【お試し版】
『S』収録-01.





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「まさか、キミの方から申し出てくれるなんてね」
「……。」
「あれ、違った?」
 くすくすと笑う男は、得体が知れない。
 名前も、ファミリーも、取り敢えずの肩書きも分かっている。だが、実際にこうして相対しても、もっと根深い渦のようにこの男の存在はうねっているようだった。
「そんなに怖い顔しないでよ、僕たちはこれから仲間でしょ? 仲良くしようよ、ね?」
「……。」
 笑顔は絶やさず、口調も穏やかだが、見事なまでに目が笑っていない。この男にとって、口からこぼれるものは、どこまでも適当な言葉遊びにしか過ぎないのだろう。やけに癇に障る物言いも、故意に違いない。下手に答えることなく睨んでいれば、やがて男はわざとらしく肩をすくめた。
「大体、キミがそんな顔をするのは、おかしくない?」
「……。」
「僕たちには、キミを引き込む理由がある。キミはそれだけ中枢にいるんだから、価値はあるよ。でも、キミは最も裏切りそうにない一人だ。疑っても当然でしょ?」
 だからこの態度なのだと言わんばかりに男が目を細めると、周囲の殺気がザッと増した気がした。
 この部屋には、この男と二人だけだ。だが、何があってもすぐに飛び込めるように、部屋の外には数多の部下たちが控えている。ファミリーのボスを守るため、いや、本当は敵対ファミリーの幹部が暴発するのを期待しているのかもしれない。
 ファミリー間での引き抜きは、恒常的に行なわれている。
 それが、敵対している間での場合は、まさに裏切りだろう。裏切り者を求めている側にも、当然リスクは大きい。本当に裏切ったのか、そう見せておいて寝首でもかくつもりなのか。見極めるのがこの場だ。もし突然掌を返せば、ボスを守るという絶好の成果をこの男の部下たちは見せることができる。
「もちろん、キミの条件も聞いてるよ。キミが僕たちに協力してくれるなら、当然応じる。むしろ、これだけでいいのかと申し訳なくなるほどだ」
「……。」
 だが、部屋の外で虎視眈々と武勲を狙っている者たちに出番はない。
 手の内を微塵も見せないこの男が、易々と不覚を取られるはずもないのは明らかだからだ。
 そして、この男にも分かってはいるのだろう。少なくとも、この会合の場においては、裏切りが裏切られることはない、と。
 ただ、たとえ掌を返さずとも、綻びを見つければ息の根を止めるという物騒な笑みは、ずっと顔に浮かべられたままだ。戦っていなくとも、ビリビリと皮膚が焼け付くような緊張感が張り詰めている。万が一にも不意を突かれたりしないという自信で、それより確率が低いかもしれない僥倖を、この男は見極めようとしている。
「……ねえ、そろそろ答えてくれない?」
「……。」
「どうして僕たちにつく気になったの?」
 やがて、すっと瞳を細め、見据えてきた男は、最後の審判へと誘う。
「キミにボンゴレを裏切らせた原因は、何だったんだい?……たった一言で、納得させてみてよ」
 男の白い髪も、殺気で震えたように見えた。
 やはり、この男は得体が知れない。あまり感じたことのない種類の恐怖を覚えたのも事実だ。
 嘘をついても、誤魔化しても、通じないだろう。
 だが心からの本音を言ったところで理解されないだろうとも思えば、自然と笑ってしまった。
「……痴情のもつれだ」
「……。」
 金ではない。
 脅されているわけでもない。
 籍を置くファミリーに対して恨みがあるわけでもない。
 ……ただ、あちら側にいると、気が狂いそうになるという単純で利己的な理由だ。
「……。」
「……。」
 一言で言えと求められたので、簡潔に答えてみせたのに、男は不可解な表情をしていた。
 少なくとも、仮面でしかない笑みを忘れさせ、一瞬であっても呆気に取らせることぐらいはできたようだ。もちろん冗談だと訝り、警戒したのだろう。すぐに険しい表情となって睨んでくるが、涼しい顔で睨み返せば、やがて男はまた笑っていた。
「……あははははっ!! キミ、面白いね。そっか、さすがの僕も、それは想像してなかった」
「……。」
「ああ、確かに、そんな噂も聞いたことがあったかな? 下世話な勘繰りというより、ただのゴシップで利用価値はない情報だと思ってたけど、ああ、そうか、そうだったんだね」
 そんな言葉には、こちらが驚く番になる。もちろん敵対関係にあるので、情報戦は当然だ。幹部以上であれば、脅迫の材料にならないかとゴシップも含めた様々な情報を集めてはいるのだろう。そんな中に、たとえ噂レベルであっても、感知されていたことに純粋に驚いた。
 すると、先ほどよりはだいぶ本気の笑みで、更に侮蔑の色も交えながら男は頷く。
「疑って悪かったね、キミの事情は理解した。僕たちはむしろ傾国の美女に感謝しなきゃいけないな、こんなに有能な男を惑わせてくれたんだから」
「……。」
 表現には若干の違和感があったが、眉を顰めるに留めておく。
 すると、男は座っていた重厚な椅子から立ち上がり、軽く両手を広げる。
「では、改めまして。僕はジェッソ・ファミリーの白蘭だ」
「……。」
「これからは、キミの本当のボスだよ。僕の目的と、キミの欲望のために、どうぞよろしくね」
 握手でもするかのように右手を差し出す男、白蘭をじっと睨み返す。
 その瞳には、狂気が灯っているようだ。
 きっとそれは、この得体の知れない男の本性であり、また睨み合う自分自身が鏡のように映ってるのだと、もう理解していた。






 この一帯には、重苦しい空気が滞留している。地下基地は直接日光が差し込むことがないため、慣れるまでは閉塞感もある。だが完成したばかりの執務室ではなく、最も下層で、且つ工事を後回しにされている区画にわざわざ足を運んだのには、当然理由があった。
「……やっと来たか。いや、いい、頷くだけでいい」
「……。」
 呼び出された時間に遅れてはいないはずだが、相手にすればかなり待たされた気分だったのだろう。反射的に謝ろうとすれば、軽く手で制された。
 作る前から廃墟のような場所に辟易した皮肉だったと、自分で気がついたのだろう。
「散々調べたが、それでも万一ってこともある」
「……。」
「いいか、お前はしゃべらなくていい。ただ、オレの言葉に頷いていろ」
 いや、そうではないらしい。
 相手の気持ちを重くさせたのは、この場所の空気ではなく、これから伝える内容のようだった。
 実を言えば、予感はあった。なにしろ、発端と思われる場に自分もいたのだ。そして、他にもファミリーが数人いた。自分の胸の中だけに留めておくことはできないのだと、最初から分かっていた。
「ここに呼んだのは、他でもない。このあいだの、『悲劇』に関してだ」
「……。」
 このときはまだ、いずれジェッソ・ファミリーがジッリョネロ・ファミリーと合併することなど、誰も予想だにしていなかった。そもそも、ジェッソというファミリーがやたら活動を活発にしているらしいという初期の頃で、ボスである白蘭の真の目的など、想像する者すらほとんどいないような状況だった。
 そんな中で起きた『悲劇』とは、初めてボンゴレでもジェッソによる死者が出た件である。小さな抗争が頻発していたイタリアではなく、並盛があるこの日本で、だ。誰もがジェッソの不気味な動向と少ない情報で導き出した標的の仮定に、薄ら寒く怯え出した時期だった。
「まあ、悲劇の内容に関しては、説明はいらねえよな? お前も当事者の一人なんだし」
「……。」
 物陰に腰掛けた小さな影は、少し自嘲気味に笑ったようだった。
 見た目こそ赤ん坊でも、優秀なヒットマンであるこの人物は、元々皮肉っぽい言い方はする。だが、今回に関して言えば、やるせなさがどうしても口調まで歪ませるのだろう。
「結論から言う。あの『悲劇』は、仕組まれたものだ。偶発的な戦闘じゃねえ、死者が出たのもただの不運じゃない」
「……。」
「確かに、止めを刺したのはジェッソの奴だったかもしれねえ。でも、そこに至るまで、そもそも襲撃自体が罠だったんだ。そうなるように手引きした奴が、オレたちの側にいる」
 断言されたとき、思わず息を飲んだ。次に、ほとんど反射的に口を開いていた。
「……!?」
「言ったはずだ、何もしゃべるなと。お前はただ、頷くだけでいい。……首を横に振ることも、オレは許可してねえからな」
 そんなはずがない、エスのはずがない。
 声として反論が口を突く前に、小さな影からは銃口を向けられた。さすがは優秀な殺し屋なだけあって、銃は全くぶれていない。だがその声は、どれだけ硬くしてみても、やはり認めたくない悔しさに震えているようだった。
「まだ状況証拠だけだ。怪しい、疑わしい、アイツなら可能だった、そんな評価の積み重ねだ」
「……。」
「オレだって、正直違ってればいいとは思ってる。……でも、もう、一人死んでるんだ」
 その言葉は、胸に深く突き刺さった。
 そう、あの『悲劇』で、犠牲者が出ているのだ。ただ、それをどう解釈するかは、まだ定まっていない。問題は、あの犠牲者がどちら側であったとしても、次の悲劇を予感させるには充分だということだろう。
 ふと銃口を向けたままだったことを思い出したのか、小さな影は手を下ろした。
 こんなところに呼び出したのは、取り調べをするためではない。
 もしかすると、もっと過酷かもしれない命令をするために、盗聴に細心の注意を払って会うことにしたはずだ。
「ツナの承諾は取っている。いや、むしろツナからの厳命だと思え」
「……。」
 ボス直々に伝えられない理由は聞くまでもない。
 この任務の情報が、絶対に漏れないようにするためだ。
 最もこの会合から遠ざけなければならない標的を、ボス自ら足止めしているのだろう。
「この件に関しての、内偵を命じる。手段は問わない、結果さえ出ればいい」
「……。」
「マフィアとして行なえるすべての方法を許可する。オレたちは警察じゃねえんだ、明白な物的証拠を探せなんて言わねえ。ただ、結果が分かればいい。アイツが、裏切ったのか、裏切ってないのか。それさえ分かるなら、確認方法はお前は任せる」
 状況証拠ばかりだと言ったばかりの口で、なんとしてでも確定しろと言う。
 要するに、本人に認めさせるしかない。
 脅迫でも、拷問でも、何をしてでも真意を確認しろという強い言葉には、絶望しか感じない。それだけの確信があるということなのだ。深い悲しみと共に、大きな怒りが渦巻いている。それでも信じたくない気持ちが、『これだけひどいことをしても認めないのだから違うのだ』という結果を求めて、この任務を命じさせているようだった。
 だが、それを実行するのは自分である。人選に他意がなかったとは思えない。
「……。」
「いいか、何をしてもいい。オレはもちろん、ツナも、ボンゴレも、誰もお前を責めやしねえ。むしろそれで判明するなら、よくやったと褒めてやる」
「……。」
「それでも、もし、裏切っていないと判明しなかったり、あるいはどちらも判断がつかない状況が続くなら……。」
 これ以上裏切れなくなるなら、それでもいい。
 そう小さく続けた声は、裏切っていないと証明できないならいっそ壊してしまえと囁いていた。
「……ツナは甘い、できるだけ信じたいと言うだろう。初代がそうであったように、裏切った者を許すのもボスの懐だと讃える者もいる、だがオレは必ずしもそうとは思わねえ」
「……。」
「許してもいい場合があるのは、裏切り者がそれを認めたことが前提だ。気の迷いを認め、二度と起こさないと誓い、その根拠を示せるならば、許してもいいだろう。だが、過ちすら認めないようなヤツは信用ならねえ。すべてを告白し、再発の芽を摘み取ることができてから初めて、許すだの許さないだのにいけるはずなんだ」
 言いたいことは理解できる。だが、ここまで言わしめてしまうほど、状況としては真っ黒なのだという事実がまた絶望を増させた。
 内通者であるという疑念が真実であれば、相手もどこまでも否定をするだろう。物理的な根拠が乏しい中では、精神的にも、環境的にも、もちろん肉体的にも責める必要が出てくる。それでも認めず、抵抗されることも容易に想像がつく。最終的に壊してしまうというのは、決して確率が低い結末ではない。
 ただ、当然相手も警戒はするはずだ。加えて、壊しても構わないと断言しているということは、ボンゴレとしては結果がどうあれ内通者として公表するつもりがないという証である。
 裏切りを認め、悔い改めれば許す。
 裏切りを認めたが改心せず、あるいは裏切りすら認めず、もしくはいつまでも判断を先延ばしにさせるようであれば、危険分子とみなして壊しておく。
 どちらの場合も、心の変遷を公にはしない。ボンゴレにとって、あまりに動揺が大きい事態だからだ。
「当然、この内偵は秘密裏に行なってもらう。他言無用はもちろんのこと、そうと勘繰られる言動も慎め」
「……。」
 こちらの疑問を読んだかのように、そう念を押された。
 だが、上手くいくものなのだろうか。もちろん口外などしないが、調査をしたり、当人と頻繁に会ったりすることを完全に隠し切れるとは思えない。声は出すなと言われているので、怪訝そうな表情だけで更に尋ねれば、小さな影はやっと少しだけ雰囲気を和らげていた。
「別に、会うだけなら不自然じゃねえだろ? 中学からの仲なんだ、見舞うのも見舞われるのも傍から見て不思議はねえ」
「……。」
「それに、あの噂がある限り、周りは勝手に邪推するさ」
 穏やかになった口調とは対照的に、指摘された内容には嫌な汗が噴き出した。
 ここで言う『噂』とは、内通者の疑念のことではない。もっと昔から流れている、下世話なゴシップだ。
 分かっていたことであっても、はっきりと断言されると複雑な気持ちになった。結果がどうなるにしろ、ボスにあんなにも近いところから裏切り者を出したという事実は隠さなければならない。だが確認の過程で、どうしても調査者の行動が不自然になってしまう。
 その隠れ蓑として、あの『噂』を利用しろと言っているのだ。
 マフィアは綺麗事ばかりではない。分かっていたつもりであっても、湧き上がってくる嫌悪は、誰に向けたものなのだろう。
「この任務は、お前にしか任せられねえ。分かったなら頷け」
「……。」
 重要な任務を託されるのは、実力や信頼からだけではない。
 当事者であることで、情報の拡散を抑えることもできる。
 そして、『噂』によるスケープゴートとしての素質。
「頷け」
「……。」
「……お前にも悪い話じゃねえだろ?」
 なにより、その『噂』を根拠として、蹂躙の許可がそのまま褒美にもなるという、お優しい気遣いからだ。
 促されたので、ゆっくりと頷いてみた。そのとき口元が笑みの形となったことに、自分では気がついていなかった。
「……頼んだぞ。後は任せる」
「……。」
 一瞬小さな影は何か言いたげに顔をしかめたが、結局は何も言わずに話を切り上げた。連れ立ってこの場から出るところを見られるのもまずいため、先に退散することにしたようだ。暗がりの中、遠ざかっていく足音をなんとなく耳で拾う。すると、意外にも早く音は途切れ、小さな人影は振り返った。
「……オレだって、まだ希望は捨てちゃいねえ。アイツが裏切ったと信じたわけじゃねえ」
「……。」
「だから、お前に任せる。お前が限界まで調べて、それでエスじゃねえって結論出したなら、それをオレたちは信じる」
 憤慨したような口調で話した直後なのに、もう気持ちは揺れ動いている。
 それだけ、信じたくないような事態であることは間違いない。
 スパイの頭文字をとり、一文字で『S』。エスという隠語は、あの男に最も似合わない。
 だから、信じない。
 信じないために、疑念を晴らしてやろう。
「……それでも、もし、アイツがエスだったら」
「……。」
 だが聞いたこともないような気弱な声で、小さな影は続けていた。
「そこまでアイツを追い込んだ原因を調べてくれ」
「……。」
「可能なら、その原因を壊してくれ」
 それが無理ならアイツを、と再び口にすることはなく、今度こそ本当に小さな影は暗闇に消えていた。
 











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ここまでだと、何がなにやらなんですけども。
まあ、エスじゃないかって内偵していく話です。
ラブもエロもありますが(笑)。
一応シリアス寄りです。