすぎるだろ!? どうせ土曜の午前は強制休養になるみてえだしっ、青根とか茂庭とかも誘って、みんなで一緒に行こうぜ!? な!?」
 基本的には休日練習は毎回あるのだが、学校の行事の都合や、稀にコーチなどからの指示で半日か全日で体育館が使用禁止になる。どうやら今週の土曜日は、それに当たるらしい。午後からは練習できるのであれば、午前中に買い物をして昼食を取ってから学校に向かえばちょうどいい。そんな計画を二口が立てている間に、鎌先は笹谷に腕を回して頼み込んでいた。
「なあなあ、いいだろ!?」
「そりゃあ、二口と二人で出かけたりしたら青根が拗ねるだろうし、かといって青根を加えた三人で出かけたらオレは止める自信がねえとは思ってたけどよ」
「……いやさすがに街中では止められるほどのことはしませんよ? 青根はともかく、オレは我慢できる子ですよ?」
「だったら、な!?」
「他に誘うとしたら茂庭だろ、順当に考えて」
「……ですよねえ」
「でも四人じゃなくてもいいだろ!?」
「その次に誘うとしたら、小原だろ」
「……まあいつも一緒ですしねえ」
「もう一声……!!」
「あんまり人数多くなると移動するの面倒になるし、店にも邪魔だろ」
「……あ、鎌先さんの心が折れた」
「それでも来たけりゃ勝手に来いよ」
「行く!!」
 なんとなく、二口もしばしば面倒になるほどの鎌先の打たれ強さと立ち直りの早さは、一年前から笹谷に鍛えられていたのかもしれないと今更のように気がついた。二口としても、誘っておきながら笹谷と二人で行く気はしていなかったのだ。どこまで全員の予定が合うかは別として、まずはいつもの六人に話が回るだろう。
 だが、そうであれば釘を刺しておきたいことがある。それをどう切り出せばいいのか、二口が迷っている間に笹谷からその名を出される。
「そういや、青根って私服で来たことあったか?」
「へ?」
 まさにその青根のことで悩んでいたのだが、笹谷の質問には面食らった。
 もちろん、青根も制服と学校指定のジャージ以外の服で来たことはある。だが、それはせいぜい中に着るTシャツまでは学校指定ではないという意味だ。思い返せば、夏の合宿でもずっとジャージだった。私服同然で登校していい休日練習には、着替える手間が省けるとばかりに、ジャージだった。
「……そういえば、一回デートしたときも、あいつジャージでした」
 その後かなり深刻な喧嘩に発展したのであまり思い出したくなかったが、よく考えれば唯一部活とは関係なく外で待ち合わせたときも、青根は堂々とその背中に学校名を背負っていた。あの日は午後から青根だけ練習に出る予定だったので、あまり気にしてなかった。だが恋人との初デートで映画に行くのだ、ジャージはスポーツバッグに入れていわゆる私服で来るのが普通だろう。
 そう思いはするが、なにしろあの青根だ、普通なら分かるだろうと呆れるようなことも指摘されるまで気がつかないことが多い。今更蒸し返しても、あれは不適切な格好だったかと思いつめさせてしまいそうだと別の悩みが生まれる二口に、笹谷もかなり怪訝そうにする。
「うわ、マジでジャージしか持ってねえのか?」
「どうなんですかね、うちに来るときはいつも学校帰りなんで、よく分かんないっス」
 泊まる際には寝巻き代わりのTシャツなどを二口が貸しているので、やはり青根が持参する衣類はいわゆる学生服の類か、学校指定のジャージくらいだ。笹谷からの指摘で二口が改めて首を傾げていると、横から鎌先も呆れたように言った。
「笹谷より青根のが私服買うべきなんじゃねえのか、それ?」
「今更だけど鎌先がいること忘れててデート発言聞き流してたけど、まあ誰かと出かけるのをそう表現するヤツもいるしいいのか?」
「だからオレもいること忘れんなよっ、笹谷も最近オレにひどくね!?」
 二口みたいにならないでくれと懐く鎌先を、笹谷は鬱陶しそうに押し返していた。これで、笹谷に冷たくされたと懐かれるとまた鬱陶しいので、そそくさと笹谷を挟んで反対側へと二口は移動しておく。
「まあ、ともかく。じゃあ青根にはちゃんと私服で来いって言っておくか」
「そうだな、オレも青根の私服って笹谷以上にちょっと興味あるし……。」 
「……あの、それともう一つ。青根を誘うときに、オレがいるとは言わないでもらえますか?」
「は?」
 話がまとまりかけたところで、二口は思いきってそう切り出す。すると、当然ながら二人にはいっそう怪訝そうな顔になった。
「なんだよそれ、むしろ言わないとあいつ来ないだろ?」
 そして笹谷からは念を押されるが、二口はしっかりと力説しておく。
「来ますよ。笹谷さんか、特に茂庭さんが誘えば来ますよ、基本的に部活以外の用事はないし」
「オレは!? オレじゃ来ないのか!?」
「……でも、二口が来るのは事実なんだし、言わないのは変だろ? まさかまた喧嘩してんのか?」
「そうじゃないです。ただ、なんて言うか……。」
 言っていいものか迷ったが、配慮しないと困るのは青根なのだ。先輩に嘘をつかせる心苦しさはあっても、先日のような悲劇は繰り返したくなくて、二口はため息をついた。
「……オレがいるって分かってると、あいつ、楽しみすぎて寝れなくなるんですよ」
「小学生かよ!!」
「オレだって眠れなくなりそうだぞ!?」
「鎌先さんが寝不足でも寝過ごしてドタキャンでもそれは別にいいですけど、青根は本当にパニックになるから気をつけてやってほしいんです。完全に来ないっていうよりは、まだ話してないとか、行けるかどうか当日まで分からないとか、なんか曖昧な感じで」
「ああ、まあ……分かった、了解。話をしたってのは誤魔化せそうにないから、行けるか未定ってことにしとく」
 笹谷の言葉には首を傾げそうになったが、ふと視線を誘導されて見やれば、どうやらコーチから解放されたらしい青根がスポーツドリンクを片手にじっとこちらを見ていた。殺気立って睨んでいるとしか思えない眼光の鋭さだが、二口と目が合えば、ハッとして嬉しそうに気配が弾むのがこんなに離れていてもよく分かる。
 それに、声には出さずに口だけで『バカ』と返しておいて、二口は笹谷の横で立ち上がった。
「じゃあ、後のことはメールします。オレは一応参加は未定ってことで、お願いしますね」
「ああ」
「つか結局オレは行っていいのかよ!? いいんだよな!?」
 鎌先が笹谷に詰め寄っている間に、ちょうど休憩も終わる。
 今週の土曜日は、午前中に練習ができない。それでも、青根を含めたチームメイトたちと過ごせるのだと思えば、二口も少し嬉しくて眠れなくなりそうだった。




 笹谷から服の話をされた数日後の土曜日、二口はかなり焦っていた。あれから店の場所を確認し、駅から少し離れた広場の一角を待ち合わせ場所に指定する。そこは二口が行く店が徒歩圏内に四つはあるし、食事をするところも多く、更には学校にも二駅で移動できる。最初にいなかった面々もやはり部活以外の用がないのか、六人全員が揃う予定になり、時間も決めたが、二口だけは最後まで不確定で通しておいた。
 前日の金曜日も、青根は明日一緒に行こうと気配だけでせがんで抱き締めてきたが、二口は心苦しくなりつつも返事はしない。そもそも、言葉には出されないので青根が何を要求しているのか分からない。そんなずるい態度で抱き返してたっぷりキスをしてやり、たとえ先輩たちとの買い物には行けなくとも午後からの練習には出ると言い聞かせて別れた。
「……すみませんっ、遅くなりました!!」
 それから自宅に戻り、楽しみすぎて眠れなかったのではない。二口の家からはバスで向かうのが最も早かったのだが、途中の道路で事故があったらしく、一時的に通れなくなっており迂回路に入ってかなり時間がかかったのだ。それでも待ち合わせ時間にはギリギリ間に合っているが、遠目にも指定の噴水周辺には先輩たちの姿が見えた。青根の姿は見えない。まさか二口がいないかもしれないという配慮は逆効果だったのかと焦りつつ謝ってみたが、振り返りながら茂庭たちが避けた先で、蹲る青根を発見した。
「……真っ黒に燃え尽きたのか?」
「……!?」
「お、おはよう、二口。来れて良かったね……?」
「バスが遅れたんだよな? 災難だったな」
「というか、ほんと来てくれてよかったよ、だって青根が……。」
「半泣き状態でオレたちも困ってた」
「……!!」
「いや、泣いてはないみたいっスよ、て、おわっ!? ……バカ!!」
 ため息混じりに鎌先が嘆いたように、青根は半泣きと言われても仕方ない様子だったが、いきなり噴水の淵から立ち上がるとそのまま二口をギュッと抱き締めてきた。いくら駅からは少し離れているとはいえ、土曜日の午前中には人通りも多い。押し返さなければと慌てるのに、青根の腕はいつになく力強くて、性的な欲求ではなく本当に寂しかったのだと伝わって二口も困った。
 最初からいないと宣言しておけば、青根も気持ちを切り替えて臨めたのかもしれない。だが曖昧にしたままで、連絡もせず、当日になっても二口はなかなか姿を現さない。バスが遅れていることは鎌先以外にメールを入れたが、そもそも青根は携帯電話を持っていないのだ。周りから教えられても、どんどん悪い方に思考が転がってどうしようもなくなっていたのだろう。
 ここまで青根が取り乱すのも、結局は初めてのデートでの事件が原因だと二口も分かっている。だからこそ強くは抵抗できなくて、今は迷子を迎えに来た母親の心境で抱き返し、頭を撫でてやる。そしてようやく青根が落ち着いてきたところを見計らい、二口は尋ねてみた。
「……つか、私服で来いって言われただろ?」
「……?」
 不思議そうに顔を上げた青根は、確かに制服ではない。学校指定のジャージではない。
 だが、ジャージだった。
「お前、このジャージ、中学のとかか?」
「……?」
「あ、あのね、二口? オレたちも不思議だったんだけど、どうもさ……?」
 基調が黒で、ゴールドのラインが何本か入っている。中学のものであればかなり派手なデザインだ。なにより、以前にもらった中学時代の試合映像で着ていたものとは違うし、サイズも今の青根でもだいぶ余裕がある。背中に回した手で触ってみればかなりいい生地なのも分かり、不思議そうにしていると笹谷が茂庭の言葉を継いでくれた。
「青根はどうやら本当に、普段着もすべてジャージ主義の一味だったらしい」
「まあ似合いすぎるくらい似合ってますし、変な冒険されるよりは全然いいんですけど、でも……?」
 項垂れていた青根を慰めるのに夢中であまり意識に入っていなかったが、いつもの面々のちゃんとした私服を二口は初めて見た気がする。休日や合宿など、制服以外で会うことも多いが、基本的にはジャージを筆頭に運動着という括りに入るものばかりなのだ。体を動かすことを想定していない服装は、やはりそれぞれ個性が出る。
 いまだ腕を回したままの青根以外をぐるりと見て、一番衝撃の少なかった同級生に二口はまずは尋ねてみた。
「……修行僧?」
「うるさいっ、二口だってチャラい大学生みたいな格好のくせに!! オレは硬派なんだよ!!」
「いや小原のは硬派ってより簡素っていうか……。」
 最も想像とギャップがなかった小原に言ってみれば反論されたので、二口は次に茂庭に視線を移してみる。
「……休日のお父さん?」
「ひどいよ、自分でも分かってるのに、そんなはっきり言うなんて……。」
「ああ、すみません茂庭さん、なんだか家族サービスがちゃんとできるお父さんみたいで似合ってますって意味で、褒めてます、いやほんとに」
 等身大の中学生という表現と迷ったが、どちらにしろ茂庭は落ち込みそうだった。
 ただ、この二人はまだいい。個性としては主張が弱いので、小原の身長以外は街中で目を引くことはあまりないだろう。だが残る二人のうち、どちらから触れていいものか悩んだ二口は、どうしても我慢できなくて鎌先に尋ねてしまった。
「……鎌先さんは、ガイアにもっと輝けって囁かれたんですか?」
「どういう意味だよそれ!?」
「検索したら一発で分かると思うんですけど、取り敢えずグラサンは取りません? マジで高校生じゃないっスよ」
「背の高さで注目されっから嫌なんだよっ、ほっとけ!!」
「いやそれ余計に……まあ鎌先さんがいいならいいですけど……。」
 いっそ小原と服装を交換すれば、鎌先は一人で歩いていると女性から逆ナンパされそうだ。そんな感想を持ったが、その場合は小原が修行僧から破戒僧に進化しそうなのでやはりよろしくない。最後にこの買い物の発端となった笹谷を見たが、二口は青根に視線を戻し、ニコッと笑った。
「じゃあっ、買い物行くか」
「……!!」
「待て二口、今あからさまにオレを無視しただろ」
「え……だって、触れちゃいけないのかと思って」
「そんなにか!? そんなにか……!!」
「笹谷さん? ……なんか鎌先さんみたいですよ」
 頭を抱えて蹲る笹谷に思わず気遣えば、余計に項垂れてしまった。
「おい二口、それはどういう……?」
「そうだよ二口、それは今までで一番ひどいよ。あと笹谷はお姉さんが服飾系の学校に行ってて、可愛い弟を格好良くしようとハイセンスすぎてオレたちではなかなか理解しづらい服を押し付けてくるだけなんだから、笹谷は悪くないんだよ」
「ああ、だからピンクなんですか……。」
 オシャレ具合で言えば、確実に一番は笹谷だろう。裾が独創的なカットになっているシャツは目に痛いほどのピンクで、白のジーンズにもよく分からない幾何学模様が舞っている。羽織っているジャケットには異常なほどボタンが多く、首に巻かれたやたらスカスカの布は防寒具としての意味があるのか、甚だ疑問だ。
 どれか一つであれば、アクセントになったかもしれない。だが主張の強すぎるアイテムばかりが揃うと、まさに服に着られている状態だった。笹谷は決して派手な顔ではないため、余計に服以外が埋没する。だがこれが本気のコーディネートかもしれないと思えば、二口も笑えなかったのだ。
「……今日は、今日こそは、自分で服を買うって宣言してきたんだ。そしたら、店の人にどういう系統がいいのか分かりやすい方がいいからって、起きたら、これが、用意されてて」
「まあ、反面教師的な意味では分かりやすいかもしれませんけど……。」
「オレも年中ジャージ派に戻りたい!!」
「……!?」
「鎌先さんだったら青根の手を握った時点で殴ったかもしれないですけど、笹谷さんなので、しかも魂の叫びのようなので、今回は見逃しますね」
「オレでも殴るなよ!? せめてロッカーに嫌がらせするくらいにしろ!!」
「まあ、笹谷は普段着もずっとジャージだったから、お姉さんももっとオシャレしなきゃって心配したみたいなんだけど。極端すぎて、林間学校とかの行事になると、いつもオレたちの学年は驚かされてたんだ……。」
 これで、練習の合間に話していたときに、鎌先が妙に納得していた理由が分かった。部活の合宿のような運動しかしないときは、ジャージ類しか持参しなくてすむ。だがそれ以外の行事で、制服指定がないと、張り切った姉にいつも笹谷は押しきられてしまうようだ。
 あのときやけに羨ましいとぼやいていたのは、顔馴染みの店があることではない。きっと、姉ではなく、兄に服装などを指南してもらえるというだけで、笹谷にはこれ以上になく素晴らしいことだったのだろう。
 そんなに嫌ならば着なければいいのにという疑問は、姉妹がいない者からは受け付けられない。
 きっと、笹谷もなんとか家庭内で抵抗を試みて、惨敗した結果がこれなのである。
「話はだいたい分かりました。これから行くのは、まあ、オレの服みたいな感じのところなんで? 知り合いの店員がシフト入ってるのも確認してあるし、そんなに驚かれずに対応してもらえると思いますよ」
「ありがとう、二口、恩に着る……。」
 だから青根は返してくださいと笹谷から手を外させ、二口は指を絡めるようにしてギュッと握り直す。
 見上げてみると、青根はすっかり落ち着いていた。二口の体温に触れ、且つ他の話題に移って鬱積した気分が逸らされたからだろう。両手共を繋いで見つめても、嬉しそうに見つめ返すだけなのにはほっとする。
「……?」
「でも、やっぱ一番私服も似合ってるのは青根だよなっ」
「……!!」
「……いや、似合ってるけど、その黒ジャージ似合ってるけどさあ?」
「……つか自分は街中なら我慢できるとか豪語してなかったか、二口は」
「……もう二口にとってはこの程度はいちゃついてる自覚もないんでしょうねえ」
「オレ、今日はジャージ買おうかなっ、青根とお揃いで」
「……!?」
「あ、やっぱダメだ。お前、すぐオレのと間違えるから」
「……!!」
 以前、学校指定のジャージを取り違えたのに黙って着ていた青根なので、お揃いにするとますます分からなくなるだろう。サイズが一つ違うのは、分かりにくいのに、腹立たしい。あっさりと撤回すれば青根は傷ついた顔をして、その場にしゃがみ込んだ。だが握った両手は離さない。むしろぐいぐいと力を込められて、撤回を撤回してくれとねだっている。
「二口、青根を弄ぶのはやめてあげなよ、見てて可哀想だし……。」
「そんなつもりじゃないですよ、だって実際同じ洗濯機に入ってると全然分からなくていつも困るし」
 いまだしゃがみ込んでいる青根を見下ろしながら茂庭に窘められても、二口は笑っていた。困るのも事実だが、それならばいっそ大きいサイズに合わせて二着買い、どちらでもいいようにすればいいかもしれない。これからもっと寒くなれば、寝巻き代わりに貸している服の袖や裾が足りなくて青根も寒がるだろう。今日は外出着を買うつもりだったが、青根を見ているとお揃いにできる部屋着の方がずっと欲しくなる。何色がいいだろうと撤回を撤回しかけていたとき、ポンと青根の肩に手が置かれた。
「……?」
「相変わらず、二口は意地悪だよなあ? 安心しろ、優しい優しいこの鎌先先輩が青根とお揃いのジャージ買ってやるから?」
「そんなのダメに決まってるじゃないスか!! あと今気づきましたけど制服とか部活ジャージとか鎌先さんとお揃いなの地味に嫌なんでもう着ないでください!!」
「おめーさすがに無茶言いすぎだろ!?」
「というかもう笑えるから服着なくていいです!!」
「どんなプレイなんだよそれは!?」
「……鎌ち、落ち着こうな? 服は着てていいから、さすがに全裸不祥事とかは部として情けないから」
 茂庭が鎌先を離してくれたおかげで、やっと青根の肩からも手が外れる。それに安堵した二口は、手を繋いだままの青根を立たせるとしっかりと言い聞かせた。
「青根っ、お前とお揃いのジャージ買うのはオレだからな!?」
「……!!」
 すると、パッと顔を華やげた青根が、嬉しそうに何度も大きく頷いた。
 なんとなく鎌先にのせられてしまった感があるが、チラリと見てみれば鎌先は本気で茂庭に泣きついている。二口を誘導するため、わざと焦らせたわけではない。それはそれで悔しい気もするが、繋いだままの手にギュッと力を込められ、二口は視線を戻した。
「……。」
「……おっきいので、全く同じのにしたら、どっちがどっちのて決めなくても使えるだろ? オレの部屋に寝巻きとして置いていけよ、その方が便利だし」
「……!!」
 拗ねた瞳に、考えていたことを提案すれば、青根はまた嬉しそうに頷いてくれた。
 それに、二口もやっと笑みを返せる。先輩たちとの買い物は嫌ではなかったが、一緒に居たいからという理由で服選びなど興味がなさそうな青根を引きずり出したことを、少し心配もしていた。だがこれでやっと青根も今日は買い物を楽しめるだろう。
 期待と余裕が出てくれば、つい手を握ったまま見つめ合う状態にうっとりする。二人の先輩と一人の同級生に必死で止められなければ、二口はうっかり朝の街中で青根にキスするところだった。鎌先だけは、さすが帰国子女ならではの外国式の挨拶だと感心していた。




 笹谷の要望で買い物に行った数日後、平日の練習が終わったところで二口は声をかける。
「あ、茂庭さんたち、着替えるの待ってもらえません?」
「え? どうしたの?」
 消灯などの仕事があるのでいつも茂庭たちは部室に戻るのが最後になる。この日も、先に部室にいた二口は、自らと青根、それに小原にもまだ着替えないよう告げて茂庭たちを待った。笹谷は茂庭と一緒だったが、鎌先に先に戻って既に着替えている。そこにそう声をかければ、当然ながら不思議そうにされ、二口はため息をついてようやく説明を始めた。
「ほら、先週末にみんなで服を買いに行ったじゃないスか。あのときに行った店って、兄貴に教えてもらったところばっかりで、。接客したスタッフとかは、オレの顔馴染みというより、兄貴の友達みたいな感じなんスね」
「ああ、うん、それは聞いたけど……?」
 ちなみに、青根と小原には説明せずに待ってもらっていたので、二人とも興味深そうにしている。
 そもそも、兄の繋がりなのだとは行く前から話していたし、直接の連絡先までは知らないのでシフトに入っているかは兄経由で確認してもらっていた。それぞれの店でそれなりの金額の買い物はしたし、素行が悪いメンバーでもない。店としては常連客が増えれば嬉しいだろうし、社交辞令的な感謝などが兄に伝わることまでは予想していたが、昨日珍しくかかってきた電話で二口は本気で心配された。
「オレたちと直接話したスタッフとかは、別にいいんですけど。他の店員とかがかなりびびったみたいで、確認が入ったというか、それが兄貴の耳にも届いたというか」
「え、オレたち人数多くてやっぱりお店の邪魔だった?」
「……そうじゃなくて、オレがその筋の方々を引き連れてた、みたいな」
 恐縮しかけた茂庭は何も悪くない。ほぼ唯一、店員たちに恐怖を与えてはいないのだ。だが憂鬱そうに視線を逸らして呟けば、やはりすぐに意図は伝わったらしい。
「ああ、青根のことか」
「……!?」
「いや、鎌先もだろ?」
「オレはせいぜいチンピラ止まりだろうが!?」
「鎌ち、自覚はあったんだね……。」
「……あとはまあ、地味顔のホストと、山篭りから抜け出してきた修行僧と、拉致されてる中学生とか言われてたみたいなんですけど、それはそうとして」
 ちなみに、後から行った店ほど、評判はよくなった。先に行った店で普通の服を試着し、そのまま購入していたからだ。とにかく、一軒目の店員が一番驚いたようで、しかも運が悪いことに最も兄と仲が良かった。お前の弟が悪い友達と付き合っているのではないかと、むしろその親玉のごとく先頭を歩いていたのだと、純粋な心配で連絡をしたらしい。
 二口が案内する約束だったし、スタッフとの面識も唯一あるので、先頭に立つのは当然だろう。最初は兄も友人を笑い飛ばしていたが、次第に不安になったらしい。本当に部活の先輩と同級生なのかと尋ねられ、その証拠を求められた。
「兄貴が部活中の写真を送れって騒いでて、まあ練習してるのを撮るのは無理なんで、部室でジャージで撮らせてもらえたらなあ、て」
 試合の録画を入手できればよかったのだが、さすがにまだ一年生は公式戦での経験は少ない。なにより、動いていると顔が分かりにくくなる。自分の携帯電話を手にして二口がそう頼めば、茂庭を始めとした面々は快く頷いてくれた。
「そういうことなら、別にいいよ? ……オレは高校生だけどね!!」
「オレも構わないぞ。……ますます地味だろうがな!!」
「オレもいいけど。……ボウズなんて珍しくもないのになんでみんな修行僧って!!」
「青根もいいよな? オレの頼み断ったりしないもんな?」
「……!?」
「……つかなんで早くそれ言わねえんだよ!? オレだけもう制服に着替えちまっただろうが!!」
「え。……あ、鎌先さんも、写ります?」
 土曜日にいた面々で、唯一既にジャージから着替えていたのは鎌先だ。隙あらばまだジャージのまま帰ろうとするので、敢えて止めていなかった。証拠写真の件も、怖がられていたときはサングラスをしていたので、外して写っても同一人物か分からないかもしれないと思い、必須人物に入れていなかったのだ。
「写るに決まってんだろっ、だからどうしておめーはそうやってオレをハブるんだ!?」
「じゃあ皆さん、そうスね、まずは青根がベンチに座って……。」
「待てよ!? オレがもっかいジャージに着替えるまで待ってくれよっ、頼むから!!」
 一番背の高い青根をベンチの端に腰掛けさせ、二口がその後ろに圧し掛かるようにして位置取りをする。カメラ機能を起動させた携帯電話を左手で持つため、茂庭たちには右側に集まってもらった。ベンチに膝を乗せて体を屈めたり、完全に座って膝で立ったりすれば、なんとか全員が収まりそうだ。
「じゃあ、撮りますよー」
「ああもう上だけ着替えてればいいよな!?」
 鎌先は必然的に後ろの方になるので、どうせ下は写らないのだ。やっと揃ったところで、二口はシャッターボタンを押し、撮影をする。
「……おお、結構上手く撮れてるね」
「それ送っといてくれ」
「あ、オレにも」
「じゃあついでに鎌先さんにも送っときますね」
「だからどうしてっ、いつもオレだけ……送ってくれんのか!?」
 元々、兄に送る以外にも被写体の面々には送るつもりでいたのだ。画面を操作して一斉送信をすれば、部室内から複数の受信音がする。更に兄にも送信してから、二口は再び画像を開いてみた。
 やはり、部活用のジャージ姿が一番見慣れている。誰もが全力で向き合う練習で、いつも着ているものなのだ。癖のついたくたびれ方はそれぞれの努力の証でもあり、ユニフォームの次に似合っているのは間違いない。
「……?」
「……こんなに可愛いのになあ」
「……!?」
 その中でも、もちろん一番輝いて見えるのが青根だ。しみじみと呟きながら後ろから携帯電話を差し出し、撮ったばかりの画像を見せる。すると、青根はかなり怪訝そうにした後、画面の一部を指し示した。
「バカ、オレじゃねえよ。お前だ、お前」
「……。」
 自分自身に対して可愛いなどと感想を述べるはずもない。呆れて返せば、不満そうに振り返られた。青根とは何でも分かち合いたいと願っているが、この件だけは互いにずっと分かり合えないだろう。拗ねた顔も本当に可愛くて、他の面々が携帯電話を操作している間に二口はチュッと唇を寄せる。
「……!?」
「……オレにとっては、お前は可愛い人なんだよ。それで納得しとけ」
「……。」
 驚いた青根に笑って告げれば、また目を瞬かせている。だが軽く唇を指先でなぞってからキスを返してきた青根からも、自分にとっては二口が可愛い人なのだと告げられている気がして、気恥ずかしくなりながらも二口は幸せでいっぱいだった。







青根きゅんはきっと私服もジャージだよね! かぁいいね!
という妄想が ひどいことになったという・・・
とりあえず 今回は 笹谷さんごめんなさい!

ロボっぽい何か


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