■ねこのこ






※ディーノ×ヒバリでエロがあるので注意※

※獄山もちょっとだけ出てきます※










 その日は、雨が降っていた。
「……こんな時間に、そんな格好で。今更どういうつもり?」
「待ってくれ恭弥、これには訳が……!!」
 もうとっくに日付も跨いだ深夜、なんの前触れもなくこの応接にやってきたのは、まさにずぶ濡れの小汚い猫だ。陽の下で見れば艶やかに光るのかもしれないが、今は朝から降り続く雨にぐっしょりと濡れ、何故か泥までかぶっている。
 鋭く睨んでそう尋ねれば、本当は肉食動物のくせに、まるでか弱い草食動物のような声を出す。
 庇護してくれと、言わんばかりだ。
 秋も深まるこの季節では、夜の雨に体が冷えたのか、みっともなく震えている。
「わ、悪い、確かに約束の時間には遅れた。でもこれには理由があるんだ、恭弥……!!」
「やめてくれる? そういう言い訳がましいこと、僕、好きじゃない」
「でも恭弥……!!」
 廊下には水溜りができている。それだけ、雨に打たれていたのだ。
 確かに、訪問の時間は夕方だと聞いていた。こちらから頼んだわけでもないのに、イタリアからわざわざ足を運んでは、食事などに連れ出そうとする。食欲は否定しないし、美食も本能だろうとは思う。肉食動物ならば、当然の欲求だ。
 だが、そのためにわざわざ出かけるのはいつも億劫だった。
 どうして、知らない誰かの構えた巣穴に飛び込み、あつらえた食事を口にしなければならないのだろう。
 どれだけその味がおいしかろうが、差し引きをすれば負が大きい。
 僕は、あなたさえ貪れれば充分なのに。
 そう何度か告げてはいるものの、何故かいつも満面のだらしない笑みで誤魔化されてきた。
「大体、どうしてこんなに濡れてるの。傘も買えないほど、貧乏じゃなかったよね?」
 それでも、これまで堅苦しい外食に応じていたのも、その後のもっと愉悦にまみれた『ご馳走』があると知っていたからだ。
 だから、今日も草壁たち風紀委員を帰して、この応接室に一人で残っていた。生活に必要な施設はほとんどあるので実際にここに寝泊りをすることも多いが、今日は何かしらの仕事があったわけではない。
 ただ、この人を待っていた。
 それなのに、連絡もなく遅れた挙句、濡れ鼠ではなく濡れ猫となっているのはどういう趣向なのか。皮肉交じりに尋ねてはいても、本当は予想がつかないわけでもない。
「いや、その、傘はちゃんと持ってたんだぜ!? ……ロマーリオが」
「だろうね」
「でもオレが急に道路に飛び出しちまったから、濡れちまって……!!」
「……。」
「あ、いや、それでなんとかトラックは避けたんだけどそこが立体交差? ほら、道路が重なってて。つい勢い余って向こうのフェンス突き破っちまって、余計に濡れて……!!」
「……。」
「あ、ああ、いやそれで、下の道路に走ってたトラックの荷台にちょうど乗ったまではよかったんだけど、被せてあったシートに雨水が溜まっててまた濡れちまって……!!」
「……。」
「やばいって思ってジタバタしてるうちに結構運ばれてて、ロマーリオたちともはぐれてて。でもなかなかトラックが停まってくれなくってよ、さすがにアスファルトに飛び降りたら怪我するかと思って迷ってるうちに日も暮れて」
「……で、飛び込んだんだ?」
「そうそうっ、川に、どぼーんってな!!」
 頭いいだろと言わんばかりに刺青の入った腕をグッと曲げて拳を握ってみせるが、よほど汚かったのか泥と草がこちらに飛んできた。努めてそうしようとせずとも顔をしかめ、服につかないように一歩引けば何故かシュンとうな垂れている。
 大方、そんなことだろうと思っていた。部下がいない状態では、以前屋上で見せたような立ち回りができないことは、もう充分に知っている。
「あ、あの……恭弥、怒ってるか……?」
「……。」
 ずぶ濡れで、寒さに震えている薄汚れた猫。
 カタカタと鳴っていそうな歯には、本当はもっと鋭い牙があるはずだ。
「……風邪ひくよ」
「えっ……あ、ああ、そうだな……!!」
 それでも、そう指摘し、わざとらしく応接室の一画を示せば、華やいだ声で頷かれる。
 どうせ、気遣われたとでも早合点したのだ。応接室の隅から続くそのドアの先には、寝泊りするために増築させた浴室などの水周りがある。雨で濡れた体を温め、洗ってくるといいと言われたつもりなのだろう。だがある意味それよりももっと親切なことを、このとき自分は考えていた。
「……恭弥?」
 無言で片手を伸ばし、濡れた首をぐっと掴み上げる。
 一瞬驚いたような目に、こちらを威嚇するような光が走り、そのことにぞくぞくしながら思いきり引きずり出していた。
「いいね、キミがほんとは肉食動物だってこと思い出させてあげるよ」
『フギャアアアアアアアー!!』
「ああっ、恭弥、そんな乱暴にしちゃダメだって!? まだ生まれたばっかりなんだから、そいつ!?」
「関係ないよ」
 首根っこをつかんで持ち上げれば、濡れた仔猫はジタバタと暴れていた。すっかり寝床よろしく占有していたディーノの腕には、引っかき傷がいくつかついているようだ。
 人のものを、勝手にキズモノにして。
 そう内心で思っただけで殺気立ってしまったのか、急に大人しくなった仔猫をつかんだまま浴室までさっさと進む。
「だからっ、恭弥、弱ってるみてえだし優しく……!?」
 弱ってそのまま朽ち果てるなら、それまでということだ。
 後ろから追いすがってくる声は理解しないのだろうが、その信条に揺らぎはない。ぬるま湯程度に設定したシャワーを出し、川に落ちて泥だらけの仔猫をガシガシと洗い始める。湯をかけた瞬間はさすがに硬直していたが、直後には大暴れしていた。片手にはシャワー、もう一方の手には仔猫を押さえつけていると、さすがに手が足りない。部下がいないためか、応接室の入り口からこの浴室に来るまでに三度はこけ、二回は物を落として壊すような音をさせてなんとか辿り着いたディーノに、淡々と命令していた。
「早く洗って」
「えっ!? ……あ、ああ、よし、任せろ!? 確かジャポーネにはそういう風習があるって、聞いたことが……!!」
「なにいきなり脱ぎ始めてるの」
 オレの体をスポンジ代わりにして恭弥を洗うときが来るとは、と、いそいそと服を脱ぎ始めたディーノに、呆れ返ってシャワーを顔に向ければ、溺れる溺れると暴れていた。
 浴槽に張った湯に顔を沈めたわけではないので、溺れるはずがない。
 そう思いはするものの、この人のことなので絶対ないとは言い切れない。
 仕方なく顔に当てるシャワーの湯を外してやればやっと呼吸が出きたと安堵していたので、もし外さなければ死因は溺死ではなく窒息死だっただろうなと投げやりに考えていた。
「僕じゃないよ、この子を洗えって言ってるの」
「あ、ああ、そっちか!! というか……この子、て、そんな、恭弥もやっぱりそう思ったんだな!!」
「なにが?」
「白の下地に黒と黄金色をあしらったこの毛並み、やっぱりオレたちの子供みたいだって……て、恭弥っ、溺れる、溺れる!!」
「……バカなこと言ってないで、早く洗って」
 三毛猫なんて、珍しくもない。ただ、純粋な動物愛護精神とはややズレた理由でトラックに轢かれそうになっていたところを助けたらしいと分かれば、呆れが増してまたシャワーをディーノの顔面にかけてしまった。
 決して、こちらもやや上気してしまった顔を見られたくなかったからではない。
 そんなことをしている間に、当の仔猫はぐったりして大人しくなってきている。生まれて間もないらしいので、確かにこの扱いは酷なのかもしれない。だが死ぬときは死ぬものだと達観している自分は、シャワーをディーノへと押しつけてさっさと洗ってやることにしていた。
「あっ、恭弥……?」
「あなたはそれ持ってて。くれぐれも、余計なことはしないで」
「お、おう……!?」
 浴室に常備されてるボディソープを取り、直接猫にかけてから両手で泡立てて洗ってみた。人間用だがよかったのだろうかと一瞬脳裏を掠めたが、それで死ぬようであればそれまでだといつもの理屈で深く考えないようにしておく。
 そうして洗ってやっている間は、比較的大人しくしていた仔猫だが、最後にディーノからシャワーを奪い返して流し始めるとまた暴れ始める。だがそれも片手でしっかりと押さえつけ、なんとか泥水は落としてやったところで脱衣所に掛けてあるバスタオルに包んでいた。
「洗い終わったのか……?」
「うん。……あ、草壁? 僕だけど、どうしようもない人が猫拾ってきたから世話してあげて。うん、応接室」
 水気を取ると同時に、応接室の方へと脱走した猫を追いかけることはなく、ポケットに入れていた携帯電話でそう草壁に指示しておいた。後のことは、彼らに任せておけばいい。最低限の食事や世話はしてくれるはずだ。
 これで一仕事すんだと達成感が出るが、より大きな動物の世話が待っている。
「……なに? 重いんだけど?」
「なあ、恭弥ぁ……。」
 仔猫を拭いてやっていたバスタオルを籠へと投げたところで、そう甘えるような声を出しながら後ろから両腕が回されてくる。そのままずしっとのしかかられ、胸の前で組まれた両腕は、ずるずると浴室内へと引き戻そうとしているようだ。それに素直に従ってやっているかのように浴室に入っていくので、ディーノは随分と気をよくしている。だがそれを押し隠そうと無駄な努力をしながら、まだシャワーを出し続けている浴室でディーノは後ろから頼んできていた。
「あの仔猫だけって、ずるいよな? オレだって泥だらけなんだぜ、恭弥が手ずから洗ってくれるんだよな?」
 そんな期待に満ちた目には、振り返って肩越しに見上げながら少しだけ笑って返す。
「あなたも洗ってほしいの? 図々しいよね、僕のこと放ってあんな小動物にかまけてたのはあなたの方なのに」
「そ、それは、だってトラックに轢かれそうになってて、つい……!!」
「……あなたの、そういうとこ。嫌いじゃないけど、時々咬み殺したくなる」
 そう言って、腕の中でくるりと反転し、濡れた腕へとそっと触れる。ただでさえ雨と川の水で濡れていたうえに、二度もシャワーをかけたので服もぐっしょりと肌に張り付いていた。Tシャツに覆われた肩から首へと指先を滑らせ、ぐるりと首周りを撫でれば、ディーノはゴクリと唾を飲み込んだようだ。
 生死をはらむ捕食の危機を察したのか。
 それとも、もっと別の本能で欲情したのか。
「恭弥……。」
「僕に何かしてほしかったら、まず僕の飢えを満たしてよ? 食事に連れてくって勝手に宣言しときながら、反故にしたのは誰?」
 自然と笑みを浮かべながら尋ねれば、ディーノはやや顔を曇らせて俯く。
 身長差が縮む仕草だが、そんな表情は嫌いだ。だがここはくだらない謝罪も聞いてやらないとその先の愉悦もないのだろうと、我慢してやった。
「わ、悪い、それは本当に悪かった、恭弥。今日予約してたとこはさすがにもう閉まっちまってるけど、また次に美味しい店案内するし、今から別のとこにでも……?」
「ご馳走してくれるの? じゃあ、こっちでいいよ」
「え?……んんっ!?」
 そして、ようやく唇を塞いでやれば、心なしか泥臭い気がした。
 そのことよりも、この男に自分以外のにおいが染みついていることに苛立って仕方がない。なんとか消してやろうと舌を絡ませていれば、ようやく衝撃から脱したらしいディーノが、その力強い腕で背中を支えてくる。
 優男な顔立ちや言動に反し、ディーノの腕はファミリーとやらを支えるだけのことはある。
 だが今、その腕の中に唯一いられるのは、自分だ。華奢さと精悍さを併せ持つ逞しい腕に抱かれることが、いつの間にか自分にとっても喜びになっていた。
「んっ……!!」
「恭弥、いいのか? いやダメだって言われても、オレ、戻れそうにないっていうか……!!」
「……いいに決まってるだろ。あなた、僕がどれだけ待ってたと思ってるの?」
 部下だなんだと、やたら他人ばかりに気持ちを割くこの男が、こういうときだけは唯一人に意識を向ける。
 それが、自分なのだ。
 こんなものは恋愛感情ではない、ただの独占欲だ。快楽があるからこそそれなりにメリットもあるというだけの、嫌がらせである。いつもいつもその他大勢と群れるときにしか強く在れないこの男を、馬鹿にして嘲笑ってやっているのだ。
「恭弥……。」
「んっ……ん、く……!!」
 でも、もし本当にそれだけであるならば。
 どうして、こんな声が出てしまうのだろう。会いにこなければこないで、放っておけばいい。むしろ、やはりその他大勢に囲まれていないと不安なのかと、また馬鹿にして忘れればいい。
 それなのに、約束の時間に現れなかっただけで、どうしようもなく落ち着かなくなった。
 草壁たちをさっさと帰らせたのは、自分がどういう表情をしているのか分からず、それを見られたくなかったからだ。
 何度か携帯電話にもかけたが、繋がらなかった。おそらくそのときには既に、川に水没していたのだろう。かかってくるかもしれないと思えば、机に置いても大差はないのに何故かポケットに入れて持ち歩いてしまった。危険な職業だとは認識しているので、発作的にトンファーを構えて出て行きかけたこともあった。
 それでも、足を止めたのは、そうして自分が助けてやらなければならないほど弱い男に抱かれているつもりはないという自負だ。
 信頼や、願望とは違う。
 それが事実でないと、再会してから抱かれることに口実を持てそうになかった。
「恭弥、もう脱がせていいか……?」
「ん……。」
 くだらないことを考えているうちに、抱き合ってキスを深めながらディーノがそう尋ねてきた。尋ねる前にこちらの制服は肌蹴させられ、もうベルトも外されているような気がしないでもないが、どうでもいいことだろう。早くディーノと繋がりたくて頷いている間に、器用に服を脱がされる。そして促されるように浴室の床へと座り込めば、先ほど仔猫を洗ってやったボディソープを纏わせたらしい指が後孔へと侵入してきていた。
「んんっ……!!」
「恭弥、痛いか……?」
 もう何度こうしたと思っているのか。
 とっくに慣れていると返したくとも、さすがに最初から二本も入れられればやや痛みを感じた。なにより、圧迫感がある。大人の男なのだと感じさせるしっかりとした指が、より大きなものを受け入れるための準備をしている。
 次第にほぐれてくれば、更にもう一本指を増やされ、今度こそきつく唇を噛み締めてしまった。すると申し訳なさそうにいたわるようなキスをしてくるくせに、後ろに飲み込ませた指は動きを止めるどころか、より激しくなっている。
「ん、んんっ……!!」
「恭弥、なあ、オレもう……。」
「んっ……ん、いいよ、そんなに僕の中にきたいんなら……?」
 挑発的に笑ってみせたつもりだったが、何故かディーノの顔は険しいままだ。それに、何か不都合でもあるのかと怪訝そうにした途端、ぐいっと肩を押されて狭い浴室の床に仰向けにされていた。
「……!?」
「恭弥、悪い……!!」
 天井を拝んだところで、ふと片方の背中が温かいことに気がつく。どうやらシャワーをまだ止めていないようで、床に転がしたまま湯が背中に当たっているらしい。そんなことをカチャカチャとベルトを外す音が響く中で考えていると、天井との間にディーノの顔が現れたと思った途端、ほぐされていた入り口に熱い切っ先を感じた。
「く、あぁっ……!!」
「恭弥……!!」
 そのままズプズプと押し入ってくる熱に、思わず息を詰めてしまう。触られてもいないのに、いつの間にかそそり立っていた自分のモノも、急な痛みと圧迫感にはやや萎えてしまいそうだ。
 だが、ディーノのモノが萎える様子はない。
 相変わらずの硬さと熱を持ったまま進んでこようとしており、そんなにも自分としたいのかと思えば、つい笑ってしまった。
「んんっ!!」
「恭弥、恭弥……。」
 それで力が抜けたのか、一気に奥まで侵入してきた熱に、こちらの体も煽られた。
 痛い、苦しい、それ以上にどうしようもなく嬉しい。
 やっと自分だけの存在に戻ってくれたという喜びの前には苦痛など霞んでしまい、覆いかぶさってきているディーノへと自然と両腕を伸ばしていた。
「恭弥……?」
「……いいよ、あなたの好きにしても」
 戻ってきてくれたなら、それでいい。
 痛みなのか、快楽なのか、もしかすると空腹なのかもしれないが、とにかく頭がぼんやりする。こうして繋がるときだけは自分だけのものになってくれると知っているから、何もかも許せてしまう。やたら精力が強いらしく、繋がったままで何度もしたり、いっそこちらが気を失ってからも揺さぶっていることがあるようだ。後者に関しては夢中すぎて意識がなくなっていると気づかないからだと必死で弁解しているが、そんなことはどうでもいい。
 どちらにしろ、そうして揺さぶっている間は雲雀恭弥という人間に身も心も集中している。
 そうであれば、構わない。
 あなたがこうして支配されてくれるなら、どんな快楽も嬉しかった。
「恭弥、その、まだ言ってなかったんだけどよ……。」
「うん……?」
 だが後は激しく抉るような抜き差しで快楽に耽るばかりだと思っていたのに、繋がったままでディーノは止まっていた。もどかしそうに腰を揺らしているので、動きたくないわけではない。それにも関わらず、どうして先を進めないのだろうと不思議に思っていれば、ややばつが悪そうにそう切り出されていた。
 そろそろ湯気で浴室全体が曇り始めているが、吐息も感じられるほど近くまで顔を引き寄せれば見えないということはない。だがどうせ聞きたくない謝罪だろうと適当に促せば、ようやく視線を合わせてきたディーノが嬉しそうにはにかんでいた。
「……ただいま、恭弥」
「……。」
「あ、あの、恭弥……?」
 そして告げられた言葉には、眩暈がした。
 この男は、本当にどういうつもりなのだろう。
「えっと、その、久しぶりに会った恋人に挨拶がしたくて、だからオレ……!?」
「……もういい、さっさと進めてよ」
 しかも、呆れて内心でぼやいた質問にすら、勝手に答えてくれている。
 あまり、そういうことを口走らないでほしい。これは嫌がらせだと思っているのに、うっかり引きずられてしまいそうだ。
 馬鹿な本音が、こぼれそうになってしまう。
「……おかえり」
「えっ……!?」
「なんて、言うと思ってるの? この期に及んで、今更挨拶なんてどうでもいいじゃない。する気がないなら、さっさと僕の中からもこの部屋からも日本からも出て行ってよ」
「い、いやする気はあるって!? そ、そうだよな、確かに応接室のドア開けたときに言うべきだったよな、うんうん……!!」
 そういう問題じゃないと呆れてみせたかったが、すぐに動き始めた腰に言葉は押し殺した嬌声へと変わり、叶わない。
 ああ、やっと抱かれているのだ。
 意味は違っても、ずっとこの腕を独占していたあの仔猫からやっと奪い返せた気がして、満足した。
 これは本当に、ただの独占欲だ。
 ……どうして独占したくなるのかなんて、まだ、認めてなんかやらない。






「……なんだ、テメェら。こんな朝早くからバカ面並べやがって」
「失礼だね、バカは二人だけだよ」
「獄寺っ、おはよう、おはよーなのな!!」
「よう、スモーキン・ボム!! 朝ったってもう十時だぞ、健康には早寝早起きが一番だぜっ」
 怪訝そうにドアの隙間から睨んでくるのは、沢田の周りによくいるので何かと縁がある二年生、獄寺隼人だ。取るに足らない輩だと認識しているが、不覚にも今は不機嫌そうな顔に共感した。
 ディーノが仔猫を拾って現れたのはもう日付が変わっていたが、それから浴室で散々熱を確かめ合い、今は夜も明けた午前十時だ。どれだけ励もうが朝には目が覚めてしまうので、疲労なのか時差なのか眠りこけていたディーノを応接室のソファーから蹴落とした。服は調えていたのですぐに草壁を呼び、簡単な朝食をすませたところで問題が発生したのだ。
「……で、野球バカは今日も野球バカらしく休日自主練じゃなかったのかよ?」
 それが、どうしてこうしておかしな面子で、獄寺の自宅を訪問することになったのか。
 もちろん、獄寺本人も事情が飲み込めないようで、かなり怪訝そうにしている。ひとしきりこちら三人の顔を見比べた後、最も親しい、あるいは最も不可思議な状態である獄寺の同級生、野球部の山本武に尋ねていた。
「うんうんっ、そーなのな!! でもやっぱり獄寺がいねえと寂しくなっちまって会いにきたのな!!」
『フギャアアア!!』
「嘘つけ!! て、バカッ、猫、潰れる潰れるっ!? てか爪立てられるってのっ、バカ!!」
 特に約束もしておらず、土曜日の朝からクラスメートが猫を片手に現れれば、面食らって当然だろう。だがそれを追及したらしい獄寺に、山本は笑顔いっぱいでおかしなことを叫んで獄寺に抱きついていた。
 猫ごと。
 片手で首根っこを掴まれていた昨日の仔猫は、山本が獄寺を抱きしめる際に背中に回してギュッと押し付けてしまったのだ。ぐったりしていた猫もさすがに暴れ出し、獄寺の背中に爪を立てたらしい。痛みで暴れる様からは、ああうるさい、と視線を逸らすが、ある意味この状態を作り出した張本人はのん気なものだった。
「山本も随分情熱的なんだな!! なあ恭弥、オレも今度再会したときはあれぐらい喜んでいいか?」
「あなたはいつももっと情熱的じゃない」
 そもそも再会するための別離を前提に話さないで、と言おうとしたが、目をキラキラさせてこちらを見られると言いにくかった。明け方まで触れていた熱が、少し自分の機嫌を良くしているのかもしれない。
 そんなことを考えていると、玄関で抱擁していたうるさい連中もやっと離れたらしい。
「だからっ、離せよ、このバカ!! オレの背中に爪立てていいのはテメェだけだろ!?」
「!? うんうんっ、そーなのな!! ……だから、お前も、ダメッ、なのな?」
『フギャッ……!?』
「……!?」
 笑顔で躾をしたようだが、仔猫が畏縮して完全に固まってしまっている。たかがこの山本に凄まれたくらいで、軟弱なものだと内心思う。山本の顔を見ていたらしい獄寺も、仔猫と全く同じように固まっているので、きっと気が合うのだろう。いい里親が見つかってよかったよかったと帰りかけるが、いち早く硬直がとけたらしい獄寺に引き止められてしまった。
「お、おい、勝手に帰んな!! せめて、事情説明していきやがれ……!!」
 そんなものは、山本に聞けばいいだろう。こちらは一日たっぷりディーノで遊べると思っていたのに、こんな外出までさせられて不機嫌なのだ。無視して去ろうとしたものの、先にディーノが足を止めたので仕方なく振り返ってやっていた。
「ああ、悪い悪いっ、スモーキン・ボム。その猫な、昨日オレが拾ったんだよ」
「おう……?」
「……でも、僕のところは飼えないでしょ。この子がいるから」
「それは、そうだよな。鳥いるところじゃ猫は飼えねえだろうけど……?」
「だからウチで飼ってくれって、自主練してたらディーノさんたちに頼まれたのな!!」
「バカッ、お前の家はメシ食うトコだから、しかも猫なんか飼えねえ……て、だからオレのトコに来たのか!?」
 そうそう、と三人で一斉に頷けば、何故か獄寺は天を仰いでいた。
 そんなにも、感動したのだろうか。
 ともかく、事情はそんなものだ。応接室には、黄色い鳥を放し飼いにしてある。夜のうちはさすがの仔猫もぐったりしていたようで危険なことなどなかったが、やはり一緒に飼うのは難しい。元々捨て猫というわけではなく、野良猫だったようなので適当に放逐すればいいのだろうが、弱っていることは事実なのでディーノが反対したのだ。
 ある程度成長するまで、誰かに育ててもらった方がいい。
 そんな言葉で、ディーノは長くても一週間程度しか滞在するつもりではないらしいと察した。そうであれば、ここで猫を放り出して喧嘩をするより、誰か里親を見つけた方が早い。あっさり頷いてやれば、ディーノは自分がもらってくれる人を探すとますます意気込んでいた。自分としては、すっかり保育園のようになっている沢田のところに放り込めばいいのではないかと思っていたのだが、猫を片手に応接室を飛び出したディーノは、最初に出会ったこちらの知り合いに押し付けたらしい。
 それが、休日に自主練習として学校にきていた山本だ。猫を受け取っておきながら、実家が寿司屋なので飼うことは難しいと山本は答えた。ならばやはり沢田に、と提案する前に、何故か山本が獄寺に頼もうと言い出し、ディーノも妙に賛成し、二人が走り出したので追いかけざるをえなくなった。
 この様子を見ていると、山本は里親としての資質云々ではなく、単に獄寺に会いたかっただけのようだ。断らせるのも癪だが、強引に押しつけて後でディーノが不安がって何度も様子を見に来たりするのもいただけない。やはりここは猫を回収し、沢田の家に放り込んでくるかと思っていると、大きくため息をついた獄寺がすっと両手を伸ばしていた。
「獄寺……?」
「ったく、仕方ねえな。その代わり、山本、お前もちょくちょく面倒見に来いよ?」
 そう言った獄寺は、意外にも山本に掴まれてぐったりしていた仔猫を受け取り、急に覚醒されて両手を派手に引っかかれていた。ギャアッ、と獄寺の悲鳴が上がったときには、危険を察知したのか猫は部屋の奥に一目散に走っていく。それを追いかけようとしたのか、オレも獄寺に面倒見てもらいたいのなっ、という不可解な叫びと共に山本が玄関の中に飛び込んだ後、まるでサバ折りされたかのような悲鳴がくぐもって響いていた。
 派手に轟かなかったのは、バタンとドアが閉まっていたからだ。山本が玄関の中に入ったことで、支えがなくなり、ドアは自然と動いたのである。ドタバタと暴れたり、叫び声のようなものも部屋から聞こえてくるようだが、もうこのドアは開かないだろうという変な自信があった。
 どうやら、山本の選定眼は満更でもないらしい。
 獄寺は猫どころではない大型動物を手懐けているようだ、いやまだ躾の途中なのか、などと思いながらマンションの廊下を歩き始めれば、横を歩くディーノがいい笑顔で口を開く。
「いい飼い主が見つかったな、恭弥っ」
「……たぶんね」
 取り敢えず、しばらくの間、せめて一週間くらいは面倒を見てくれそうな先が見つかったことは、素直に喜ばしい。猫がいなくなったことで安心したのか、頭の上に乗ったままだった鳥も、いつのまにか定位置の肩に戻ってきている。
 これで、本当に一段落だ。そう思ったところで、何故かディーノが嘆いている。
「ああ、でも、いなくなっちまうと、これはこれで寂しいよな。スモーキン・ボムはちゃんと飼ってくれると思うけどよ、たまに見にきた方がいいかな?」
「……あなた、日本に何しにきたの」
 世話の様子を確認したいと言っていても、本当に単にあの猫に未練があって可愛がりたいだけなのは明らかである。
 昨日は昨日で、あの猫のために会いに来るのが遅れて。
 今日は今日で、あの猫のためにこうして他の者たちに会う羽目になって。
 そして、これからもまた帰国するまでの間、あの猫に会いにここに通ってくるつもりなのだろうか。
 思わず不機嫌そうに尋ねてしまったが、すぐにハッと我に返ってしまったと思う。これではまるで、拗ねているかのようではないか。寝起きに感じた充足感など既に吹き飛ばしてくれているディーノの言動がすべて悪いのだと思ったとき、隣を歩くディーノが不思議そうに返していた。
「何しに、て、大好きな恭弥に会いに来たんだろ?」
「……手、繋いでこないでよ」
「えーっ、ちょっとくらいいいだろ、なあ恭弥、恭弥ぁ……!!」
 一点の曇りもない瞳でそんなことを告げた後、さり気なく手を握ってこようとするこの男が憎らしい。それでも、この手を繋いでやればようやく独占できるのだろうかなどと葛藤させられる段階で、自分の機嫌が直っていることに気づき、億劫になった。
 ほだされるなど嫌で、これはすべて自分の意思なのだ。
 そんな主張を込めて逆にこちらからギュッと手を握ってやれば、やや驚いたような顔をした後、にっこりと嬉しそうに笑うディーノに、また叶わない気になって仕方なかった。
 顔が熱くなって、仕方がなかった。
 







 






2号にずっと約束してたやつ。
ず、ずっと待たせてたのに、これでよかったの…???(まさか!

相変わらず獄山が出張ってて、すまない(笑


ロボっぽい何か