【お試し版】
『DTG』収録-01. Novel side





■01






 基本的には、酒はあまり嗜まない。
 体質として合わないわけではなく、全く酔わないわけでもない。強すぎず、弱すぎず。必要があれば酒の席にも行くし、多少は飲む。酔って上機嫌になっている連中を、蔑んだりもしていない。
 ただ、純粋に酒のよさというものが分からないのだ。
 飲料としてなら牛乳の方が好きだと言えば、お子様味覚だと笑われた。
 酔わなくても楽しいと言えば、そもそも能天気だからだと呆れられた。
「だからぁ、獄寺ぁ……オレは、ほんとに、お祝いしようと思ってたのなぁ……。」
「分かった、分かったっての、つかそれ二十三回目だ」
 敵に捕まって拷問代わりに大量に飲酒させられるだとか、そういう意味の分からない状況にでも陥らない限り、自分は泥酔したりしない。酒に溺れることはない。精神的な逃避ならばいっそ羽ばたいてしまいそうだし、楽しさを求めるならば酒の力は欲しない。
 ましてや、ずっと大好きだった人と二人でいるときならば。
 酒などなくとも充分すぎるほど楽しいのだから、普段より飲みすぎたり、みっともなく泥酔して半ば管を巻きつつ傍迷惑に絡むようなことはしないと、ずっと信じていた。
「けど、獄寺が……獄寺が、違うって……!!」
「大体そんな噂どこから聞きつけて、しかも何で真に受けて……て、おいっ!? お前、泣いてんのか!?」
「だってぇ、獄寺がぁ……!!」
 しかも、ここは自宅ではない。ボンゴレファミリー御用達とはいえ、市街にある普通のお洒落なバーだった。
 そもそも、二十歳を過ぎてからは嗜みとして酒の席にも誘われるようになったが、必要以上に飲まされることもなかったのは職業柄とも言える。マフィアの幹部である以上、外で飲むことはあまり歓迎されない。警備などがしっかりした邸宅やパーティ、あるいはこの店のように提携して保障された場所以外では、安全上の理由から避けるように通達されている。また一応許可されている場所でも、殺気を察するのが鈍ったり、銃をまともに構えられなくなるほど飲むことは由とされない。ましてや前後不覚になるなど、もってのほかだ。
 酒好きのファミリーなどには嘆いている者もいたが、自分にはあまり関係がないと思っていた。祝賀会などに呼ばれ、注がれれば多少は飲むが、更に自ら足すことはない。自宅などで飲む気にもならない。酔ってしまう前に大抵は苦味に辟易してしまうため、好きではないが弱いわけでもないのだと、勝手に思い込んでいたようだ。
 これではいけない、幹部として示しがつかない。
 理屈は頭をぐるぐると回っているが、なんの実感もなく、素通りするばかりだ。既に酒でふわふわと膨張しているかのような感覚は、身体の自由と、実感を奪っている。唯一思考は回っているのだが、それを解釈する能力が欠落しており、ただこの現状を淡々とカメラで撮影しているかのように認識させているだけだった。
「獄寺が、結婚、しちゃうって、聞いたから……!!」
「だからガセだってもう言っただろうが? なんでそんなに、喜んでんだよ」
 平日の夜、日付も変わりそうな時間のはずだ。本来なら既に閉店の時間だが、自分が一向に動こうとしないため、他の客が帰った後もバーのマスターはカウンターの中に残っている。追い出されないのは、ひとえに自分たちがボンゴレファミリーの幹部だからだろう。気を遣わせてしまって申し訳ないという意識は酔いに霞み、頭の中にはひたすら安堵で満たされていた。
 この店に誘ったのは、自分からだ。誰かを酒に誘うのは初めてだったので、以前他のファミリーの歓迎会をし、自宅からも近いボンゴレ御用達のここにしておいた。結果的に、相手の仕事が長引いて合流も遅れたので、夜遅くまで開いているこの店でよかっただろう。だがこの店だったことで、酒ばかりをがぶがぶと呷ってしまい、こうして失態を晒す羽目になった。
 そんな後悔がまだ実感を伴っていないまま、酒臭い息を大きく吐き出す。
 きっかけは、一週間前だ。直接の部下ではないファミリーの一人から、思わぬ話を聞いてしまった。
『……あ、山本さん。ところで、僕の同期から聞いたんですけど、獄寺さんが婚約したってほんとですか?』
『え』
 なんでも同時期にファミリーとなった友人の友人という女性が、獄寺と結婚を前提に交際していると話していたらしい。最初はもちろん驚いて、自分は知らないと答えておいた。だが気になって何人かに聞いて回ってみると、同じような話がいくつものグループに出回っていると知ったのだ。
「オレ、びっくりしたけど、でも、ちゃんと祝おうって……!!」
「だからそれ二十四回目だぞ」
「友達だから、お祝いしなきゃって、オレ、そう思ったのなぁ……!!」
 信じたくない自分が、最後の悪あがきとして答えを求めたのは、中学時代からずっと親友のボスだ。さりげない世間話のように切り出したが、相当顔は引き攣り、不自然な挙動だったのだろう。
『……山本?』
『あっ、いや、だから獄寺が結婚するって話なんだけど……!?』
『ああ、それか。なんだか凄く広まっちゃってるみたいだね。まあ、なんとなく分かってると思うけど、山本は関わらなくていい話だよ』
『……。』
 お前には、獄寺君の幸せを願う権利はない。
 まるでそう言われたかのように、全身が硬直してしまった。だが当のツナには、批難する様子はない。つまり自分を気遣っての言葉だったのだと察したとき、ますます居たたまれなさが募る。
 きっと、ツナは気がついていたのだ。
 だから、関わらなくていいと心配された。
 呆然としつつも、思考だけは必死に回っていた。とにかく、ツナを安心させなければと思ったのだ。
 自分は大丈夫だ、ちゃんと友人の慶事を祝える度量はある。
 そう示そうと、躍起になった。半分はツナへの虚勢に名を借りた、自分の中での想いの清算だ。
「獄寺、がぁ……とうとう、結婚、しちゃうって、思ったから、オレ……!!」
「とうとう、て言うほどあの妄言女のホラは流され始めて時間経ってねえだろうが?」
「今まで、いっぱい、女の人と付き合ってたから、そのたびに覚悟してたけど、でも……!!」
「いやそれ半分は相手の妄想で半分はオレの見栄だったっていうかっ、おい、山本、もう飲むなって!?」
「……でも、違ったのなぁ」
 手にしたグラスの残りを一気に呷れば、横から制止の声がかかる。だがほとんど聞こえておらず、ほっと安堵を重ねればまた涙が溢れた。
 ずっと密かに想いを寄せ続けていた相手が、結婚すると思い込んでしまった。いまだに邪険にされているし、そもそも男同士だ。友人と豪語しているが、相手からすれば怪しいところである。そんな不確かな関係でも好きで堪らなかった相手が、誰かと結婚してしまうと知ったとき、それを祝福してやるのが義務であり誠意だと自分の中で勝手に決めつけた。
 そうして、悩みに悩み、知人に相談して簡単なプレゼントを用意して酒に誘った。両方とも、半ば口実だ。祝いたいからと誘えば現に訝られたし、酒よりはメシが食いたいとも提案されたが、融通を利かせられる余裕はない。
 なにしろ、叶うと思っていたわけでなくとも、十年以上想い続けた相手に失恋したのである。
 酒に誘い、結婚が決まったことに祝辞を述べる。そして心から祝福しているのだと示すプレゼントを渡すことで、馬鹿な自分が未練を持たないようにしたいという、身勝手な行動だ。
 そのため、そもそも一緒に飲みに行ってくれないのではないかとも危惧していたが、必死の訴えが通じたのか、あるいは単に飲みたい気分だったのか。こうして店に足を運んでくれたのは、本当によかった。ひどく緊張してお祝いを述べた自分に、相当嫌そうな顔をした相手はガセだと教えてくれたからだ。
「ほんと、よかった……。」
「お前、さっきからなんでそんなに嬉しそうなんだよ? オレのこと祝うつもりだったってのと、真逆じゃねえか。そんなにオレに先を越されるのがムカついてたのか?」
 最初こそ、友人ですらない自分には真実を伝えてくれないのかと疑ってしまったが、どうやら本当に自称婚約者の暴走だったらしい。そこまで噂が広がっていると思っていなかったらしい相手は、憤ったまま女性へと電話をかけ、次に嘘をつくと幹部として粛清するとまで脅しをかけていた。腹立たしそうに電話を切り、更に着信拒否までしている様を呆然と見ていれば、やっと納得できる。
 どうやら、もうしばらくは誰のものにもならないでいてくれるらしい。
 そう思うと、嬉しくなって酒を呷った。幸せで堪らなくなってくるのが照れくさくて、更に酒を追加した。安堵して飲む酒は美味く、呆れつつも気が抜けたように普段より構ってくれる相手に幸せを感じた。それが気恥ずかしくてまた酒を重ね、気がつけばこの状態である。一週間前に噂を聞いてから、柄にもなく食欲が失せ、今日に至っては朝から何も食べていない。睡眠時間は取っているが、眠りが浅くて何度も目が覚め実質的には寝不足だ。
 そんな体調で、飲み慣れているとは到底言えない酒を大量に飲んだのがいけなかったのだろう。確実に悪酔いしているという自覚がありながら、気持ちよくて止められない。
「マスタぁ、お酒、追加ぁ」
「……はい、ただいま」
「お前、オレの質問は無視かよ、てか酔っ払いに何言っても無駄か?……オイ、こいつはもうダメだ。水飲ませて帰る」
「……はい、かしこまりました」
 勝手にオーダーを覆され、それにマスターもほっとしているのは気がつかない。閉店時間をとっくに過ぎていることよりも、明らかに飲みすぎな客を心配したのだろう。すぐに差し出された水がカウンターに置かれるが、飲む気はしない。水よりも隣から顔を拭いてくれるおしぼりの冷たさの方が、心地好かった。
「んー……。」
「山本、お前、こんなに泣き上戸だったか? そもそも酒はほとんど飲まないって思ってたんだけど、違ったのかよ?」
 頬を伝うくらいにはこぼれしていた涙をおしぼりで拭いてくれた後、水を差し出される。今度はそれを素直に受け取りながら、尋ねられたことを考えてみていた。
 泣き上戸だったというのは、自分も今日初めて知った。
 酒をほとんど飲まないというのは、自分でもそう思ってた。
「……でも、獄寺が、結婚しねえって言うから」
「お前、ほんと脈絡なくなってるよな。よし、水飲んだら帰るぞ?」
「オレは、ちゃんとお祝いしようと思ってたけど、でも、獄寺が……。」
 二十五回目だとぼやいてから、マスターを呼びつけてカードで清算してくれている。奢られる形になっているとは分からないまま、水を飲めと言われたので、それだけは素直に取り組んでいた。
 アルコールで火照った体に、冷えたミネラルウォーターは心地好い。なのに、飲みにくい。ただ、飲めと勧められたので無理にごくごくと流し込んでいると、急に牛乳が飲みたくなってきた。
「なぁ、獄寺ぁ……。」
 だがそれを訴えようとすれば、また酒を頼むと勘違いされたようだ。まだ煙草は半分くらい残っていたのに、すぐに灰皿に押しつけて消している。そして大きなため息一つをついてから立ち上がると、相手はカウンターの中へと声をかけていた。
「マスター、こんな時間まで悪かったな。愚痴は本部に回してくれ、その方が十代目の耳に入ってこのバカをしっかりと叱ってもらえる」
「いえ、私は構いませんが、山本さんはだいぶ酔われているようですから、お車呼びましょうか?」
「……なぁ、なぁ、獄寺ぁ、オレ、もっと」
「いや、部下を呼ぶから……というか、こいつの家、近いからな。歩かせるから大丈夫だ」
 オレが話しかけたのに、マスターとばかり話していてずるい。
 今日はオレに構ってくれるんじゃなかったのな、と心の中で思っていた言葉が口から出ていることに気がつかないまま、横から近づいてきた体には拗ねてふいっとそっぽを向く。だが強引に片腕を取られると、肩で担ぐようにして椅子から引っ張られた。
「わっ……!?」
「うおっ!? ……この、バカッ!! ちゃんと立てよ!?」
「だ、大丈夫ですか? やはり、お車を……?」
 だが足に力が入らず、そのまま床へと崩れかけたところを、ぐっと支えられた。身長はほとんど違わないが、戦闘専従である自分との差なのか、かなり華奢に見える。だが実はちゃと鍛えられている身体は、一瞬ぐらついたもののしっかりと支えてくれ、また安堵したところでもう一方の手で腰を引き寄せられた。
「ん……!!」
「……お前、色っぽい声出してんじゃねえよ。変な気起こしそうじゃねえか」
 そのとき耳元で囁かれた言葉は、頭に入っていなかった。
 ただ、こうして密着した体温が、心地好くてたまらない。肩に腕を回して寄りかかるのではなく、しっかりと抱きつきたい。酔った頭は自制が効かず、ふらふらと手を伸ばしてしまうが、同時に力も入っていない。あっさりと阻まれて腰を押され、自然と足が前へと出ればようやく二人で歩き始めていた。
 さほど大きくない店舗なので、出入り口まではすぐだ。カランカランとベルの音をさせてドアが自動的に開いたのは、カウンターの中から出てきたマスターが開けてくれたかららしい。
「……獄寺さん、これ、山本さんの荷物だと思うのですが?」
「あ?……おい、山本、そうなのか?」
 どうやら、忘れ物を持ってくるついででもあったらしい。カウンターの下にある荷物置きの棚にあった紙袋を、マスターは手にしていた。店で待ち合わせをし、後から来たためその紙袋の存在を知らなかったらしく、肩を担いでくれている相手は怪訝そうだ。目の前に差し出され、持ち主かと尋ねられる。ぼんやりと潤んだ瞳でなんとか確認をすれば、確かにそれは自分が持ち込んだものと分かった。
「……ん」
「じゃあ持って帰れ、て言ってもどうせ持てえよな。マスター、オレが持つから寄越せ」
「大丈夫ですか? 結構重いようですけど」
 ホールケーキが入っていそうなサイズの箱をファンシーな紙袋に入れているのだが、中身は服や菓子ではないため、見た目の印象より重く感じるのだろう。マスターの言葉に構わないと言って受け取っても、やはり予想よりは重かったようで怪訝そうにしている。だが決して片手で持てないというほどでもなく、ぶつぶつと文句は言いつつ手にしたようだった。
 そうしてマスターに見送られながら、店から外へと出た。
 ここからは本当に二人きりなのだと思えば、酒がなくなったことへの未練はなかった。












ロボの小説は、こんな感じです。
獄寺さんは童貞で!