■恋愛トレーニング






※ヒバリ×了平、獄寺×山本の両方にエロがあるので注意※







「なに、もうへばってきたの……?」
「そ、そんな、ことは……く、んぁっ……!!」
 日も暮れきった応接室には、今日も煌々と明かりが灯されている。普段出入りしているのは、風紀委員ぐらいしかいない。それも、気難しい風紀委員長の機嫌を損ねないよう精一杯配慮されているため、一般の生徒などまず訪れるはずもないのは自然だった。
 そんなこの応接室に、教職員まですべて下校した夜まで風紀委員長以外が居残っているという奇特な状況が始まったのは、ほんの一ヶ月前だ。
『……キミ、こんな時間に部室の前で何してるの』
『おお、ヒバリか!!』
 ほとんど並盛中学を棲家にしているも同然の風紀委員長、雲雀恭弥は、一ヶ月前のその日、特に目的があって校庭を歩いていたわけではない。学校生活ではなく、学校そのものが好きなヒバリにとって、夜の時間はとても大切なものだ。
 騒々しさに不快になることもなく、またヒバリなりの学校の秩序を乱す輩も存在しない。
 静寂に包まれた敷地内は、住宅街の喧騒ともかけ離れて本当に心地よい。
 暑いだの寒いだのという不満こそないが、一応外気の変化は分かるので、梅雨を過ぎた初夏の夜は穏やかな風でも吹けばほのかに涼しい。そこも気に入っている。よく手入れされたグラウンドを音も立てずに歩き回った後は、校舎に近い校庭の芝生へと足を伸ばした。ギュッ、ギュッ、と踏みしめる感触は弱者を叩き潰すときと似ているが、そうすることでより強く、青々しさを湛え、逞しく育つ芝生の方がよほど立派である気がした。
 そういえば、あの男は確かに芝生に似ている。
 不意に脳裏に聞こえた声は別人だが、いつも騒音を撒き散らしてくれる生徒の一人が、三年生の生徒に向かってそんなふうに呼んでいることを思い出した。呼んでいる方は、確か成績という意味ではそこそこだったはずだ。良くも悪くも目立つ生徒の情報は勝手に覚えてしまうので、常に忘れるよう心がけている。だが必要なときにはしまった引き出しから思い出すこともでき、群れている草食動物の一匹かと思っていた異国風の二年生は、実は見る目があったのだと感心しそうになった。
 すぐに心の中だけで撤回したのは、なんとなく癪だったからだ。
 なにかと因縁があるその二年生を認めることではなく、その二年生の方が芝生と呼ばれる男をよく知っている気がしたのが、気に入らなかった。
 この学校を一番知っているのは、自分だ。生徒一人一人に対しても同様である。
 他の多くの生徒のことなどどうでもいいのに、何故かあの三年生に関しては譲るのが嫌だった。そんなことを考えてしまっていた所為か、気がつけば校庭から随分とはずれ、部室の並ぶ一帯へとヒバリの足は向かったのだった。
『僕の質問に答えて』
『ん? ああ、見て分からんか?』
 ボクシング部の部室近くまで来たとき、人の気配を感じたが、期待などはしていなかった。
 いや、何をもって期待するのかと言われればまた困ってしまうが、少なくとも実際に目にするまでは、ヒバリはそこに座り込んでいるのが笹川了平だとは思っていなかった。
 理由は単純で、ボクシング部を含め、部室はすべて明かりが消されて静まり返っていたからだ。部活の時間はとっくに過ぎているので、それも不思議なことではない。むしろ警戒したのは、この初夏の夜の心地よさに誘われ、夜遊びの生徒や全く関係ない町の住人が溜まり場のようにして集まることである。そろそろそんな輩がわいてくる時期か、と内心鬱陶しく思っていたので、部室前に回ったときに了平を見つけたのにはひどく驚いた。
 同時に、安堵したり、どこか胸が弾む気がした自分が解せなくて、殊更固い声で糾してみたが了平の方は気にした様子がない。こういうところが気に入らないのだ、とまた眉間の皺を深めても、相変わらず了平は部室の前で胡坐をかいたままだった。
『……バナナを食べてるように見えるんだけど』
『そう、その通りだ!!』
『そんなに食べたいならサル山に帰ってからにしなよ』
 いまだジャージのままの了平は、傍らにカバンとボクシング道具が入っていると思われるバッグを転がし、何故かバナナを貪っていた。白いビニール袋に皮だけとなったものが突っ込まれているので、今食べているのは最後の一本ということなのだろう。
 だが、どうしてこんな時間に、部室の前でバナナを食べているのか。
 サルだから、という理由が最も妥当な気がして、ヒバリとしては非常に珍しく親切に促してみたつもりだったのだが、当然のように了平には伝わらない。
『オレは動物園のサル山などに用はない』
『そういう意味じゃないよ』
『どうせならばっ、百獣の王、あるいは熊殺しと呼ばれるような凶暴な野生の熊!! 動物園まで赴いて拳を交えるならばっ、それほどの猛者でなければ極限に燃えん!!』
『熊殺しの熊って単なる共食いでしょ、未遂かどうかは知らないけど。大体、動物園にいるなら野生じゃないよ』
『おお、言われてみればそうだな!! ヒバリは風紀委員なだけあって、やはり頭がいい』
 委員ではなく委員長だと訂正したくなったが、あまり区別がついていなさそうだったのでやめておいた。
 なにより、動物園のことをこれ以上話していても、疑問は解決しないと確信したのだ。
 どうして、部活も終わって久しいと思われる時間に、笹川了平はこんなところで一人でバナナを食べているのか。
 すぐに想像したのは、家庭の事情というものだ。だがヒバリが心得ている情報では、笹川家は両親共に健在であり、妹は素行もいい。特に家庭内で不仲だという話も聞かず、きわめて平凡で一般的な家庭のはずだった。部活の後に塾通いをしており、その空き時間に簡単な夕食を取るようなタイプでもない。なにしろボクシング馬鹿なのだし、と思いが至れば、ほぼ回答に行き着いたようなものだった。
『……まだ練習するつもりなの』
『ああ。季節もよくなってきたしな、これからまたロードワークに出るつもりだ』
 部室が使えないのでボクシングそのものの練習はできないようだが、走り込みなど、基礎体力をつける鍛錬にこれから励むつもりらしい。バナナは、そのための腹ごしらえか。分かってしまえばひどく単純なのだが、頷かれると別の疑問がわいた。
『……そうだね。夜風もだいぶ暖かくなってきてるし、軟弱な草食動物があがいてみるにはいい時期になったか』
 なんとなく、この了平ならば、真冬だろうが台風の時期だろうが、むしろ逆境こそ漢をあげるなどと息巻いて練習に励みそうなイメージがあったのだ。それにも関わらず、この季節、つまり夜でもさほど寒いと感じない気温になってから練習を増やしたという発言が、ヒバリの癇に障った。
 先ほど踏みしめた芝生のように、叩きのめされ、リングマットに沈められても、不屈の闘志で立ち上がってくると思っていたのは買いかぶりだったのだろうか。期待はずれだ、と吐き捨てれば、そもそも何を期待していたのかとヒバリは葛藤してしまうことになる。なので、この不快な気持ちを発散させるために、まさに叩き潰してしまおうかと思っていたところで、了平がパンッと胡坐をかいた両膝を叩いていた。
『いや、天気が悪い日に外で練習をすると、京子が心配する』
『……。』
『以前、大雨で視界が悪くなった道路で、スリップを起こした車にはねられそうになったことがあってな。それ以来、天気が悪い日はもちろん、雪の日なども京子が心配するのだ』
 京子とは、確かこの了平の妹だ。幼い頃の因縁などこのときヒバリは知らなかったが、何故か無性に腹が立った。
 やはり、こいつは咬み殺してしまおう。
 そう決意したときに、バナナの皮を入れたビニール袋の口を縛った了平が、すっと立ち上がっていた。
『……なに』
『これ、捨てておいてくれ』
 そして手にした生ゴミ入りのビニール袋を差し出され、ヒバリは相当な苦痛と共に意図を尋ねたのに、了平はひどくあっさりと予想通りの返答をしてくる。
 この男は、どこまで自分を馬鹿にしてくれるのか。
 やはり咬み殺すと無言でトンファーを構えようとするが、了平は動じた様子もない。
『その辺に投げ捨てておくと、お前が怒るだろう?』
『当たり前じゃない』
『だから、捨てておいてくれ。どうせヒバリはまだ応接室にいるのだろう?』
 そこには生ゴミ用のゴミ箱もあるはずだから、という理屈らしい。分かったからといって納得できるはずもないが、不意に思いついたことがあった。
『ヒバリ……?』
『……いいよ、捨てさせてあげる。ただしキミが持ってきなよ』
 応接室のゴミ箱に捨てることは、許可してあげよう。だが自分が持って行ってなどやらないと宣言し、くるりと背を向けば、慌てた様子は見なくとも伝わってくる。
『ま、待てヒバリッ、歩くのが早いぞ……!!』
 足元に置いていた二つのバッグを肩に掛け、了平はバタバタと足音をさせてついてくる。
 その必死さが、どこか心地よかった。先ほどまでは夜の校内に一人きりという静謐を楽しんでいたはずなのに、了平と二人きりなのだと思うと口元が自然と歪んだ笑みを浮かべそうになってくる。
『というかっ、ヒバリ、お前こそこんな時間まで何をしておったのだ?』
 ようやく追いついて横に並んだ了平からの質問を無視し、思いついたばかりの提案をわざとらしく口にしてやる。
『……キミの練習に、付き合ってあげようか』
 すると、一瞬息を飲むような音が聞こえた後、やけに弾んだ調子で聞き返された。
『なに!? そうかっ、ようやくお前もボクシングの素晴らしさに目覚めたのだな!?』
『違うよ』
『遠慮せずともよいっ、オレは、いや我がボクシング部は極限に歓迎するぞ!?』
 そんなセリフを、前にも聞いたことがある。ヒバリ自身が言われたこともあるが、了平が他の生徒、たとえば沢田綱吉などに叫び、しつこく勧誘している場面にも出くわした。
 所詮、強ければ誰でもいいのだ。
 嫌味でもなんでもなく、了平にとってはそれが事実なのだろう。クラブの主将として、理屈は分かる。だが単にやる気のない部活に誘われているからという理由以上にいらついて仕方がないヒバリは、淡々と続けていた。
『僕は群れるつもりなんてない。ただ、キミのその練習熱心さを買って、基礎体力の向上に付き合ってあげようって言ってるんだ』
『おお、そうなのか!! いや、それだけでも充分にありがたい。なにしろ、ヒバリも獲物こそ違えども、極限の強さを持った兵には違いないのだからな!!』
 恩着せがましいことを言っているが、もちろん本心ではない。むしろ、ただ騒々しいだけではない不愉快さを撒き散らしている罪を、償わせてやろうと思っただけだ。
 普段、昼間の校内で騒ぐ連中も、確かにうるさい。だがそれは所詮、ヒバリの外で騒音を立てているだけだ。
『ところで、どんな練習なのだ?』
『……。』
 そんな数多の輩と違い、今も全く警戒した様子もなく横から顔を覗き込んでくる了平は、ヒバリの内側を騒々しくさせる。
 胸の奥がざわつくような、弾んだり、停止したりを繰り返すような落ち着かなさが煩わしい。それをすべて不快感だと決めつけ、どうにか昇華したいとずっと思っていた。もちろん原因である了平には、見かけるたびに叩きのめすという行為にも出た。だがいくら倒されても、了平はヒバリの強さに感心し、次は絶対に負けんと息巻いて全く怯えることはなかったのだ。
 いつしか、そうして了平が再生するたびに落ち着かなさが増していることに気がついた。だから関わらないようにしてみても、逆に了平の周りが見えてきてしまうと、本当の意味での不快感が増す。
『ヒバリ……?』
『……。』
 変わり者だという認識くらいはあったので、きっと了平は校内でも浮いていると思っていた。だが基本的には友達も多く、妹がいることで二年生にも知人が少なくない。やや騒がしいが一本気で女性には優しいということも三年にもなれば知れているようで、女子生徒も比較的普通に話しかけたりしているようだ。
 決して派手に人気者ではないが、普通か、それ以上に社交的で友人も多い。それでいてヒバリにも話しかけてくるのは、その強さに一目を置いているからだ。
 逆を言えば、その強さにしか興味を持たれていない。
『……。』
『ヒバリ、どうしたのだ? いつも険しい顔が、まるでこれから世界戦の軽量に臨むボクサーのようになっているぞ?』
 たとえの的確さはいまいち分からなかったが、厳しい顔つきをしていることは了平に指摘されるまでもなく自覚のあることだった。そのことすら億劫で、軽いため息をつけば、しばらく不思議そうな顔をしていた了平は最初の質問に戻っていた。
『それで、ヒバリ、その練習とはどのようなものなのだ?』
 結局、気になるのはそこか。そんな諦めにも似た感想が胸のうちを過ぎったが、ようやく答える気で口を開けば薄っすらと笑みすら浮かんだ。
『……ああ、主に下半身を鍛えるものだ。キミのスポーツでも、足腰は鍛錬の基本だろう?』
『おお、その通りだ!!』
『それに、肺活量も鍛えられるだろうから、持久力にも繋がると思う。あと強化されるとすれば、メンタルだろうね』
 逆に粉々にされなきゃいいけど、という言葉は心の中だけで続けたので、当然了平には届いていない。かなり歪曲して伝えた効果に、単純に感心しているようだ。
『それは随分と期待できる練習だな!! 外でやるのか?』
『……そういう趣味ならそれでもいいけど、とりあえずは応接室でいいよ』
『うむ、室内トレーニングなのだな!!』
 どうやら応接室にウエイトトレーニングなどの施設があるとでも勘違いしたらしく、了平はひどく嬉しそうにしていた。大方、ヒバリがいつも鍛錬している設備を貸してもらえるなどと思っていたのだろう。
 靴を履き替え、応接室へと二人で足を踏み入れ、まずは了平が持ったままだったバナナの皮入りのビニール袋をゴミ箱に捨てた。担いでいたカバンもおろし、さあトレーニングだと意気揚々としていた了平の唇を塞いだのが、ちょうど一ヶ月ほど前だった。
「ほら、もっと腰振りなよ?」
「や、やっておる……!!」
「今日こそは、僕を先にダウンさせるんじゃなかったの?」
 終わってから呆然としていた了平だったので、さすがに一ヶ月前のあの一夜でこんなことは終わるとヒバリも思っていた。
 だがこんなところでも期待を裏切ってくれる了平は、それから部活がある日は決まって夜にこの応接室を訪れるようになった。夏休みに入った今も、その習慣は続いている。
「どうせ、また先にキミがへばっちゃうんじゃないの?……ほら?」
「うぁっ!? ……ん、く…アァッ、あ、卑怯だぞ、ヒバリ……!!」
 ヒバリが言ったのは、単純なことだ。下肢を覆う衣類を脱ぎ、ヒバリの腰にまたがって振ればいい。何故脱ぐ必要があるのだと不思議そうにしていた一ヶ月前の了平には、本人の荷物から勝手にワセリンを取り出し、後孔に塗りこめた。当然こういったことは初めてで、且つ知識もなかった了平は驚いていたが、これも鍛錬なのだと言い包めた。
 いや、本当に言い包められていたのかは、ヒバリにもよく分からない。ただ無遠慮に中をまさぐるヒバリの指に、了平が今まで見せたこともないような顔をしていたので、興奮した。ひどく動揺していると分かる了平に、自らの腰を跨がせ、軽く扱いた自らのモノをその後孔で飲み込ませるということに夢中になってしまったのだ。
 今も繋がったまま随分と経つそこからは、ワセリンだけではない白濁した液体も混じって、グチュグチュと卑猥な音を立てている。今日こそは先に失神しないと宣言して応接室にやってきた了平だったが、ヒバリが一度出す間に二度出している。意識があるうちは了平のモノに愛撫を加えてやることはしないので、たった一ヶ月でよく慣らされたと感心してやるべきだろう。
 ソファーに座るヒバリの腰を跨ぐようにして向かい合っている了平は、そろそろ腰の動きが鈍くなってきていた。息も荒く、薄手のシャツには汗がにじんでところどころ透けている。既に真夏が近いこともあって暑いのは事実だが、全身を紅潮させているのは間違いなくヒバリとのこの行為、いや、『練習』だ。
 腹筋、背筋、及び大腿部の筋肉を鍛えるのだと適当に説明し、ヒバリのモノを後孔で咥えこんだまま腰を上下させていたのだが、もう限界が近いらしい。わざとらしく煽るように下から突き上げてやれば、驚いただけではない声が甘く漏れて、それだけでヒバリは了平の中に埋め込んだモノがズクリと熱くなる気がした。
「オレ、は……まだ、まだ、極限に……ん、あぁっ、ク…アァッ……!!」
 挑発すれば意地になって腰をまた持ち上げようとしているが、ほとんどそれは叶っていない。もちろん練習後なので体力がないということはあるのだろうが、根本的に快楽に弱いのだろう。経験のなさや、先天的な素質だけでなく、肉体の感受性が強すぎるのだろう。頭で感じない馬鹿だとも言えるが、そういうところは実は気に入っている。今も、既に二度出しているのに腹につきそうなほど自らの性器もそそり立たせている了平に、ヒバリは呆れた様子を見せつつ両手を腰へと伸ばしていた。
「いい加減、降参しなよ?」
「クッ、誰が……オレは、この程度で…んぁっ、あ……!!」
「……諦めて、肺活量を鍛えればいいだろ?」
 いかにも妥協を促す親切かのようにそう言えば、了平が少し動きを止めていた。考える素振りで黙られると、小刻みに上がる熱っぽい息がやたら耳について、また煽られて仕方がない。
 だがしばらくそうしていた了平は、やがて頷くとヒバリの両肩へと乗せていた手をゆっくりと黒髪へと差し込んできていた。
「……それも、そう、だな。ああ、そうする」
「まあ、いいけど」
 繋がる動作は、下半身の強化のため。
 こうして唇を塞ぐのは、肺活量を鍛えるため。
「んんっ……んぁっ、ふ…ん、んー……!!」
「……。」
 どこまで信じきっているのか、了平はこの『練習』をそのまま受け入れている。
 今もしっかり教え込ませたとおり、唇を合わせた後、すぐに開いてヒバリの舌を受け入れる。キスに応じる技術はなくとも、息苦しいことには変わりないため、まるで高地トレーニングだなと感心していた了平をヒバリは心底馬鹿だと思ったものだ。
 そうしてキスを重ねながら、両手で掴んだ了平の腰を乱暴に揺さぶり始めれば、弾けるまではあっという間だ。
「んっ、んぁっ…ア、あぁっ……ん、ヒバリッ、オレは…ク、あぁっ……!!」
「ああ、また負けるね……?」
「くそっ、オレは……んぁっ、ア、あぁっ……!!」
 負けず嫌いなことは、知っていた。
 ボクシングに打ち込むあまり、特に色事に関して疎いどころではないことも、想像がついていた。
 だからこんな冗談が成立していると分かっていても、どこか虚しい。罪悪感だけは微塵も感じないのは、原因も結果もすべて了平が担っているからだ。
 今もキス、いや、肺活量を鍛えるためのトレーニング方法である唇を合わせるという行為をすぐに中断させ、ヒバリが揺さぶってくる腰の動きに了平は息を乱す。だが、心は乱さない。少しくらい揺れるとしても、せいぜいまたヒバリに『練習』で負けそうだという、その程度の認識だ。
「ヒバリッ、ヒバリ……!!」
「……。」
 快楽が育てば育つほど、了平の顔は歪んでいく。負けるのが悔しいとばかりに、しかめられていくのだ。実際に息が上がり苦しいのも事実だろうが、なにより射精するくらいなので快感の方が大きいはずだ。
 それにも関わらず、今も泣き出しそうなほど歪められた表情に、所詮はトレーニングでしかないと思い知らされる。
「うぁっ…あ、ヒバリッ……オレ、は、もぅ……ん、クッ…ああぁぁっ……!!」
「クッ……!!」
 下半身や、肺活量は、鍛えられているかもしれない。
 だがメンタルを鍛えさせられてるのは自分である気がしただけでも不愉快で、ムキになって中を抉り続ければ鼻にかかったような息を漏らして了平は三度目の精を放っていた。つられるように、こちらは二度目の精を中に叩きつけたヒバリだったが、ぐったりともたれかかってきた了平の扱いにいつも困ってしまう。
「ん……。」
「……ほんと、キミは馬鹿だよ」
 意識が混濁している相手など、さっさとソファーから突き落としてしまえばいいのだ。
 そうと分かっているのに、何故だかそれができない。むしろこうして意識がまずない了平を抱きしめることが、いつのまにかこの『練習』の自分にとっての最大の成果になっているとは気がつきたくなかった。






 夏休みに入った並盛中学の校舎内は、昼間でもいつもより随分と人が少ない。それでも全くの無人になるはずもなく、部活や補習などで登校している生徒もそれなりにはいるのだ。
「なあ獄寺ぁ、オレ、もう動けねえ……。」
「バカッ、ここにきてかよ!? というか、テメェが全部自分がやるからヤりてえとか駄々こねて始めたんじゃねえかっ、このバカ……!!」
 だが部活でも補習でもない用事で、夏休みの校舎の一画にとどまっている生徒が二人、この教室にいた。実を言えば、二人のうちの片方は、補習のために登校していた。もちろん一学期の成績がひどかったからなのだが、担当の教師もこの暑い中数人の生徒のためにわざわざ授業形式で補習を行うのは面倒だったらしい。
 終業式の日に数枚のプリントを渡され、補習はこの中からテスト問題を作って行うと宣言されたのだ。つまり、補習の初日にテストでいきなり合格すれば、そこで終わりである。補習というよりは追試に近いこの方式を、対象となった生徒は喜んで受け入れた。当然、渡された数枚のプリントをしっかりと予習していこうということになったのだが、そこで一つの問題が生じた。
「だって、せっかく……夏休み、最初に、学校で獄寺に会えて……。」
「あ、ああ……?」
「ツナが、まだ補習受けてっから……時間、余って。獄寺と、いるのに……!!」
 補習がなかった方の生徒は、もちろん獄寺隼人だ。いつもつるんでいる二人である沢田綱吉と山本武は、当然のように補習だった。だが追試される問題は分かっているのだから、補習の初日に合わせて勉強させておけばいい。そう思ったのだが、家族の用事があるツナと、野球部の練習に勤しむ山本ととでは、なかなか一緒に勉強できる時間が取れなかった。
 そこで、ツナの家庭教師であるリボーンと獄寺は相談し、分担することにした。無駄だと分かっていても獄寺がツナの担当を志望したのは、単なる右腕としての忠誠からだけではない。野球部の練習が終わってから獄寺の家に転がり込み、勉強を見てもらうのだという口実でお泊まりもできるという状況に、山本がはしゃぎすぎて予習どころではなくなるという切実な予感があったからだ。
「でもっ、昨日も散々しただろうが!!」
 実際にそれは現実となったので、正直プリントもなんとか一度解かせただけで今日を迎えることになった。獄寺としてはひどく不安だったのだが、こんなときばかり山本は集中力を発揮して補習最初のテストであっさりと一抜けしてしまったのだ。
 それならそれでもよかったのだが、どうやら昨日ランボが暴れた所為でリボーンが機嫌を損ねたらしく、ツナは予習が中途半端だったらしい。おかげであと二問というところで合格点に届かず、今は教師と一対一でテスト問題の解説を受けている。
「だって、あれは……獄寺の、家だったし……。」
「そうだけどよ、でも昨日っていうかむしろ今朝方までテメェ……!?」
「学校だと、いっつも、人が来るからって獄寺あんまりしてくれねえし……。」
 だからしたくなったのだと甘えるように抱きつかれても、筋力に差がある山本の腕はめきめきと獄寺の上体を折ってしまいそうだ。とにかく痛いので放せと獄寺が暴れても、すっかりのぼせている様子の山本にはあまり聞こえていないらしい。
 確かに、今この教室には自分たちしかいない。ほんの数十分前までは補習のテストを受けている生徒が何人かいたのだが、多くの者、正確にはツナ以外は合格してしまったのでさっさと帰った。教師もクーラーが入らない一般教室では長々と授業をしたくなかったようで、特別教室の一つを借りてそこで行うと移動したのだ。
 この後はツナを含めた三人で遊びに行くという約束をしていたので、当然のように獄寺は山本とこの教室で待つことにした。すると、夏休みで校舎内にほとんど生徒はおらず、今日は山本も部活はない。しかも獄寺と二人きり、という状況がいけなかったらしい。したいと言い出した山本には呆れてみせたものの、内心獄寺も胸が弾むものがあった。一応、今朝まで頑張っていたので疲れていると言ってみれば、自分が全部するからと山本が請け負ってくれたので始めてみたが、繋がって数度腰を揺らした程度で山本はもうこんな調子だ。
「なあ、獄寺が動いて……。」
「ったく、この、バカ……!!」
 元来、体力はあっても快楽に従順な山本は、獄寺としていると落ちるのが早い。他の者と経験がなかったらしいので当然なのかもしれないが、いわゆるマグロ体質なのは間違いない。さすが寿司屋の息子と投げやりな感想を抱かせるそんな山本に、まださして技術も教え込んでいない段階で最後までできるはずなどなかったのだ。
 なんとか懐く腕を緩めさせた獄寺は、呆れた様子を見せつつも半ば予想通りだった。正直、甘えられるのも嫌いではないので、若干面映い。自営業の父子家庭に育ったためか、山本は基本的には自立している。自分でできることは、自分でやるタイプだ。できないことだけ人に任せるため、誰かを頼りにしないわけではない。
 だが、甘えられるのはそれとは違う。一人っ子で寂しがり屋という、普段の生活ではまず表に出ることのない山本の性質が、唯一獄寺に対してだけ発揮されるのだ。どちらかといえば、獄寺が山本に対して苛立つ部分が多いのは、誰にでも均等に優しく笑顔を振りまく点だった。馴れ馴れしさも、最初の困惑さえ過ぎれば、単に平均的な対応をされているだけだと気がついた。そこからはもう、嫌悪と焦燥の繰り返しで、手酷く山本を拒絶しては、距離を置かれることにまた腹を立て、強引に引きずり戻しては近づいた関係に戸惑って手荒にしてしまう。
 山本にしてみれば、獄寺は随分と気分屋に見えていただろう。だが獄寺にしてみれば、そこまで自分を動揺させておきながら、いつもニコニコと嬉しそうに構ってくる山本の方がよほど変わり者に見えていた。
「なあ獄寺ぁ、オレ、もう苦しいのな……!!」
「こっちだって中途半端に煽られて苦しいっての……。」
「あと獄寺、チュウしたい、獄寺、チュウ……!!」
 結論から言えば、自覚はなくとも好きだったかららしい。
 奇遇にも、獄寺も山本もそうだった。分かってしまってからも葛藤が大きかった獄寺に対し、山本の方は何故かストンと納得してくれた。悪あがきせず受け入れた分、あれこれ理屈をつけて主導権を取りたがる獄寺と対立するでもなく、素直に足を開いてくれている。
 おかげで、随分と甘えてもらえるようになったものの、身体能力という意味ではやはり及ばないのが、獄寺の目下の悩みだ。それでも、正直すぎる分あからさまに求められると、惚れた弱みなのか強くも出れない。せめてもの抵抗で、もう一度深いため息をついてみせ余裕ぶってから、獄寺は腰を跨いで座る山本の背中をしっかりと抱き寄せてやった。
「んー……!!」
「バカ、唇尖らせなくていいって教えただろうが……。」
 苦笑しつつもまずはチュッと音を立てるキスを贈り、山本が嬉しそうに口を開いたところで舌を滑り込ませる。
 そのまま口内へと舌を差し入れ、たっぷりと唾液を絡めるキスに獄寺もまた夢中になっていたと直後に思い知らされるのは、バタバタと響いていたはずの足音に全く気がつかなかったからだ。
「……沢田はおるかーっ!!」
「!?」
「あ、笹川先輩」
 パーンッと威勢よく開け放たれた教室の後ろのドアの向こうに見えたのは、クラスメートの笹川京子の兄、了平だ。リボーンが目をかけていることからもいろいろと交流はあるのだが、自分たちがこういう関係だと説明しているほどの仲ではない。だがそもそも獄寺たちは教室の後ろにあるロッカーに背を預けるようにして床に座っていたしていたため、廊下に立つ了平の位置からは何も遮る物がなかった。
 驚いて思わず唇は外したので、キスは見られていないかもしれない。だが完全に下半身が繋がったままの状態で、ひどく焦る獄寺に対し、山本はどこか平然と受け答えしていた。
「ああ、えっと……ツナは、補習の場所、移動になっちまって。ココには、いねえのな……。」
「そうだったのか。いや、京子から伝言を託されているのだがな、どうしたものか……。」
 さすがにまだ中に獄寺のモノが埋まったままなので若干たどたどしいものの、山本の返答は妥当だ。オレと繋がっていてまだそんな余裕があるのか、と悔しく思わない気持ちがなくはないが、今は黙しておく。どうも、了平は気がついていない様子なのだ。男同士の行為だからということではなく、純粋に視野が狭いからだろう。そんな失礼なことを考えてぐっと押し黙っていた獄寺に、するりと両腕を獄寺の首へと回してきた山本が、ひどくあっさりと返していた。
「んーと、オレが獄寺とエッチ終わってからでいいなら、伝言……預かって、伝えても、いいけど……?」
「ハ?」
「バカッ、このバカ!? せっかくあの芝生ヘッドが気がついてねえ様子だったのに、なに自分でバラしてんだよ!?」
「んっ、獄寺ぁ……?」
 意識ははっきりしていると思っていたが、どうやらそうではないらしい。いや、たとえ何をしていなくとも、山本はどうも禁忌観などが人とはズレがちなので、うっかり口を滑らせていたかもしれない。
 これは一度しっかりと躾ける必要があるだろう。だが、どちらにしろ今はもう了平に言ってしまったのだ。せっかくの奇跡で気づかれていなかったのにと焦る獄寺にも、山本は早く続きがしたいとばかりに両腕を回して懐いてくる。押し返したいのについ抱き返しそうになり、獄寺は自分の甘さにも眩暈がする。なにより、ポカンとした様子でこちらを眺めてくる了平の視線が居たたまれず、ここはもう恋人たちの情事を邪魔するなと追い払うつもりでギッと廊下を睨んだ獄寺の前で、了平がポンと手を叩いていた。
「……おおっ、そうか!! 山本もその練習方法を取り入れたのだな!!」
「ハ?」
 得心がいったとばかりに叫ばれた内容には、今度は獄寺が怪訝そうに聞き返してしまった。
 すると了平は、他人の情事を目撃してしまったという気まずさや羞恥といったものは無縁の表情で、淡々と続けてくる。
「足腰などの下半身の強化、それに肺活量のアップで持久力の向上も見込める」
「なに言ってんだ、芝生ヘッド……?」
「メンタル面の鍛錬というのはいまいち分からんが、そういう効果が見込める画期的な練習法らしいな。山本も、種目は違えどもスポーツを嗜む同志、いつからその練習法で励んでいるのだ?」
 どうやら、この繋がる体勢でおかしな解釈をしてくれたらしい。だが獄寺がこれ幸いと便乗しなかったのは、いくら了平が色事に疎かったとしても、目の前の光景を理解できないのならばともかく、ここまで明確な誤解を思いつくとは考えにくかったのだ。
 つまり、そうだと了平に教えた誰かがいるのだ。それが誰だか知りたくないと心底思ったのに、軽く拳を握った了平はどこか誇らしげに宣言していた。
「ちなみにオレはっ、ヒバリと共に約一ヶ月前から週に約四回のペースで鍛錬しているぞ!!」
「週四て少なくねえか!? いや、四日て意味なら逆に多いのか!? いやそうじゃなくて、なんでヒバリと、というかそもそもこれが練習法ってどういう……!?」
「しかし、練習中とあっては邪魔をするのは忍びないな。沢田はまだ校舎内で補習中なのだな? ならば適当に探し出して、京子の伝言は伝えておく!! トレーニングを中断させて悪かった、山本、極限に励めよ!!」
 タコヘッドも練習に付き合ってやるとはいいところがあるではないか、見直したぞと爽やかな賛辞を残し、了平はいたわりなのか教室のドアだけは閉めて去っていってくれた。
「な、なんなんだ、アイツ……しかも、ヒバリと、て……?」
 了平の廊下を走る足音が遠ざかれば、また教室内はシンと静まり返る。安堵はしたものの、獄寺の中には解せない疑問が当然残った。それを思わず口にすれば、やけに響く気がする。
 なにしろ、この教室は静かなのだ。
 自分一人でいるわけではないのに、もう一人が途中から全く口を開かなくなったからだと薄々勘付いていた獄寺は、ようやく開かれた薄い唇から聞かれた言葉には背筋が寒くなった。
「……これ、エッチじゃなかったのな」
「なっ……!?」
「ただのトレーニングだったのな」
 オレ知らなかった、と呟く山本は、俯いていた。だが、泣いてはいない。むしろ目は据わりきっていると見なくても分かった獄寺は、繋がったモノが萎えるどころではない恐怖になんとか打ち勝ち、背中へ回していた両腕でギュッと山本を抱きしめた。
「バカッ、なに芝生ヘッドの勘違い真に受けてんだよ!?」
「……だって、獄寺、オレのこと育てるってよく言うし」
「だからそれは快感をとか技術をとかそういう調教という意味であってというかっ、だから山本、違うってのバカ!!」
 抱きしめただけでは信じてもらえなかったので、獄寺は繋がったまま山本を床へと押し倒す。頭を打たないように気をつけてなんとか仰向けにさせ、両腕を背中から抜いてパンッと顔を挟むように頬に触れた。
「んんっ……!!」
「……なんでオレの言う方を信じねえんだよ。ちゃんと好きだって言っただろうが」
 正確には、相当ねばられたときに一度だけ認めたに過ぎない。それでも、生来素直でない獄寺にしてみれば、最大限の譲歩だったのだ。今も、ずるいとは分かっていても、体勢を変えたことで抉る角度も変わり、山本が感じ入ったような声を漏らしている間に早口で告げてみる。
 聞きそびれてもう一回と言われるのも困ると思っていたが、どうやらその心配はなさそうだ。むしろはっきりと耳に届いてしまったらしい山本に、少しの間惚けられた後、ひどく嬉しそうにはにかまれてしまった。
「……うんうんっ、そーなのな!! オレも獄寺が好き!!」
「わ、分かればいいんだよ、て、バカッ、また締め上げてくんな……!?」
「じゃあ獄寺、エッチ再開してほしいのな!!」
 誤解が解けたのはいいが、再び背骨が折れんばかりの勢いで抱きしめられると純粋に生死の恐怖が伴う。だがあまり獄寺を抱きしめすぎると続けてもらえないということはいい加減学んできたのか、ほんの少し腕を緩めた山本に、ニッコリ笑って告げられていた。
「これがトレーニングとかじゃねえってこと、いっぱい、教えてほしいのな?」
「……ああ」
 夏休みとはいえ、昼間の教室ではいつまた人が訪れるとも限らない。だから一回しかしないのだとあれだけ念を押したにも関わらず、山本の中では『一回』が『いっぱい』に摩り替わっている。
 もちろん指摘し、一回しかしないと繰り返すこともできた。だが了平のおかげでおかしな疑問がまだ払拭しきれていないと思われる山本に、ここで回数を重ねなければますます不安がらせてしまうだろう。
 惚れた弱みと言えばまだ聞こえはいいかもしれないが、凄まれると純粋に怖い。
 山本としては単に深刻になっているだけなのかもしれないが、時折戦闘時に豹変する鬼神じみた横顔を思い出せば、竦んでしまって当然というものだ。
「獄寺ぁ……?」
「い、いやなんでもねえって? ちゃんとコレがセックスだっての、教えてやっからな?」
「ん……ん、あっ……!!」
 そもそも、こちらは仲睦まじく勤しんでいただけなのに、邪魔してくれたのは向こうなのだ。
 実際にドアを開けた了平よりも、その了平におかしなことを吹き込んだと思われる相手に獄寺の怒りは向けられるが、それも山本と唇を合わせるまでだ。真夏の足音も近づく気温より、ずっと熱く交わり始めれば獄寺も山本だけに満たされていく。抱かれる側の山本はとっくに獄寺だけで満たされていろいろ溢れそうになっており、これをセックス以外のなんと呼ぶのかと思ったものだった。






「……で?」
「だからっ、テメェが変なことあの芝生頭に吹き込んだ所為で……!!」
「あーっ、やっぱりクーラーあると涼しいのな!! あ、そこのオッサン、麦茶くださーい」
「草壁、相手にしなくていいから」
「は、はい……!?」
「いや麦茶くらい出せよ、オレたち客だぞ?」
 あと彼ああ見えてキミたちと一つしか違わないから、と続けてみたが、この騒がしい訪問者たちは聞いていないようだった。
 時期は夏休みに入って数日というところだが、ヒバリにとっての日常はあまり変わらない。いつものように応接室であれこれと学校のことを思案していたところに、騒々しい二人が現れたのだ。相手をするのも鬱陶しかったので草壁に追い払うよう命じたが、その際に外国人風の容貌をした方、獄寺が気になる名前を持ち出した。
 曰く、笹川了平のことで話があるらしい。
 癪ではあるが、無視はできなかった。了平がこの二人と、今はいないようだが沢田綱吉と赤ん坊を含めた連中とでつるんでいることぐらいは分かっている。今日はボクシング部の練習がある日なので、そろそろ登校していてもおかしくない。まさか遭遇し、なにかしらのことを聞き及んだのかと勘繰ったが、どうやらこの嫌な予感は外れていないようだ。
「確かに、招かれざる客だよね。だったらご期待どおり、咬み殺してあげようか」
「あははっ、そんなに機嫌悪くしなくてもいいだろ? オレたち、麦茶飲んだら帰るし」
「バカッ、麦茶だけで帰るワケねえだろ!?」
「そもそも麦茶は出さないよ」
 ちなみに、怒鳴り込んできた割には、この二人も意思の疎通は取れていないようだ。元々、他人に興味がない自分にも、特にこの山本武の方は悪い意味での独特の雰囲気があることは察している。人の話を聞かず、無視しているのではない。聞いているのにどこか反応がズレており、会話をしていると不愉快というより気持ち悪くなる。かといって、常に怒鳴り散らしている印象しかない獄寺隼人の方は、校舎の倒壊件数がダントツなので、いい印象があるはずもない。早く追い返したくて仕方がないのにいまだそれができないのは、結局笹川了平に関して何の話があるのかということに言及されていないからだ。
「……どうぞ」
「ああ、オッサン、サンキュ!!」
「だから草壁、出さなくていいって言ったじゃない」
 とにかくイライラが募っていると、年齢不詳疑惑を払拭されていないらしい草壁が、そっと二人分の麦茶を出していた。一応咎めることは口にしたものの、本音ではさっさと麦茶を飲ませて咬み殺したかったのでちょうどよかった。草壁はできるヤツだと感心することでなんとか気持ちを落ち着けようとしたのだが、麦茶には手をつけない獄寺がいきなり切り出す。
「だからよ、ヒバリ、お前トレーニングだなんだって言って、芝生頭に手ぇ出してんだろ?」
「……。」
「あ、オッサン、麦茶おかわりいいっスか?」
 繊細な話題だという意識はあるのか、神妙に切り出した獄寺の横で、麦茶を一気飲みした山本があっけらかんと図々しい要求をしていた。それに押し黙ったのは、怒りより呆れが大きかったからだ。嫌味を口にするのも億劫なほどの、山本のこのマイペースさは何なのか。普段は一番冷静なリボーンか、動揺していてもはっきり主張するツナと会話をすることが多かったのであまり気にならなかったが、山本の性格はこれで許されているのだろうか。
 純粋に疑問で思わず眺めていれば、もういろいろと諦めたのか草壁が麦茶のおかわりを用意しようとしている。だがそれより先に、ソファーで横に座っている獄寺が、何故か気まずそうに口を開いていた。
「……こ、このバカのことは気にすんな? ちょっと自由すぎるだけだ、そこも可愛いから見逃せよなっ、ヒバリ!?」
「可愛いって、キミ、その目はガラス玉なの?」
「あははっ、獄寺の目って、緑色のビー玉みたいでキレイなのな!!」
「バカッ、せめてそういうときのたとえはサファイアとか翡翠とかっ、いやもういいからテメェは黙ってろ!! ほら、オレの麦茶もやっから、な?」
「ん? うんうん、そーなのな!!」
 獄寺サンキュ、と笑って礼を言った山本は、獄寺が差し出した麦茶をもらって嬉しそうに飲んでいた。せっかくおかわりを用意していた草壁が困ったように立ち尽くしているが、どうせ二杯目も飲み干す勢いなので無駄にはならないだろう。だがどうしてこんなやつらに麦茶を三杯も飲まれなければならないのかと思えば気が重くなってくるので、できるだけ早く会話を終わらせて咬み殺そう。
「笹川了平のことだけど、そうだとしたら、何なの? キミたちには関係ないことじゃない」
 単に関係を持つだけでなく、それをトレーニングの一環と称していることまで知っているならば、本人から聞いたに違いない。了平はあの性格なので、特に口止めをしていたわけでもないことは簡単に話してしまうだろう。
 だからこそ、どういった趣旨で了平があの件を獄寺たちに話したのか、そこが重要になってくる。
 単に、世間話の延長で聞き及んだこの二人が、確認にきただけなのか。
 あるいは、騙していると察して、友情厚く忠告にでもきてくれたというのか。
 どちらであっても不愉快であるし、さっさと咬み殺してしまおう。それでもまだぐっと堪えているのは、もしかすると了平がこの二人に相談し、助けを求め、憐れんだ末の仲裁かもしれないと思ってしまったからだ。
「関係なくはねえよ、おかげでもう被害は出てんだ」
「へえ……?」
 順当なところで、これは自分と了平のことなので首を突っ込むなと牽制してみたが、獄寺はあっさりと否定する。しかも、被害などと言い出した。どうもマフィアごっこと称してつるむことも多いらしいので、了平もそちら側という認識なのか。
 獄寺の思い込みならば叩きのめすだけでいいが、了平からの要請だった場合はどう切り返すかと思案していたヒバリは、大きくため息をついた獄寺が一瞬何をしたのか理解できなかった。
「……あ?」
「ん、獄寺?」
「こいつがバカだってのは、ヒバリもなんとなく察してんだろ? 変な口実で芝生ヘッドを手篭めにしやがってっ、おかげでオレまで疑われてこのくそ暑い中クーラーがねえ教室で三回もせがまれて大変だったんだぞ!?」
「獄寺? 獄寺ぁ? あ、抱っこ?」
 そう憤慨してる獄寺は、何故か片腕でしっかりと山本の腰を抱き寄せていた。それに、三杯目の麦茶を飲んでいた山本も不思議そうにしていたが、やがて『抱っこなのな!!』と嬉しそうに叫ぶと、テーブルにグラスを置いてから両腕でギュウギュウと獄寺に抱きついていた。
 ……なんなの、こいつら。
 目の前で繰り広げられる暑苦しい光景が、理解できない。群れているという表現より、もっと密着している気がする。これではまるで、と不可解な思考が嫌な結論を出してしまいそうになったとき、いつの間にか斜め後ろに控えていた草壁が低く呟いていた。
「……この二人は、そういう関係なのではないかと」
「草壁、僕が敢えて考えないようにしてたのに決定打を出さないで」
 それは失礼致しました、とすかさず離れる草壁は、それでも間違っているとヒバリは思っていた。
 そういう関係とは、いわゆる恋人同士のようなものをさしているのだろう。ヒバリですら、一瞬疑ってしまった。だが恋人関係とは、恋愛感情という不確かなものを根拠に、ただでさえ弱い草食動物が更に依存の対象を見つけて周囲への警戒感が薄れさせるものだ。
 断じて、今向かいのソファーで、山本から獄寺がサバ折りにされそうになるような状態ではない。そう安堵し、ヒバリはいつの間にか自分にも出されていた麦茶を一口飲んだ。
「……まあ、キミたちがどういう関係だろうが、僕と笹川了平の件に口出しする資格はないよ。言いたいことがそれだけなら、さっさと帰ってくれる?」
 よく分からないが、やはり聞き及んでお節介に来ただけなのだろう。そう解釈することにしたヒバリに、ようやく山本から腕を外してもらえた獄寺が、やや咳き込みながら声を荒げていた。
「か、帰るわけねえだろっ、まだ言いたいこと言ってねえ!!」
「そうなの?」
「そーなのな!! あ、オッサン、獄寺にも麦茶ください」
「……草壁、さっさと出してさっさと帰らせて」
「はい、分かりまし……。」
「だからオレは麦茶はいらねえっての!? そうじゃなくて、ヒバリ、テメェ芝生頭のことが好きなんだろ!?」
 やはり麦茶を飲みにきただけかと思ったのだが、どうやら獄寺の方はこれが言いたかったらしい。
 やけに意気込んで、まるで鬼の首でもとったかのようにビシッと指まで差されたが、ヒバリにしてみれば不可解以外の何物でもなかった。
 好きだとか、嫌いだとか、そんな感情の存在までも否定する気はない。
 自分にしたところで、学校は好きだし、夜の静寂を好ましくは思っている。だがよほどのことがない限り、人間相手に嫌うというところまで感情がいかない。一瞬いらついてそのまま咬み殺せば、憎悪など抱く間もない過去となるからだ。ましてや好意的な方向で興味を持つとしても、せいぜいツナといる赤ん坊が興味深いという程度までなのだ。
 それなのに、この校内器物破損率一位の生徒は、何を言っているのか。
 あまりに予想外のことを言われると無意識に笑ってしまうという人間の性質を、ヒバリは初めて実感した。
「ヒッ……!?」
「あははっ、ヒバリ、楽しそーなのなっ」
「バカッ、あれ楽しくて笑ってんじゃねえだろ、いやもしかしたら隠し通してきた秘密暴かれた気分でオレたちの惨殺死体想像してニヤついたのかもしれねえけどよ……!?」
「……話は、それだけ? あまりの妄言ぷりに、さすがの僕でも呆れちゃった」
 笑顔を向けるなどという奇特なことをしていたと気がついたのは、向かいのソファーに座る山本があっけらかんと笑って何故か手を振ってきたからだ。ちなみに横の獄寺は、顔を引き攣らせてやや涙目になっている。その差異を自らの中で検証することもないヒバリは、すっと立ち上がると応接室のドアを示した。
「今回は、見逃してあげる。僕がキミたちの荒唐無稽さを憐れんであげているうちに、さっさと帰りなよ」
 これ以上の会話は不愉快だと暗に滲ませ、丁重にお帰り頂く。心の中ではもう少し固辞してくれて、自業自得だと指摘しながら咬み殺したかったのだが、そうはならないようだ。
「だからっ、オレたちはあの芝生ヘッドに……!?」
「なーなー、獄寺? それにしても、ツナ遅すぎねえ?」
 まだ補習終わってねえのかな? と続けた山本の言葉で、ハッと気がついたように獄寺は応接室内の時計を見上げている。
「……確かに、遅すぎるな。多少長引いたにしても、本来終わる時間よりもう一時間近く経ってるし」
「もしかしてツナ、教室に残してきた伝言に気づいてねえのかも? だったら探した方がよくね?」
「そうだな、いくらここはクーラーが効いてるからって、十代目がさまよってらっしゃるんなら飛び出してでもお探ししねえと!!」
 どうやら山本は麦茶が目当てだったようだが、獄寺はクーラーで涼みに来ていただけらしい。
 つくづく迷惑な連中だと嫌気はさすが、ようやく二人ともソファーから立ち上がってくれたので後は無視することにした。
「邪魔したなっ、ヒバリ!! さっさと白旗揚げて芝生ヘッドに伝えねえと、取り返しがつかなくなるかもしれねえぞ?」
 そういう有難いご忠告をして下さるという目的も、獄寺にはあったようだ。せっかく無視しようと思っていたのに、神経を逆撫でされれば言い返さずにはいられなくなる。
「それはキミの経験から?」
「バ、バカッ、オレは間に合ったんだよ!? というか別にトレーニングだとか誤魔化して山本をヤってねえ!!」
「うんうんっ、そーなのな!! オレ、いきなり何の説明もなくされちゃったのな!!」
「それはそれで褒められることじゃないじゃない。偉そうに胸張らないでよ」
 相変わらずあっかけらかんとしている山本と、その山本が口を開くと分が悪そうな顔つきになる獄寺に、一つ弱みを握った気にもなった。気に入らなければ咬み殺せばいいのだが、それすら面倒なときはこの方面を突いて黙らせよう。そんなことを思っている間に、山本の腕を掴んで獄寺は応接室のドアへと引き摺っていく。
「バカッ、山本、そうじゃなくてお前からもなんか言ってやれよ……!!」
「んー……?」
 自分では敵わないとようやく気がついたのか、獄寺はそれでもドアを開ける前に山本にそう促していた。
 何を言われようが、ヒバリは動じない自信がある。誰からあの関係を詰られたとしても、所詮は当事者ではない者の弁など、響くはずがないのだ。
 そう思い悠然と構えていると、獄寺の言葉でしばらく考える素振りを見せていた山本は、やがて振り返るとニッコリと笑っていた。
「オッサン、麦茶ごっそさんでした!!」
「あ、いえ……!?」
「……動じないつもりだったけど、ここにきて草壁への謝辞だったことはさすがに僕でもビックリしたよ」
「バカッ、このバカッ、山本、そっちじゃなくてヒバリにだろ!?」
 山本は確かにバカのようだし、そんなバカに惚れたのであれば実に滑稽だと心底思う。だがこの獄寺をバカにすると、何故か鏡のように自分もダメージを食らってしまいそうというおかしな予感があり、ヒバリは傍観しているに過ぎなかった。
 とにかく早く去ってくれと願いつつ、あと五秒で出て行かなければ叩き出そうと決めたときに、ようやくヒバリに言うことが思いついたらしい山本が、実にいい笑顔で手を振っていた。
「じゃあなっ、ヒバリ!! やっぱ好きな人とエッチするのって、楽しーのな!!」
「……。」
「バカッ、だから、ああもう十代目すいませんオレがもっとしっかりこのバカ躾けねえと……!!」
 何故かここにはいないツナに対して謝罪しながら、獄寺は楽しそうな山本を押してドアから出て行った。
 ようやく静かになった応接室は、なんとなく気まずい空気が流れている。とにかく疲れたと深くため息をつくヒバリに対し、どういう態度を取ればいいのかさすがの草壁も困惑している様子だからだ。取り敢えず二人に出していた麦茶のコップは回収し、給湯室に持っていくようだが、そこから出てくる気配がない。つまりそれだけ気遣われているのだと思えば、余計にため息が深まりそうだった。
「まったく、騒々しい連中なんだから……。」
 つい独り言が漏れるのも、仕方がないだろう。
 声高に指摘されたことの多くは、余計なお世話というものだ。むしろ、了平の方に突きつけてみてほしいとすら思ってしまう。
 本当に、あんな行為を練習の一環だと思っているのか。
 ただの練習であれば、誰をパートナーにして行なってもいいはずだ。そういう類のことだと考えているのかと責めたくなっても、そうだと持ち出したのはヒバリ自身なのだ。
「……。」
 不愉快だ、腹立たしい。
 そう確かに思っているのだから、さっさとあんな関係は解消するか、教えてやってそれこそ精神面をズタズタにしてやりたい気持ちもある。だがしようと思えば一ヶ月前のあの夜にもできたことを、こうしてずるずると先延ばしにしているのも事実だ。本当に一番不可解で憤るのはそんな自分自身に対してだという点は重ねたため息で誤魔化していると、バタバタという足音が廊下から近づいてきていた。
「……。」
「……ヒバリはいるか!?」
 そして、一瞬立ち止まったように足音が消えた直後、ノックもせずにドアを開け放ったのは予想通り了平だ。なにかしら推測を立てていたのではなく、ガサツだが力強い足音をヒバリはとっくに覚えているだけだ。
 制服からジャージに着替えているので、ボクシング部の練習を抜けてきているのだろう。チームスポーツとは違い、ボクシングの場合はその練習も個人で淡々とこなしていくものが多い。そのため時間の融通が利きやすいことは理解できるが、そうして大好きな練習を中断して足を運んできたかは、ヒバリにも分からなかった。
「こんな時間にキミが訪ねてくるなんて、珍しいね」
 そのため、素直な感想を口をすれば、了平はやや違った返答をしてくれる。
「京子からの伝言を沢田に伝えようと探しておったのだが、見つからなくてな!! 仕方なくもう一度あいつらの教室に戻ってみれば、沢田がおった」
「うん……?」
「だが、今度はあいつらがいなかった。黒板にはデカデカと『応接室に乗り込んできます』と沢田宛てに書かれておってな、どうしたものかと沢田がオロオロしておったので、代わりに様子を見に来てやったのだ!!」
 どうやら獄寺と山本を探しに来たらしい。その割りに、ドアを開けて第一声は自分に対してだったではないかと思っていると、その答えも簡単に判明する。
「まあ、獄寺と山本にはここに来る途中で会ったのだがな!!」
「……それなら、もう用事はないんだろ」
 あの二人が出て行ってからまだ数分なので、廊下などで遭遇することは考えられなくもない。だが、そうして探していた二人を見つけたのであれば、そこで了平の目的は終わったはずなのだ。大好きなボクシング部の練習にも戻らず、何故わざわざこの応接室を訪ねる必要があったのか。怪訝そうにしているヒバリに、初めて言いよどむという奇特な反応を見せた了平は、一歩室内に入るとバタンと後ろ手でドアを閉めていた。
「……?」
「実は、ききたいことというか、確認したいことがあってな……。」
「なんだい?」
 いつも何でもかんでもはっきりと口にする了平なので、そんな前置き自体が珍しいものだった。それを喜んではいられないのは、あの二人についきっと遭遇しているらしいからだ。
 またおかしなことでも吹き込んでくれたのか。やっぱり後で咬み殺しに行こうと決意しているヒバリに、思いきったようにバッと顔を上げた了平が叫んでいた。
「先ほどっ、あいつらの教室で山本が獄寺を相手にあのトレーニングを行なっておった!!」
「……そう。目撃しちゃったの、ご愁傷様」
「あれは、つまり……ヒバリが教えたのか?」
 どうやらあの二人に了平が積極的に相談したのではなく、見てしまった際の不可抗力のような会話がきっかけだったのだろう。今更のように気がついても、ひどく真剣に尋ねられたことに、さすがのヒバリも呆気に取られそうになる。
 教えたというのは、どういう意味なのか。一瞬、二人が教室で致していることを示唆したということかと思いかけたが、そんな事実はない。ではどういう意味か、と再び考えてみれば、あくまでトレーニング方法と思っているあの行為を、獄寺と山本にも伝授したのかという趣旨かと分かったときに盛大に気持ち悪くなった。
「ヒ、ヒバリ!?」
「キミ、なんてことを……勘違いも、甚だしいよ……。」
 立ったままだったので、思わずダンッとデスクを叩けば了平が心配そうに駆け寄ってくる。どうやら、急に顔色を悪くしてよろめいたように見えたらしい。そんな察しはいいのに、どうしていまだにあの行為をトレーニング方法などと思っていられるのだろう。つくづく不思議な脳内構造だと思いつつ、精一杯嫌そうな顔を向けておいてやった。
「あのね、そんなはずがないだろう? 彼らは彼らで独自に開発したのさ」
 とにかく自分が手ほどきしたわけではないと適当に説明すれば、了平はひどく安心したようだ。
「そうか、それならよかった!! いや、邪魔をしたな、オレも部室に戻る!!」
「あ、ちょっと、キミ……?」
 納得してくれたのはいいが、そもそもどうしてそんなことを尋ねられたのだろう。主に下半身を鍛える画期的な練習法としか思っていないのであれば、仮にヒバリが獄寺たちに教えていてもさほど問題はないはずだ。特許のような所有権があるはずもなく、二人は別に了平がリング上で対戦することになるライバルでもない。
 本当にあの行為がただの練習法であれば、獄寺たちが知った経路の確認など了平が気にするとも思えず、ドクリと嫌な具合に鼓動が一度跳ねていた。
「なんだ?」
「……それは、あの練習法を僕が彼らに教えていたら、責めるつもりだったってこと?」
「ん?……いや、教える教えないは、ヒバリの自由だがな!!」
 だが、つい引き止めてしまってので確認をしてみれば、了平はあっけらかんとしてそんなことを言っていた。
 その様子に、安堵していいのか、悔やめばいいのか、ヒバリにはよく分からない。取り敢えず、了平にとってはやはりただのトレーニングにしかすぎないということを確認しただけだ。それならばそれでもいいと思おうとしていたヒバリから、ふと目を逸らした了平が続けていた。
「……ただ、もし本当に山本たちにもヒバリが教えたのであれば、悔しいと思っただけだ」
「え……?」
 どうやら、理屈としてはヒバリが誰に教えようが自由だと分かっているらしい。だが、心情的には解せないものがある。そちらの感情は了平自身の身勝手さだと自覚もしているようで、やや自嘲気味に続けた了平に、ヒバリはまた困惑した。
 どうして、悔しく思ったのだろう。
 大方専属トレーナーを奪われる気分だったに違いないと解釈し、深呼吸の後にからかいながら尋ねてみる。
「なに、僕がキミ以外を相手にするのはイヤなの?」
 そんな質問が肯定されることはないと思っていた。了平がヒバリをあくまでトレーナーと思っていたとしても、自分の練習相手を続けてくれるならば他の者とのことまで口出しするつもりはない。生真面目で謙虚だが、薄情とも取れる発言が返されるだろうと思っていたのに、逸らしたばかりの目を向けてきた了平は、どこか呆れたような色を見せている。
「……なんだい?」
「そんなことは、当たり前だろう? 片手間で適当に相手をされて嬉しいはずがない」
「……。」
「オレはまだあのトレーニングで、ヒバリには勝てておらん!! ならば、オレが勝つまではオレに集中していろ。それが高みを目指す漢のっ、極限の絆というものだ!!」
 これが本当に、ただのトレーニングに付き合っているだけであれば、随分と傲慢な発言なのではないのだろうか。だがヒバリはいまいちその辺りの常識の境界が分からないので、そんなものなのかと思ってしまった。
 なにより、認めたくはないが嬉しかったのだ。たとえ練習にしかすぎなくとも、常に全力でかかってこいという趣旨だと分かっても、胸は弾んだ。もし了平が勝てば集中しなくていいのかと尋ねたくもなったが、言い換えれば自分が負けることなどあるはずがない。そう納得したヒバリは、さっさと帰ろうとしている了平になんとなく尋ねてみた。
「……ねえ、キミは僕が好きなの?」
 こういった執着も、所詮は鍛錬から発したものにすぎない。それでもつい先ほどまで散々麦茶を飲んで涼んでいった連中が脳裏を過ぎり、そうからかうように口にしたヒバリに、了平はドアを開けて廊下に出て、閉める際に振り返っていた。
「ああ、好きだぞ?」
「……。」
 そのままピシャリと閉められたドアに、どういった反応を示せばいいのか分からない。
 あんな言葉は、きっと誰にでも簡単に向けるものであり、大した意味はない。だが大した意味とはそもそも何なのか、という点に至れば顔が熱くなる気がして、ヒバリは応接室でため息をついた。
「……草壁、バナナ買ってきて」
「は、はい、行ってきます……!!」
 取り敢えず、了平にも麦茶を出そうとして会話の流れに気を遣い、そのまま銅像のように硬直して気配を殺していた草壁にはそう指示を出しておいてやった。
 今日は、ボクシング部の活動がある日なのだ。日が落ちる頃になれば、腹を空かせた了平がまたこの応接室にやってくる。できた草壁はいちいち指示などせずとももうバナナは用意しているのだろうが、敢えて言えばそそくさと麦茶を片付けて応接室から出て行っていた。
「……。」
 もう一度ドアが閉まり、草壁がいなくなったことで本当に一人きりとなる。
 そこで再び深く息を吐けば、苦笑している自分に気がついた。
「……ほんと敵わないな、あのバカさ加減には」
 自然と緩む口元は、呆れすぎると笑ってしまうという人間の摂理のはずだ。
 絶対に、照れていたりするわけではない。
 そうだと信じているのに、草壁が戻ってくるまでにはいつもの調子に戻らなければと焦ることが、もどかしかった。
 そんなことをしても、無駄なのに。
 夜にはまた了平と顔を合わせ、先ほどの言葉を思い出せば同じ苦労に見舞われると分かっているのに、今すぐにでも平素に戻りたい気持ちと、今ぐらいは何かに浸っていたい気持ちの狭間で揺れることを、ヒバリは自分に許してやっていた。


 






「チャンネルキング」の一子様にささげました。


オオオオ、難しい、難しいのな…!
これでよかったのかしら、心配…
獄山は傍目から見ると、相当バカップルだと気がついた(今更!

ロボっぽい何か